「おはよう」
「おはようございます、有彦」

新聞を読んでいるシオンさんと挨拶を交わす。

「乾くん、おはようー」

台所のほうから顔を出す弓塚。

「おう。おはよう」

最初は不思議な光景に見えたもんだが、今やすっかり慣れてしまった。

「うぃー」
「おはようございます一子」
「はよーございまーす」
「いよう」

姉貴がのろのろと席に座る。

「ななこちゃんは?」
「いなかった。マスターのとこだろうよ」
「そうか」

これが最近のウチの朝の光景である。
 
 

『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その84








「最近毎日だよね?」
「だな」

ななこは本来マスターとやらの所有物だから、そっちを優先するのは当たり前なのだが。

「戻りましたー」
「おう」

みんなで朝食を食べているとななこが戻ってきた。

「もう、マスターったら酷いんですよー。ちょっと手を伸ばせば届くところにあるものを取ってこいとー」
「完全に雑用係だな」

大抵呼び出されるのは下らない理由からであった。

「そうなんです。わたしをなんだと思ってるんですかね?」
「便利屋?」
「うー」

渋い顔をしながら人参を咥えるななこ。

「ななこちゃんはそれが嫌でこっちに来てるんだっけ?」
「ええ。結局呼び出されるから意味はないんですけど。気分の問題です」
「気分で居座られるこっちの気持ちも配慮して欲しいな」
「うわ。有彦さんまでそんな事を言うんですか? 酷いですー。わたしの居場所はどこにもないんですねー」
「……へいへい」

こんなやりとりも既に日常茶飯事だ。

「マスターとしてはやはり自分の精霊は気になるものでしょうしね」
「調子の確認のために呼んでるって事?」
「ええ。いざという時に精霊が使えなくなっていたら困るでしょう?」

そりゃまあ確かに。

こっちでのななこはグータラしてばっかりだから尚更である。

仕事をするようになってからマシにはなったものの、以前なんかただの食費倍増マシーンだったからな。

「ま、やっこさんにはやっこさんなりの思惑があるんだろ」

姉貴が妙に悟った様子でそんな事を言った。

「だろうな」

専門家の行動は素人が何を考えたってよくわからない。

だからこの事はここで打ち切る事にした。

「姉貴、今日の仕事は?」
「んー」

ポケットから小さなノートを取り出す姉貴。

ぱらぱらとめくってしばらくページを眺めていた。

「三択。次のうちから好きなのを選べ」
「どれでもいいのか?」
「ああ。全員でやってもいいし、ばらばらでもいい。行く場所は同じだからな」

行く場所は一緒でも担当は違うって事か。

「温泉の時と一緒だね」
「だな」

それぞれが力を発揮出来る場所に配置されるわけである。

さてどんな仕事だろうと楽しみにしてみると。

「ひとつ、楽だけどつまらん仕事。ふたつ。楽じゃないがまあ面白い仕事。みっつ、きついし面白くもない仕事」
「いや……どれも嫌なんだが」

選択肢がどれも選びたくないものばかりだった。

「後ろにいくにつれ給料があがるぞ」

きつい仕事ほど給料が高いというのは一応の世の中の常識である。

中にはきつい上に給料が安いというのもあるが。

「楽だけどつまらない仕事っていうのが一番いいんじゃ?」

ななこがそんな事を言った。

「いや、そういうのは正真正銘つまらん仕事だぞ。きっとたまに町中で見るボタンをカチカチ押す仕事とかそういう類に違いない」
「……あれはむしろ楽じゃないし面白くない仕事なんじゃ?」
「確かに……」

じっと何かを待つというのはしんどい仕事かもしれない。

「っていうかそんなアバウトなもんじゃなくて具体的に教えてくれよ」
「いや、仕事内容を言ったら余計にやりたがらんだろうしなぁ」
「……そんな仕事紹介しないでくれ」
「馬鹿。仕事を選べるだけありがたいと思えよ?」

姉貴は苦笑いしていた。

「まあそれはそうなんだろうが……」

本当に社会人になったら嫌な仕事だろうがなんだろうがやらなきゃいけないだろうし。

「大人になるって大変だよね」

苦労人の弓塚が言うと尚更それが実感されるようだった。

「ほんとですよー。お仕事って大変なんですから」

こいつが言うと説得力はあんまりない。

「駄目だぞおまえら。良い子のみんなが仕事をやりたいなと思うように頑張らなきゃ」
「やる気なくすような選択肢出してるやつがそれを言うか?」
「はっはっはっは」

無駄に豪快な笑い方をする姉貴。

「そうだな。今度子供らに働く大人の姿を見せるって仕事でもやるか?」
「……普通に仕事をやるより何倍も疲れそうだな」

想像しただけでげんなりしてしまった。

「え? 子供と遊ぶの楽しいじゃない?」

弓塚は歌のお姉さんとか似合いそうだからなあ。

「わたしだって平気です」

こいつは子供にいぢめられて泣くタイプである。

「子供は動きが予測出来ないので苦手です」

シオンさんは子供と打ち解けられなさそうでいて、案外特定の子と滅茶苦茶仲良くなって行っちゃやだーとか言われそうな感じだ。

「姉貴、そっちの仕事にしないか? そのほうが面白そうだ」
「だからさっきの三択しかないっての」
「……さいですか」

現実はいつでも非情だった。

「楽じゃないがまあ面白い仕事ってのがマシかな」

位置も真ん中だし、可も不可もないってとこだろう。

「軟弱ですね有彦。ここは楽でもないし面白くもない仕事を選ぶべきでしょう?」
「そうですよ有彦さーん」
「じゃあ有彦はそれで決定な」
「……こら、勝手に多数決制にするんじゃねえ」

好きなものを選ばせてくれるんじゃなかったのかよ。

「わたしは簡単だけどつまらない仕事を選ばせて頂きます」
「おいおい。人にきつい仕事選ばせておいてそりゃないだろ?」
「違いますよ有彦。楽という言葉は、肉体的な労働ではない事を意味しているだけです」
「……む」
「違いますか? 一子」
「そうとも言えなくもないな」

姉貴の返答は曖昧なものであった。

「わたしが予測するに、この一つ目の仕事は事務です」
「あー」

確かに事務関係の仕事は単調だから覚えれば楽だろう。

だが死ぬほどつまらなそうでもあった。

「なるほどシオンさん向きだ」

あくまで予想が合ってればだけど。

「その理屈でいくと、きつい仕事っていうのは力仕事だよね?」
「だろうな」

やっぱりガチンコ仕事が給料高いもんだし。

「……じゃあ、真ん中って何?」
「さあ」

頭も使うし肉体もある程度使うんだろうか。

それはある意味一番めんどくさいような気がする。

「やっぱりどれも選びたくねえな」

そもそもの姉貴の言い方が悪すぎる。

「せっかくだからわたし真ん中で行くよ」
「マジで?」
「うん。予想できないぶん、楽しみじゃない?」
「……うーん」

オレとは逆にプラス思考で考えたらしい。

弓塚はこれでどうしてうまくいかないんだろうなあ。

「まあ、頑張れ」

オレにはそれくらいしか言えなかった。

「後はななこちゃんだな。どうする?」
「えー、えーとわたしはー」
「せっかくだから全部やれ」

冗談のつもりでそんな事を言ってみる。

「ほう。有彦は全部やりたいのか。そりゃ悪かった」

それを曲解して捕らえやがる姉貴。

「……ちょっと待て」
「じゃあ空いた力仕事はななこちゃんに任せてと」
「こら、人の話を……」
「ちなみにさぼったらメシ抜きだからな」
「……」

逆らったらこいつは本気でやるだろう。

それくらい別にどうってことはないのだが、後が怖い。

「わーったよ」

渋々ながらに頷くとななこがぽんと肩を叩いてきた。

「お仲間ですねー」
「じゃかあしい」
 

こんな仲間意識はまっぴらご免であった。
 

続く


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