にこりと笑うアルクェイドさん。
「じゃあ取り合えず対戦ゲームとか……」
とにもかくにも、今のオレにとっての最大の心配はだ。
こうしてアルクェイドさんと遊んでいる間に、あいつらが帰ってきやしないかという事だからだ。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その93
「それっ!」
やっ! おりゃ! どりゃっ! 必殺!
「うわっ?」
おりゃー! やっ! せいっ! チェストー!
「うおおっ!」
うりゃ! やあっ! チェストー!
「ぎゃー! ピヨったー!」
「これで終わりよっ!」
どりゃ! 必殺!
……以下略。
「だあっ! 負けたあっ!」
オレは思わず後ろにひっくり返ってしまった。
「あはは、勝っちゃった」
「……つーか上達早すぎですよ」
アルクェイドさんは最初は確かにびっくりするほど下手くそだった。
それでちょいと連続技を教えて見たらコレだ。
今や遠野なんぞより遥かに手強い相手となってしまった。
スタンコンボなんて初心者が出来る連携じゃないぞ。
「ん、だって一度覚えたら後は同じ操作をするだけじゃない」
「……それが難しいと思うんですけど」
しかしアルクェイドさんは言葉どおり一度もミスらずそれをやってくるのだ。
相手としてはたまったものではない。
「次はこっちのキャラを教えてよ」
「あー。はいはい」
俺がキャラの連続技を教えてしまうたびに勝率が下がっていっていた。
「このキャラは投げキャラなんでまず接近を……」
「ふんふん」
「例えばこうやって……」
しかし教えた事をそのまま実現してくれるというのは、教える側としては気分のいいものなのである。
ななこのやつなんかいくら教えてやっても上達しないからな。
上手い相手と戦うのはこっちのレベルアップにもなるし。
「……って!」
熱中してどうすんだよ俺。
「どうしたの?」
「あ、いや、なんでもありません。立ち投げでも練習してて下さい」
「そう? わかったわ」
「……」
さて、アルクェイドさんが練習している間に状況を整理しようか。
まず今現在この家にはアルクェイドさんとオレのふたりきり。
これはとてもまずい。
何故まずいかというと。
ひとつ、オレが家に残るのは「休むため」と言った。
ひとつ、オレは姉貴と「女を連れ込まない」という約束をした。
現在の状況はその二つに反している事となる。
あいつらはいつ帰ってくるかわからない。
つまり、この状況を目撃されてしまう可能性が大いにある。
そうなったら、どうなるか。
「……っていうか姉貴だけでオツリが出るくらいに怖いな」
あいつは基本的に放任主義だが、約束にだけはうるさいのである。
いわゆる仁義の世界のノリなわけだ。
それに加えて今はななこや弓塚、シオンさんがいる。
ななこはまあいいだろう。アイツなら説得できる。
弓塚も……また誤解されるだろうがしょうがない。
問題はシオンさんだ。
多分シオンさんのことだからアルクェイドさんについても何か知っているだろう。
その何かを知ってしまうというのは、事件に巻き込まれる可能性もあるかもしれないということだ。
冗談じゃない、これ以上厄介ごとを増やされてたまるもんか。
「ってことでアルクェイドさんそろそろ……」
帰って下さいませんかと。
「えいっ!」
「ギャー! ニュートラル状態で普通に二回転決めてる!」
「どう? 上手くなったでしょ?」
「……」
オレの勝負師としての感覚がうずく。
ツワモノと勝負してみたい。
ああ、だがしかし。
「い、1回だけっ!」
「対戦するの? いいわよ?」
この1回だけというのがまた曲者なのである。
「じゃあ次はキャラね?」
「……」
さてオレは何キャラ目を指導しているんだろう。
途中何度も終わらせようとしたのだが、アルクェイドさんみたいな美人にせがまれてしまうと、どうにも。
「ねえ、教えてよー」
こんな美人が無邪気にすりよってくる。
なんつー反則行為だ。
遠野の奴はこんな恐ろしい相手と常に一緒にいやがったのか。
「やっぱりあいつはおかしい」
絶対に何か外れている気がする。
「あいつ?」
「……ああ、いや、遠野の事です」
「志貴の事なんかどうでもいいでしょ」
アルクェイドさんは遠野の名前が出るとまた不機嫌な顔になってしまった。
「……」
やっぱりまだ引きずってるか。
表面上は楽しそうにしていても、またその途中は心底楽しかったとしても、嫌な感情というのは強く残ってしまうものなのである。
「いや、遠野もこのゲーム好きでしてね」
状況を探るためにもうちょっと話を続けてみることにした。
「そうなの?」
「はい。勝率はまあ……オレ有利ってとこですが」
さすがにゲーム所有者がたまに遊びに来る遠野より勝率悪くちゃ洒落にならないからな。
「ふーん。よく遊びに来るの?」
「前は良く来てましたよ」
「……」
なんともいえない顔をするアルクェイドさん。
遠野が自分から何かをするという行為は滅多にない。
だから「オレの家に遊びに来ていた」という事に対して嫉妬というか……まあ羨ましいわけだ。
アルクェイドさんは構って欲しいのに構ってもらえないんだから。
「多分、アルクェイドさんは自分のやりたい事だけを主張して誘ってると思うんですけどね」
というか今のオレがまさにその状態だし。
それが続いてさすがの遠野も音をあげてしまったんだろう。
「……それは……」
一応自覚はあるのか、渋い顔をしているアルクェイドさん。
「たまには遠野の好きな事をやらせてみるのも面白いんじゃないかと」
「……」
「やっぱ遊びってのは互いに面白いのが一番ですしねえ」
「そっか……わたし志貴のやりたい事なんか聞いた事なかったかも」
俯きながらそんな事を呟いていた。
「まあアイツは聞いたって答える様なヤツじゃないですけど」
だからこそアルクェイドさんとうまくいってるんだと思うし。
「じゃあどうすればいいのよ」
「それはまあ、適当になんとかなるんじゃないっスか?」
「む……」
誰かに他人の不満を言うという行為は、その他人に自分の事を判って欲しいという主張である。
その不満を言われる側になった人間は、共感するなり対処法を教えるなりするのが普通だ。
けどオレは違う。
こういうのは誰かに話した時点でもうほとんど解決しているのだ。
だから放置するだけ。
そうすれば勝手に終わる。
いつぞやのななこの時もそうだったけど。
「わかったわ。じゃあ……」
アルクェイドさんはしばらく黙っていたが、やがて何かを決意したように口を開いた。
「お? 帰りますか?」
これでようやく開放されるわけだ。
「ううん。対戦しましょ?」
「……え」
されないのかよ。
「わたし、志貴にくっつきすぎてたのかも。だからちょっと距離を取ってみようかなって」
人間たまには一人になりたい時もある。
そういう時にはそっとしておいてやること。
というよりも、アルクェイドさんも無意識にそれを感じたから遠野から離れてきたんだろう。
「その考えは間違ってないと思いますが……」
それに巻き込まれるオレの事は無視ですかい?
オレだって一人でいたい気分なんですけど。
「駄目?」
「こっちにも都合というものがありまして」
ここは正直に帰って欲しいと告白しよう。
じゃないと延々と付き合わされる羽目になる。
「負けたらわたしが一枚服を脱ぐとかいうルールにしよっか?」
するとアルクェイドさんは満面の笑みを浮かべてそんな事を言ってきた。
「やりましょう、さあやりましょう、今すぐやりましょう」
コントローラーを握り締めて座るオレ。
「えへへ、ありがと」
「いやいやとんでもございません」
オレはバカか?
ああ、バカだ。
でもバカだっていいじゃないか! なあ!
やっぱ男はロマンだろう!
KO!
「ガ、ガード不能連携……」
「慣れると面白いわね、これー」
果たしてオレはアルクェイドさんに勝つことが出来るのか?
そして姉貴たちはアルクェイドさんがいる間に帰ってきてしまうのか?
乾有彦の繰り広げる大スペクタル巨編!
「……期待できんのかねえ」
なんつーか色々とヤバそうだった。
続く