寝起きに聞いた第一声はななこのそんな言葉だった。
「仕事があんだろうが」
「今日は特になにもないそうなんです」
「……そうか」
ならば心地よい眠りを貪るとしよう。
「有彦さんってばー」
ゆさゆさ、ゆさゆさ。
「だあ、やかましい」
「きゃあっ」
上に乗っかっていたななこをひっくり返してやる。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その91
「オレは寝起きを邪魔されるのが一番キライなんだよ」
「そ、そんな事初めて聞きましたよー」
「言わないでもわかれっ!」
「きゃーっ」
とななこに飛び掛ったところ。
「乾くーん。起きてるかなー」
「え」
「う」
「……あ、あれ」
部屋に入ってきた弓塚と目が合ってしまった。
構図的にはななこを押し倒しているような状態で。
「有彦さんってば……朝から大胆です」
などと頬を赤らめてほざきやがるななこ。
「ご、ごめんなさいっ!」
弓塚は猛ダッシュで去っていってしまった。
「だあ、ちょっと待てぇっ!」
「大変ですねえ、有彦さん」
「誰のせいだっ!」
俺の思う確かな事は、仕事が無い日のほうが忙しいんじゃないかという事である。
「うぃーっす」
「おう、おはよう」
ダイニングでトーストを食っている姉貴と挨拶を交わす。
「朝っぱらからお盛んなこってね」
「……もう誤情報が出回ってやがる」
「なんだ、違うのかい?」
「勝手に想像してろ」
何を言っても煽られるだけなので、それだけ言って椅子に座った。
「おはようございます、有彦」
「おう」
冷蔵庫のほうからシオンさんが歩いてくる。
「さつきは部屋に篭ってしまいましたよ。どうしてくれるんですか」
「その誤解を解くのがシオンさんの仕事だと思うんだけどな」
「いえ、面白いので放置しておきます」
くすりと笑って俺の向かい側に座る。
「……性格わりいの」
「適当な説明はしておきました。さつきが来ないのは単に顔を合わせづらいだけでしょう」
「そうか」
まあ男が女を押し倒している光景を見て誤解するなってのが無理な話なのだが。
「おっはようございますー」
そして面倒ごとの元凶のバカが降りてきた。
「ななこちゃん、今日も元気だね」
「はい、それだけが取り得みたいなものでして」
姉貴に向かってにへらっと笑うななこ。
「元気なのはいい事だよ。どこぞのバカみたいに一部分だけ元気なのを除いてね」
そう言ってオレを見てくる姉貴。
「テメエ、セクハラで訴えるぞ?」
「残念。このメンバー相手じゃお前は絶対に勝てん」
「……うぐ」
「無謀な事は止めたほうがいいですよ」
「ああもう……」
だんだんと俺の地位が下がっていっている気がする。
ハーレムなんてこの世に無かったんだ。
「……」
憂鬱な気持ちでパンをかじるオレ。
「有彦。せっかくの休みなんだからみんなで遊びに行って来たらどうだい?」
「それは拒否権はあるのか?」
「無い……と言いたいところだがそれは自由だよ」
「休みたいのであれば強要はしませんよ」
「ぬ」
そう言われてしまうと是が非でも遊びに行きたくなるような。
いやいや、これこそが姉貴とシオンさんの罠なのだ。
巧妙な話術でオレを利用しようとしているだけに過ぎない。
「いい。オレは寝る。……敢えて寝るっ」
みんなが遊びに行くなら逆に家は静かなはずだからな。
「そうですか。残念ですね」
「有彦さんがいないとつまらないですよー」
「つまらなくてもいいの」
後ろ髪を引かれる思いだが、こういうのははっきり言って置かないとな。
じゃないと本当に利用されるだけになっちまう。
「ま、そーいう事ならあたしも出かけるよ。有彦、静かな休みを謳歌するんだな」
「ほんとかっ?」
誰もいない家なんて滅茶苦茶久しぶりだぞっ?
「ただし、他の女を連れ込んだりしたら……わかってるよな?」
「そんな事しねえっつーに」
「ほんとですかー?」
「だからしねえってば」
自由を満喫したいのにどうして他の誰かを呼ばなきゃいけないんだっての。
「……ふふふふふ」
「何その笑いは」
「いえ別に」
「くそう……」
最近になってやっと遠野の気持ちがわかるようになってきた。
あれだけの美女に囲まれていながらなぜ嬉しそうではなかったのか。
答えはつまりこの状態だからである。
秋葉ちゃんは色々と厳しそうだし、もしかしたらもっと苦労してるのかもしれない。
「ま、有彦は放置でいいだろ。おまえさんたちはおまえさんたちで適当に行くとこ決めるんだね」
「そうですね。女性同士でしかわからない事も色々ありますし」
「ですよねー」
「……おまえら何気に仲よくなってるよな」
ついこの間は敵同士だとぶつかりあってた気もするけど。
「ええ。変にいがみあっても仕方ありませんから」
「シオンさんがどうしてもって言うんでまあ、いいかなと」
「ななこが譲ったんでしょう?」
「いいえ、シオンさんが」
「はいはい、よかったよかった」
そう簡単にはいかんか。
やはり仲介役の弓塚がいてこそのバランスである。
「お、おはよう……」
「おっ」
そこにいいタイミングで弓塚が現れた。
「待ってたんだぞ」
「あ、あはは。ごめんね、わたし誤解しちゃって」
赤らめた頬をぽりぽりと掻いている弓塚。
「そうそう、あれはななこがオレを無理やり叩き起こしたからで」
「えと……程ほどにしなきゃ駄目だよ?」
「何をだよっ!」
やっぱりこいつは誤解したままであった。
「え、だ、だから……」
問い詰めるとさらに顔を赤くする弓塚。
「はいセクハラ減点1ー」
「イデエっ!」
姉貴に後頭部を叩かれてしまった。
「オ、オレはただちゃんとした事実を……」
「過ぎた事をいつまでも引っ張るんじゃない。次からは見られないよう気をつけろ、以上」
「……」
っていうか姉貴も大らかというか適当というか。
少なくとも姉が弟に言うの言葉じゃねえよな。
じゃあどう言って欲しいかって聞かれたらそれも困るけど。
朝っぱらからする会話ではない。
とすると、やはりしつこく話すオレに非があるわけか。
「……悪かった」
「よし」
頷く姉貴。
「ってわけでさつきちゃん。今シオンちゃんとななこちゃんが遊びに行くって話をしてたんだけど……」
オレが行きたくないと発言した旨を語り、それを踏まえてどこに行きたいか相談してくれということになった。
「そういうこった。ここから先は男禁止。部屋で寝てな」
「へーい」
色々あったが取り合えずこれで開放されそうだ。
今日は退屈だが平和な一日が過ごせる。
オレは単純にそう考えていた。
だが神様ってやつはどこまでも意地悪なようで。
そんな平和な一日を過ごさせてはくれないようなのであった。
続く