無意味やたらにだだっ広い平原の真ん中にオレは寝転がっていた。

「ふぅ……」

顔を撫でる風が心地よい。

ぽかぽかと照りつける陽気、鼻をくすぐる青臭い空気。

まるで夢のような空間だった。

ぴんぽーん、ぴんぽんぴんぽんぴんぽーん。

ぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽーん。
 
 



『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その92






「……夢だった」

オレの心地よい眠りはインターホン連打という実に不愉快なもので妨害されてしまった。

「だあっ!」

せっかく誰もいない家で惰眠を貪っていたのに。

これで新聞の勧誘とかだったら殴るぞオレは。

だだだだだっ! ばたんっ!

階段を駆け下り、玄関を思いっきり開ける。

「誰だこんちくしょう!」
「わっ」
「……アレ?」

そこにはどこぞで見たようなお姉さんが立っていた。

「えーと、アルクェイドさん?」

そう、遠野のやつとよく一緒にいるアルクェイドさんだ。

「そう。覚えててくれたんだ」

にこっと嬉しそうに笑う彼女。

「……」

その笑顔を見てしまったら、眠りを邪魔された怒りもどこかに吹っ飛んでしまった。

「で……どういったご用件で?」

同時に冷静に考えてしまう。

アルクェイドさんはオレの家をなんで知ってるんだ?

「遊ぼ」

まるで子供みたいな口ぶり。

「……えーと」

この場合の遊ぶはどういう遊びなんだろうか。

おままごととか、おはじきとかそんなレベル?

「何でもいいわよ。楽しければ」
「楽しければ……ねえ」

少なくとも大人の遊びではなさそうだ。

「とにかく、あがらせてもらうわ」
「あ、ちょっと?」

オレが答えかねていると、アルクェイドさんは靴を脱ぎ捨てすたすた上がっていってしまった。

「いやオレの部屋二階だからっ!」
 
 
 
 

「……つまらんものですが」

戸棚にあったクッキーとペットボトルの紅茶をそれっぽいカップに入れて出す。

「ありがと」

軽く会釈をするアルクェイドさん。

「……」

さて考えようか。

アルクェイドさんははっきりいって美人だ。

しかもスタイルもいい。

そんな彼女が突然オレの家に現れて、しかも二人きりときたもんだ。

少女マンガとかギャルゲーの世界じゃないんだぞここは?

「……いや、でもな」

最近そういう家になってたっけなあ。

「どうかしたの?」
「ああ、いや、えっと。アルクェイドさんはオレの家を何で知ってたのかなって」
「志貴に教えて貰ったのよ。たまたまこの辺を通った時に」
「そうなんですか」
「あと、別にそういう敬語とかいらないわよ? 普通に話してくれれば」
「いや、まあなんとなく」

シオンさんもそうだけど、外国人相手だと何故か敬語で話しちまうんだよな。

「そんなのどうでもいいじゃない。遊ぼうよ、ねえ」

笑顔でオレに近づいてくるアルクェイドさん。

「……」

なんていうか、この人はななこ以上に無防備である。

遠野のヤツもさぞかし目のやり場に困っているだろう。

「その前にちょいと聞きたいんスけど」

オレはさっさとアルクェイドさんの意図を聞いてしまうことにした。

といってもほとんど予想は出来ている。

「なに?」
「遠野のヤツと喧嘩でもしたんスか?」
「……」

返事はなかったが、アルクェイドさんは見るからに不機嫌そうな顔をした。

「やっぱり……」

そうでなきゃオレの家に来る理由なんかないのだ。

いや、遠野のヤツと喧嘩したからオレの家に来るってのもおかしいが。

「だって志貴ってば酷いのよ?」
「いやそれは知ってますけど」
「え? そうなの?」

オレが相槌を打つとアルクェイドさんは驚いた顔をしていた。

「……いや、そこは共感するべき場所だと思うんスけど」

自分で酷いって言っておいてその反応はおかしいだろう。

つまりそれは、本気で遠野を酷いと思ってないという事なのだが。

「志貴があなたにどんなことしたの?」
「例えば……オレが学園祭でオバケキノコで遠野が夜間鶴を演じた時、オレは説教食らったのに遠野はあっさり開放されたとか」
「オバケキノコ? 夜間鶴?」
「これこれしかじか」

大雑把に当時の学園祭の顛末を説明するオレ。

「あっはっはっは、なにそれー! おっかしいのー!」

アルクェイドさんは腹を抱えて笑い転げていた。

「でしょうっ? 結局永久禁止されちまいましたが、後悔はしてません」
「なんで志貴は怒られなかったのかしら?」
「普段の素行がいいからです」

つまりオレは普段から駄目学生だったが遠野は可も無く不可も無く普通の学生をやってたわけだ。

「……それは貴方の自業自得なんじゃない?」
「はっはっはっはっは」

まったくその通りである。

「で、アルクェイドさんは遠野とどうして遠野のヤツが酷いと思ったんです?」

自分の恥を話したところでアルクェイドさんに話題を振る。

土台を作ってあるからちょっとは話しやすくなっているだろう。

こういうさりげない気配りこそが女性との駆け引きで必要なのだ。

いや、最近成功してないんだけどさ。

「そう。それなのよ。志貴って普段は学校に行ってるじゃない?」
「まあ学生ですからね」
「でも今は夏休みだっけ? 家にずっといるわけよ」
「ええ」

オレは毎日バイト三昧の日々だが、多分遠野のヤツはグータラ過ごしている事だろう。

「それで遊びに誘うんだけど……志貴が怒るのよ」
「それは酷いですねえ」

こんな美人からの誘いを断るなんてなんてやつだ。

全国の男子諸君に謝罪するべきだろう。

「しまいにはどっか行けだって。頭にきちゃった」
「外道ですね」

天罰が下ったっておかしくはないぞ。

「でしょー?」
「ええ、よくわかりました」
「だから、遊ぼ?」
「……いや、その飛躍がわからないんスけど」

何故遠野に腹が立つとオレのところにくるんだ?

「だって共感してくれそうな人が思いつかなかったんだもん」
「あー」

それは確かに言われてみれば。

秋葉ちゃんなんか共感してくれるどころか嬉々としているかもしれない。

翡翠さんや琥珀さんも遠野側の味方。

シエル先輩も……駄目だろう。

「なるほど」

思いつく限りではアルクェイドさんの味方になってくれそうな人物は思い浮かばなかった。

「でもよくオレを覚えてましたね」

こう言っちゃなんだが、オレなんて本当にちょっと挨拶した程度の関係だぞ?

「ええ。だってあなたからは色んな力を感じるもの」
「力?」

もしかしてあれか、実はオレには気付いてないとんでもない能力があったとか。

それにアルクェイドさんが気付いて……ってそんなRPGじゃないんだから。

「教会の力も感じるし……かと思えば吸血鬼っぽい匂いもする。不思議だわ」
「あー」

あいつらのせいか。

「……今度風水とか調べてみようかな」

変なのが集まるのはそれが原因のような気もしてきた。

「どうかした?」
「いえ、なんでもないっスよ」

と相槌を打ちながら気がついてしまった。

なんでアルクェイドさんは吸血鬼とか教会の気配とやらがわかるんだ?

もしかしなくても、そっちの業界の人間なのか?

「あ……遊びましょうか、ええっ」

なんだかあまり知ってはいけない世界に足を踏み込んでいるような気がしてきた。

一刻も早くアルクェイドさんを満足させて帰って貰おう。

「ええ、何して遊ぶ?」

にこりと笑うアルクェイドさん。

「じゃあ取り合えず対戦ゲームとか……」

とにもかくにも、今のオレにとっての最大の心配はだ。
 

こうしてアルクェイドさんと遊んでいる間に、あいつらが帰ってきやしないかという事だからだ。
 

続く



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