人差し指を足に近づけていくオレ。
「や、やめっ……!」
最後のあがきとばかりに暴れるシオンさん。
めきょ!
「……純白」
シオンさんの美脚と同時に見れたそれが最後の光景であった。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その89
「……酷い目に遭った」
「自業自得ですっ」
四人揃って帰路を歩く。
「あははは……」
普段だったらシオンと一緒に小言を言ってくる弓塚だが、一人眠っていただけあって苦笑いをしているだけであった。
「でもああいう仕事って大変ですよね。誰かがやらなくちゃいけないんでしょうが」
「好んでやりたいってやつはいないだろうなあ」
オレたちだって一日だからまだしも、あれを毎日続けるとなったら億劫でしょうがないだろう。
「現実にそれを毎日やっている人もいるのです。働くとはそういうことですよ」
「説得力あるなあ」
路地裏生活を続けていたシオンさんだからこそ言える事であった。
「働くって大変なんだねー」
「……だなあ」
オレ、将来ちゃんとやってけんのかな。
「理想は自分のやりたい事をやって且つ収入があることですけれども」
「まあな」
そう都合よくいけばいいんだろうが、世の中そんなに甘かない。
「そういやシオンさんって錬金術師なんだろ? それって儲かる職業なのか?」
「ええ。然るべき場所へ行けば誰よりも優遇されるでしょうね。アトラシアの技術は最高峰のものですし」
えへんと胸を張るシオンさん。
「……その技術を持っていても日本じゃ路地裏生活……と」
「て、適材適所という言葉があるでしょう。日本にはそういう機関が存在しないだけなんですっ」
「うーむ」
シオンさんの場合は間違いなくそうなんだろうが。
「最近の若い奴の考えってのがそれなんだろうな」
まあオレもその若い奴の一人なんだけど。
「といいますと?」
「だから、就職しないのは自分を評価してくれる機関が存在しないからだ、みたいな?」
「私から言わせればただの甘えですけどね」
大きくため息をつくシオンさん。
「若いうちの苦労は買ってでもしろと言うではありませんか。それをやるまえから出来ないだのどうのこうの……」
「ははは……」
多分シオンさんはかなりの英才教育をされて育ってきたんだろうな。
そしてそのぶん色んな事を犠牲にしてきたんだろう。
「シオンの場合は逆に今自由な時間を手に入れたって感じじゃない?」
すると弓塚がそんな事を言った。
「……そうかもしれませんね。信頼すべき友を見つけ、また過ごしやすい環境を手に入れた」
「や、やだシオンってば」
照れくさそうに笑う弓塚。
「そいつはどうも」
オレもまんざらな気分ではなかった。
「職場での人間関係というものは本当に大事ですよ。向こうにいたころのわたしは本当に孤独でしたから」
どこか遠い目をしているシオンさん。
「わたしも職場変えたいんですけどねー。そう上手くもいかないんですよねぇ」
ななこも何か思うところがあったのか、大きなため息をついていた。
「おめーは職務放棄してウチに逃げてきてる身だろう」
頭を小突く。
「そんな事ないですよう。確かにこっちにいることはいますけど。呼ばれたらいつも飛んでってるじゃないですか。職務は全うしてるんです」
「そ、そうか」
こいつがマトモな事言うとなんか違和感があるんだよな。
「っていうかこいつの顔見て思い出したんだが」
とりあえず仕事云々の話はこのへんで止めとこう。
「はい?」
「確かシオンさんってななこに触られるとやばいんじゃなかったっけ?」
最初にシオンさんと出会った時にななこの本体触って気絶したのを覚えている。
「ああ。本体に直接はまずいですが、ななこはここにあってここに無いようなものですしね」
「それもそうなんだけど」
「だいたいあの時のわたしはあらゆる意味で余裕がありませんでしたから」
つまり精神的にも肉体的にも余裕がある今、ななこなんぞ恐れる相手ではないと。
「わたしも倒そうとして触ったわけじゃないですからね。ちゃんとやればイチコロですよ?」
シオンさんの口ぶりが癇に障ったのか、物騒な笑みを浮かべているななこ。
「論外ですね。油断していなければ貴方がわたしに触れられる可能性などはありません」
「む。それはこっちこそ心外ですよ。わたしだって由緒正しき第七聖典なんですからー」
二人はじりじりと火花を散らしてにらみ合っていた。
「ちょ、ちょっとやめてよ二人ともー」
困った顔をしている弓塚。
「違う違う、この場合こうするんだよ」
オレは二人の肩を叩き、歯を見せて笑いながら言った。
「おいおいハニーたち。オレのために喧嘩をするのは止めてくれよ」
ごきゃ、めしっ。
「……いいパンチだ……ぐふっ」
左右同時に攻撃を食らったオレは、いい感じにぶっ倒れるのであった。
「先輩、朝ですよっ」
「……どこのギャルゲーの世界だよ」
気付いたらそこはオレの部屋だった。
「いえちょっと気持ちのいい目覚めを演出してみたんですが」
えへへと笑うななこ。
「意味のわからんことをするんじゃねえ」
「怒らないで下さいよー。昨日は迷惑かけちゃったからそのお詫びといかなんといいますかー」
「詫び?」
「はい。仕事で迷惑かけちゃいましたから」
「ばっか。そんな事気にするんじゃねえよ」
ぽんとななこの頭を撫でる。
「仕事は仕事だろう。オマエが要領悪いことくらい知ってるっての。イチイチそんな事は気にしねえ」
「で、でも……」
「まあ強いて言うならその後のパンチの侘びということにしてやろう」
「は、はいっ」
まあその詫びの仕方にしたって微妙に間違ってる気もするんだけど。
「では朝のご奉仕タイムですねー」
オレがそんな事を考えているとななこがごぞごそと布団の中に入り込んできた。
「……こら、何バカな事やってんだおまえっ」
「いいじゃないですかー。最近ご無沙汰ですしー」
「それはそうだけど……いやそうじゃなくてっ」
こんなところを弓塚やシオンさんに見られたらやばいだろう。
姉貴に見られた日にはそりゃもう絶望的だ。
いや最初にななこに会った時点でそういう光景を見られてはいるわけだけど。
「おーい有彦ー」
「うおおおいっ!」
その最悪の女の声が近づいてくる。
「わー、まずいですねー」
ななこはちっとも動じた様子がなかった。
「いるのかい?」
「っ!」
「なんだよ。起きてるならさっさと降りてきな」
「……あ、あれ?」
姉貴の反応はいたって淡白だった。
「……」
横を見るとななこの姿が既にない。
「逃げやがったな……」
まあこの場合はその判断は正しかったわけだが。
まったくあのヤロウ、要領がいいんだか悪いんだわかりゃしない。
「それから、その貧相なモンを仕舞っときなよ」
「あ……げっ!」
姉貴に言われて気がついた。
そう、パンツが脱がされていてアレがモロに見えている状態だったのだ。
「……くそう、タダ見された」
「しばくぞ」
「すいません、もう言いません」
いや、断言しよう。
あいつはオレの使いかただけ上手くなってやがる。
「ったく……」
それは嬉しい事なのか、はたまた悲しい事なのか。
「しょうもないやつだな」
オレはなんともいえない笑いをしてしまうのであった。
続く
感想用フォーム 励みになるので宜しければ感想を送って下さいませ。