朝のミーティングで姉貴がわけのわからない事を言い出した。
「四角ですか?」
「おまえの考えてるのは違う」
「錬金術師の資格ならば所持していますけど?」
そんなもんの資格まであるのか。
やっぱり取る為のテスト勉強とかするんだろうか。
「……いや、それは凄いんだろうが日本じゃ役に立たないだろうしね」
「そうですか……」
シオンさんは残念そうだった。
「わたし英語検定なら持ってますけどー」
などと自慢げに言う弓塚。
「どうせ地味に三級とかだろう」
「あ、あはは」
「ま、資格ってのは取っておけば就職に有利だからな」
姉貴のくせになんだか妙にまともであった。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その90
「ちなみにあたしは……いくつ取ったか忘れたけど結構持ってるぞ」
「知りたくないから言わないでくれ」
きっと誰も知らないようなマニアックな資格を持ってるに違いない。
「どのような資格がよいのですか?」
「……まあ職種によって色々あるんだけどね」
ぽいと新聞についてた冊子を投げる姉貴。
「あー」
よくある通信講座のやつだ。
「それは資格じゃないけど色々載ってる」
「大道芸なんて面白そうですねー」
「……そんな恐ろしく使用条件が限定されそうなもん取ってもなあ」
芸能界とかだと役に立つんだろうか。
「探したら結構キリないんだぞ。読んでるだけで暇つぶしになる」
「暇つぶしをしてもしょうがないでしょう、一子」
「まあそらそうだわな」
続けてもう一枚のチラシを投げてきた。
「簿記?」
簿記という文字の周囲に誰でもすぐにマスターとかそれっぽい文句が書かれていた。
「そ。簿記。どんな会社だろうがどんな仕事だろうが役に立つぞ」
「ふーん」
聞いててもそれがどんなもののかイマイチイメージ出来なかった。
「どんな会社だろうと必ず簿記は使ってる。だから会社がある限りはそれが出来る人間が必要ってわけ」
「どうせ取るのが難しいんだろ?」
「ま……興味があったら調べてみるんだね。苦労してでも取る価値はあると思うよあたしは」
「……えらく適当だな」
だからおまえも勉強しろよ、くらい言えばいいのに。
「興味ないもん教えたってしょうがないだろ?」
「まあ、そりゃな」
思わせぶりに言っておいて放置ってのもタチが悪いと思うのだが。
「最近人気なのは行政書士資格とかだね。それさえ取ればもう一生食ってけるぞ」
「マジで?」
「みんなこぞってそれを狙うと過剰になる危険もあるんだがね。まだしばらくは大丈夫だろうな」
「うーむ」
どこぞの業界ではある専門資格の人間が多すぎて困っているとか聞いた事があるが。
「何にしても資格ってのは自分の可能性を広げる意味があるんだよ」
「と言いますと?」
「……だからさ。パソコンが出来ます、料理が出来ますとか言われたって実際に見てみなきゃわからないだろ?」
そりゃまあ確かに。
「それを試験し、結果この程度の能力がありますよと認めるのが資格ですからね。判断材料としてこれほどわかりすいものもありませんよ」
「ふーん」
「わたしの場合はアトラスの錬金術師という……資格というよりは称号ですけど。聞く人が聞けば驚く名なんです」
そう言って自慢げな顔をするシオンさん。
「わたしも第七聖典っていう聞く人が聞けばー」
「……ななこの場合はおっそろしくマイナーな気がするけど」
でもシオンさんは存在を知ってたんだよな。
やっぱりそっち系の業界では有名なものなんだろうか。
「そういう業界ならではの話ってのもあるな。なんとかって資格を持ってるとそっちの業界に詳しいぞって証明になる」
「逆に業界人じゃないとなんじゃそらって感じだけどな」
「……ええ、それはとても実感しています」
苦笑いしているシオンさん。
「つまり自分のやりたい仕事、やってる仕事と全然関係ない資格を取っても意味はないってことだ」
「どんな会社でも使う資格ってあるんですかね?」
弓塚が尋ねる。
「だからさっきの簿記だね。営業職だって覚えといて損はないし。あとはパソコンだろうなぁ」
「パソコン?」
「今のご時勢でパソコンを使えないってのは厳しいだろ?」
「一家に一台の時代だもんあ」
こんな我が家ですら、姉貴の部屋にはノートパソコンが一台あったりするのだ。
遠野の家にはあるんだろうか。
ものすごくそぐわないアイテムに感じるんだが。
「特にワード、エクセル。パソコン系の仕事やるんだったら初級シスアドとか色々ある」
「なんか聞いた事あるな」
本屋でもそれのコーナーが作られてるのを見た事があった。
「で、でもわたしパソコンとかってちょっと苦手だな……」
弓塚は苦笑いしていた。
「そりゃ誰だって最初はそうさ。だからやらないってんじゃ一生使えないままだろ?」
「それはそうなんですけど……」
「本人のやりたい事、やりたくない事というのは重要ですよ一子」
「それは全く否定しない」
そりゃそうだ、こいつは誰よりも自分の生きたいように生きてるんだから。
「やりたいことをやれてかつ金が貰えたら最高だろう?」
「まあなぁ」
「わたし全然やりたくもない仕事をやらされてるんですがー」
「……うーむ」
転職したくても出来るわけのないななこはかわいそうかもしれなかった。
「で、まあやりたいことのサポートにいっちょ資格でも取るかなって。そんな軽い気持ちでも最初はいいと思うわな」
「やりたい事ねえ」
オレのやりたい事ってなんだろうな。
「適当に稼いで、よく食べてよく遊び、いい女と暮らす」
「なんだ。もう実現してるじゃないのか?」
ニヤリと笑う姉貴。
「……してるか?」
いやまあ確かにほとんど実現しているんだろうが。
現状に満足してるのか? と聞かれたら首を捻ってしまうかもしれない。
「恐ろしく失礼ですね、有彦」
「そうですよ有彦さーん」
「あ、あはは……」
「シオンさんはいいとしても、ななこは鏡を見たほうがいいぞ」
「有彦さんこそ鏡見たほうがいいと思いますけど」
「……ハッ」
「うふふふふ」
火花を散らしあうオレとななこ。
「まあ冗談はともかくさ。オレら今は姉貴におんぶにだっこ状態なわけだろ? それはいかんと思うんだがな」
「ほう?」
「意外とちゃんと考えてるんですね、有彦」
「……あのなあ」
どうしてこいつらはオレをタダのバカとしか見てないんだろう。
「これでも色々考えてんだぞ。頭悪いから大学どうすっかなとか、就職すんのかなとか……」
「有彦には未来がありますよ。頑張って下さい」
「そうだよ乾くんっ」
やたらと明るく応援してくるシオンと弓塚。
「なんだよお前たちだって……」
言いかけて慌てて口を塞いだ。
「……ああ、いや、うん、そうだな。頑張るわ」
シオンさんも弓塚も吸血鬼なのだ。
その時点でもう選択肢は限られてきてしまう。
恵まれてんだな……オレ。
五体満足ということのなんと素晴らしい事か。
「そんなわけで資格は必要だとわかってくれたかね? 諸君」
姉貴がごほんと咳払いをしてそう言った。
「何がそんなわけでなのかはわからんが、多少は興味を持ったな」
やはり何かしらの資格を持っていればそれだけで選択肢が広がるだろう。
「わたしも何か通信教育やってみようかなー」
「さつきは裁縫などが似合いそうですね」
弓塚らも通信教育のほうに興味を持ったようだった。
「わたしはこのウクレレ講座ってのがー」
「そうか、よかったなぁ」
「……なんかわたしの扱い悪くないですか?」
「いや気のせいだろう」
いつもこんな感じだし。
「そうか。……ってわけでちょっと会って貰いたい人がいるんだがね」
「会って貰いたい人?」
「そ。ちょっと待ってな……」
玄関のほうへと歩いていく姉貴。
「誰でしょうね?」
「さあ」
なんとなく嫌な予感がするけど。
「お待たせしたザマス」
「……誰だよ」
現れたのはいかにもマンガに出てきそうなざぁます調のオバさんだった。
「わたくし、資格、通信教育による向上育成を目的とした会を作っておりまして」
「……」
後ろに姉貴のほうを見ると小さく首を振っていた。
多分、姉貴でもこのオバさんの襲撃を回避出来なかったんだろう。
それであらかじめ資格の話を始めたと、そういうわけだ。
「ペーラペラペラペラペラペラペラ」
「……」
せっかく資格に興味を持っていたオレたちだっていうのに。
「アラまあ。こんな時間ザマス。それじゃあ資格の検討を宜しくお願いするザマス」
オバさんは散々一人で話しまくったあげく去っていった。
ほとんど……というかもう完全に拷問の時間だった。
「ど、どうだい?」
姉貴が苦笑いしながら尋ねてくる。
「悪い……なんも……考えたく……ない」
「……だよなぁ」
ざぁますのおかげで、しばらくオレたちは四角いものを見ることすらイヤになってしまったのであった。
続く