「電池を取り替えて欲しいんだ」
「マジですか?」

この数を全部?

「誰かがやらなくちゃいけない仕事だからね」
「……」

世の中ほんと色んな仕事があるもんである。

「すいません、ちょっとそれ専門のやつがいるんで連れて来ます」
 

オレは大急ぎでななこを呼びに向かうのであった。
 
 

『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その88







「わっかりましたー。頑張りますね」

にこりと笑ってそう答えてくれるななこ。

「すまん、恩に着る」

これは正直に嬉しかった。

「つーか続いてる事に驚いた」
「何がです?」
「ああ、いや、さっきの仕事が」

あくまでそれだけであって特に深い意味はない……気がする。

「ま、オレも手伝うか」

いくらなんでも全部やらせてアバヨじゃばつが悪いし。

「いいんですか?」
「おう」

ちょっとした気分転換にはいいだろう。

「では宜しくお願いします」
「らじゃ」

ななこの隣に座るオレ。

「えーとまずは……」

ななこはいきなり傍の機械を取って電池を替えようとしていた。

「タイムタイム。それじゃ効率悪いだろ」
「はい?」
「こういう作業をする時にはな。まず場所を作ることが肝心なんだ」

オレはまず散らばっている機械を端に集め、中央にスペースを作った。

「で、だ。置く場所を決める。例えばこの辺に入れ替えた機械を置くとかな」

空けたスペースを指で示すオレ。

「あー」
「あー、じゃない。自分で考えるんだぞこういうことは」
「は、はい。すいません。じゃあええと……」

きょろきょろと周囲を見回すななこ。

「こ、これを替えた電池入れにしましょう」
「ああ、そうだな」

空っぽの赤いカゴを中央に置いた。

「で、どんな仕事でも言えることだが、なるべく余計な動かなくていいようにするんだ」
「動かないように」
「……例えばおまえ、新しい電池取ってみろ」
「はぁ」

ひょいと奥に手を伸ばしてそれを取るななこ。

「何かおかしいと思わなかったか?」
「えーと」
「近くにあったほうが取りやすいだろう?」

わざわざ奥に手を伸ばしてたんじゃ時間がかかるしまうからな。

「あ、そ、そうですね」

あせあせと電池の入ったカゴを引っ張りさっきの赤いカゴの隣に置くななこ。

「こ……これでいいですかね?」
「途中でどっちのカゴが新しいやつだったかわからなくならないようにしたほうがいいと思うが」
「あ、はい。じゃあメモを張って……」

かきかき。

「どうでしょう?」
「いいんじゃないか?」

まあこれで大体下準備は出来たってとこだろう。

「こういうのは準備が大事なんだ。最初にきちんとやっておかないと、後で困るのは自分だからな」
「はぁ……」

ななこが呆けたような顔をしていた。

「なんだよ、どうした?」
「いえ、なんだか急に有彦さんがまともな人間に見えてきました」
「……常識を述べたまでだ」

オレが常識を知ってたらおかしいとでも言いたいんだろうか。

「ま、わかってるけどな。オレがこういうキャラじゃないってのは」

だいたいこういう事は口に出して言うもんじゃないと思うし。

「でもなんだかカッコよかったですよ?」

ななこはえへへと笑いながらそんな事を言っていた。

「バカめ。何もしてなくてもオレはイケメンなんだぞ」
「……」
「こら何だその沈黙は」
「ささ、仕事やりましょう仕事ー」
「……ったく」

こいつもオレの扱い方をわかってきてやがるから始末に困るんだよなあ。
 
 
 
 
 

「これで最後ですね」
「そうだな」

なんとかかんとか機械の電池変えも終わりそうな雰囲気である。

そこまでに単純作業をどれだけ繰り返しただろうか。

オレ一人だったら多分途中で寝てた。

「有彦さんが協力したおかげで早く終わったみたいです」
「おう」

そしてこいつ一人だったら作業がトロくてまだ終わってなかっただろう。

「まさに人馬一体の動きって感じだな」

最後のひとつを入れ替え仕事完了。

「わたし馬じゃないですよぅ」

ななこはむくれた顔をしていた。

「仕事が終わったんだからもっと嬉しそうな顔をしろよ」
「有彦さんが変な締め方をするからいけないんですよー」
「最高の誉め言葉のつもりだったんだがなぁ」
「うー」

馬という生き物は人にとっての大切なパートナーなのである。

幼馴染のことを竹馬の友と言ったりするではないか。

いやチクバってのはタケウマだけど。

「それよりあっちの仕事はどうかな?」

あんまり深くかんぐられてもアレなので適当に誤魔化してしまう。

「シオンさんは平然としてそうですけど弓塚さんがピンチかもしれないですね」
「さもありなん」

多分期待通りの結果が見られることだろう。

「おーい」
「……ああ、有彦」

さっきオレたちがいた場所ではシオンさんが淡々と作業を続けていた。

「弓塚は?」
「あそこです」

指差した先にはダンボールの前でこっくりこっくり舟を漕いでる弓塚の姿が。

「やっぱ眠くなるよなぁ……」
「ねてないよー……」

かろうじて返事をするものの、目はほとんど完全に閉じてるし、だいたい手がまるで動いてなかった。

「はいはい寝てない寝てない」

ずるずると弓塚を引っ張ってしまう。

「そこで寝てろ」

丁度いい具合にソファーがあったのでそこに寝かせてやった。

「ごめんねー……」
「なぁに気にするな、お代は下着を拝見ってことで」
「うんー……」

寝ぼけてるせいでオレのアホな発言をあっさり承諾する弓塚。

どごっ!

「あー、いけません。ついうっかり手が滑ってー」
「手が滑ったのに飛び蹴りたぁどういう了見だ?」

ガードしてなかったら確実に吹っ飛んでたぞ。

「痴話喧嘩はその辺にして下さい。仕事の邪魔です」

シオンさんは相変わらず平然として仕事を続けていた。

「……ふっ」

かつてのオレだったらさすがシオンさんだなと思っただけだったろう。

だが今は違う。

「オレにはわかってるんだ」
「……何をですか?」

シオンさんはオレの顔を見て動揺しているようだった。

「動かずに仕事を続けているのは」

ダンボールの前にぴっちりと正座したその姿。

「ちょ、有彦、待って下さい」

シオンさんはオレのやろうとしていることに気付き、立ち上がろうとした。

だが。

「……っ」

動けない。

「痺れてるからだろ? 足が」

そう、ずっと正座をしていたせいで足がおかしくなってしまっているのだ。

「有彦。落ち着いて話をしましょう。わたしをからかう事に何のメリットも……」
「ななこ」
「はーいっ」

がしっとシオンさんを捕まえるななこ。

「メリットはあるさ」

こんな面白い事が他にあるものか。

「貴方たちさっきまでケンカしてたのに……!」
「目の錯覚ですよ」
「ふふふふふ」

これぞまさに人馬一体。

下らない事に対しての情熱が完全にシンクロしてしまっていた。

「何本目で死ぬかなー?」

人差し指を足に近づけていくオレ。

「や、やめっ……!」

最後のあがきとばかりに暴れるシオンさん。

めきょ!
 

「……純白」
 

シオンさんの美脚と同時に見れたそれが最後の光景であった。
 

続く


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