オレはやっぱりテメエの事が大嫌いです。
「有彦さんの……ばかああああっ!」
ぱっかあああん!
ななこの全力パンチを顔面に食らって一瞬で気絶してしまうオレであった。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その95
「……はっ!」
目が覚めた。
「ななこ、それは壮大な誤解なんだ」
そして最初に出た言葉がそれだった。
「……って」
周囲を見回しても誰もいない。
「服も着てるし……」
オレはアルクェイドさんとの勝負でトランクス一丁になっていたはずなのに、しっかりと服を身に着けていた。
「……なんだ」
もしかしてアレか。夢オチってやつか。
「そういや前もリアルな夢を見た事があったもんな」
そういう事もあるってことか。
「だいたいアルクェイドさんがいきなりオレの家に来るなんて非常識な……」
「あれ? 起きたんだ?」
「……」
ざんねん! いぬいありひこの げんじつとうひは ここでおわってしまった!
「……はよっス」
力無く挨拶をするオレ。
「あの子は泣きながら帰っちゃったわよ?」
「さいですか……」
誤解を解くのに果たしてどれくらいかかるんだろうか。
「他には誰か来ませんでした?」
「ううん? 誰も来てないわよ」
「そうですか……」
幸いにも姉貴たちはまだ帰ってきてないようだ。
「……あいつだけでよかったと考えるべきか」
これが姉貴やらシオンさんやら弓塚に知られた日にはどうなる事か。
「ああ、でも電話があったのよ」
「電話?」
まさか。
「あんまりにもしつっこいからつい出ちゃったんだけど。わたしが話したらすぐに切れちゃったわ」
「……えと、その、つかぬ事をお伺いしますが」
聞きたくはないけど。
そうであって欲しくない。
いや、そうであるものか。
「その、電話の相手、切る前に何か言ってませんでした?」
「んーと。最後の楽しみをどうぞごゆっくり、だって」
「……はは、はははははは」
オレは思わず天を見上げてしまった。
「最後ってどういう意味かしらね?」
「さて現在の資金で逃亡できる一番安い宿は……」
アルクェイドさんの言葉を無視して駅とかでよくある小旅行のパンフレットを開くオレ。
「ねえ、どうしたの? 何かあったの?」
「いや、ちょっと色々ありまして。アルクェイドさんもそろそろ帰ったほうがいいですよ」
こうなったらもう人の悩みを聞いている場合なんかじゃない。
オレのほうが大ピンチなのだ。
「もしかしてわたし何か悪い事しちゃった?」
「あー、いや別にアルクェイドさんは悪くないですよ」
美人に甘いのがオレの駄目なところである。
だが後悔はしない。
「……っていうかオレ服着てるのってまさか」
ふと気付いて尋ねてみる。
「ああ、寒そうだったから着せてあげたんだけど」
「のおおおお……」
どうしてオレはそんな大事な時に気絶してたんだ!
「ねえ……さっきから変よ。大丈夫?」
「ああ、はい。大丈夫です。正常ですから」
そんなことで悶えている場合じゃないのだ。
とにかく急いで脱出先を探さなければ。
「もし何か悪い事したんだったら謝るわ。その電話の相手にも事情を説明してあげるから」
「あー、いやそこまでして貰わなくても」
「わたしのせいで問題が起きたなんてイヤじゃないの」
むぅっとふくれっ面をするアルクェイドさん。
正義感というかなんというか、純粋に真面目なんだろう。
「……その潔よさは遠野のヤツにでも見せてやって下さいな」
「え?」
「いや、遠野のやつはあんまり何も言わないから主張しやすいでしょうけどね」
悪い言い方をすれば、アルクェイドさんは遠野に甘えていたわけである。
遠野は非常に特殊な例なのだ。
あれだけ無茶を頼んで引き受けてくれるヤツってのはまずいない。
だからこそ、甘えたくもなるんだろう。
ただ遠野のヤツも人間なわけで、限界はあるものなのだ。
「互いに支えあう関係っつーのもいいもんですよ。ま、オレが言えた義理じゃないですけど」
「……」
「例えば遠野のやつを安心させるような行動をアルクェイドさんが取るとか」
「そんなの……よくわからないわよ」
それもわかる。
あいつは滅多な事じゃ自己主張なんかしない。
「ただ、今の状態じゃ遠野はアルクェイドさんを心配するだけでしょうね」
「え……」
目を見開くアルクェイドさん。
「だってケンカしてそのままオレのとこに来たんでしょ?」
アルクェイドさんがオレの家にいるなんてまず考えやしないだろう。
「今頃その辺を探し回ってるかも……」
「……」
目線が慌しく動き出すアルクェイドさん。
「さあ、オレは忙しいんです。帰るなりなんなりしてくれるとありがたいんですが」
「あ、ちょっと……」
オレは強引にアルクェイドさんを部屋から出した。
「さて一体どこに行きますかねっと」
背中を向けて座り、再び小雑誌をぱらぱらめくり出す。
「……ありがとう。ゲーム、楽しかったわ」
アルクェイドさんの声はどこか迷いが吹っ切れたような感じがした。
「いやいや大した御もてなしも出来ませんで」
「今度はちゃんと遊びましょうね」
そんな声が聞こえた後、階段を勢いよく駆け下りる音が響いた。
「……今度があっても困るんだけどなぁ」
苦笑いしながら小雑誌を閉じる。
「そういや結局何にも見れなかったな……」
脱ぎかけのところで気絶させられたのは本当に残念だ。
せめてあと3秒、いや2秒あればよかったのに。
「……過ぎた事はしょうがない」
問題は未来なのだ。
オレはこの先どうやって生きていくんだろう。
可能性は無限にある。
オレはその可能性を信じる。
人生は明るい希望ばかりに満ちているんだ!
「……ホントマジでスイマセンでした」
帰ってきた姉貴に向かって地面にこすりつけての土下座。
「何の話だい?」
顔をあげると姉貴が訝しげな顔をしていた。
「いや、だから……」
「あたしは何も知らん」
「……」
これはどう考えるべきだろうか。
本当に知らないというのはあり得ないだろう。
だとしたら、ハラワタは煮えくり返っているがあえてそれを顔に出さないようにしている?
いやそんな事をするメリットはないはずだ。
「なあ姉貴。家に電話ってかけたか?」
僅かな期待を抱いて尋ねてみる。
「あたしはかけてないけど?」
「……そ、そうなのか」
最悪の可能性は回避された。
神様ありが……いや、そう都合よく神様に礼を言うのもなんだろう。
しかし、そうなると誰が電話をかけてきたのかって事になるが。
「その言動から見る限り……なんかロクでも無い事をやらかしたようだね」
姉貴がドスの効いた声でそんな事を尋ねてきた。
「ああ、いや! なんでもない! なんでもないからマジで! 変な夢見て寝ぼけてたんだよ!」
「……ふぅん」
「いや、ほんとに。うっかりものだなあ、オレ。ハハ、ハハハハ」
「……」
据わった目でオレを睨む姉貴。
「ま、いいだろう。証拠を探すとか野暮な真似もしない」
「そ、そうか……」
こういう時、ズボラな性格の姉貴でよかったと思う。
「それより、ななこちゃんを知らないかい? 途中でいなくなってからさっぱり見かけないんだが」
「ああ。一度家にも来たけど、急な仕事らしいぜ」
ななこの事も適当に誤魔化しておいた。
どうせ説得するにはまだ時間がかかるからな。
「……せっかくの休みなのに残念だったな」
姉貴は渋い顔をしていた。
「まあ仕方ないさ。で、シオンさんと弓塚は?」
「あたしと時間差で帰ってきたはずだけど。今は部屋にいるんじゃないか?」
「そうか」
姉貴じゃないとすれば犯人はずばり。
「ちょっくら行ってくるわ」
「ああ」
途中で台所に寄って適当な菓子類を掴んで持って来る。
「きょうはおたのしみでしたね」
「……やっぱりシオンさんか……」
「え? な、なに? 何かあったの?」
全てお見通しとばかりに壮大な誤解をしているシオンさんと、本当に何もわかってないという感じの弓塚のコンビ。
「いや別に何にもなかったんだけどさ」
オレは怪しく笑うシオンさんに大雑把な事情の説明を始めるのであった。
続く