そろそろ遠野のやつらもいないだろうし、オレはさっきの公園を目指して駆け出すのであった。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その99
「さてと」
ベンチに座るオレ。
覚悟は決めた。
後はガチンコ勝負だ。
いや、殴り合いするわけじゃないけど。
そういう展開になったら多分負けるし。
「……はあっ」
そんな弱気な態度じゃいかんだろう。
だが強気すぎても駄目だ。
取りあえずは話をする事が肝心である。
「よし」
呼ぼう。
「ななこ」
誰もいない空間に向かって名前を呼ぶ。
「……」
来ない。
「まあ、そう簡単に来るとは思ってねえさ」
しかし今のオレって傍から見たらすげえ怪しいヤツなんじゃないだろうか。
誰も公園にいないのが幸いだった。
「来いよ、ななこ」
もう一度呼ぶ。
「……」
来て欲しくない時は近寄ってくるくせに、逆の場合は来ないときたもんだ。
「はぁ」
まあこれも予想のうちだ。
「持久戦だな。オレは待ってる」
果たしてこのセリフがアイツに届いているかどうかもわからないが。
「……ま」
本体の一部はポケットに入っているのだ。
聞こえていると信じるしかないだろう。
「それでも来なかったら」
あんなヤツもう知らん。
「……大概にヒマだね、オレも」
わかっていて独り言を言うのはかなり空しい。
時間は深夜を過ぎてどれくらい経ったろうか。
「しっかし誰も来ないってのも異常だよな」
せめて酔っ払いでも来てくれれば暇潰しになるのだが。
この公園は何か怪しげな曰くがあったりするのだろうか。
夜中に妖怪軍団が集団が戦いを繰り広げたとか。
「はっ」
ヒマすぎて下らない事を考えてしまった。
「……ったくよ」
やっぱり待つってのはどうも苦手だ。
攻めるほうがオレの性に合っている。
「おいコラ。聞こえてるんだろう!」
なのでもう恥も外見もなく叫ぶことにした。
「バカ馬! 返事しろ!」
返事がなくてももう気にしない。
「勝手にいなくなったらどうしたらいいかわからねえじゃねえかよ! 文句があるなら言えってんだ!」
とにかく大声で叫んだ。
「オレはな……テメーみたいにヘラヘラ笑って人懐っこい奴なんか大嫌いなんだよ!」
多分それはオレにそういう事が出来ないせいなんだろうが。
「なっ……! そこまで言うことないじゃないですか!」
「ほう。やっと出てきたか」
ついにななこが現われた。
「大体有彦さんがいけないんじゃないですか! あんな人を家に連れ込んで!」
そして開口一番で文句を言い出しやがる。
「相談を受けたんだよ! テメエだって知らない相手じゃないだろ!」
「あの人はとっても怖い人なんですよ! そりゃもうわたしのマスターくらいにっ!」
「うそつけ! 遠野のダチにタチ悪いのなんか……」
いや、結構いるな。
「……まあオマエが何を知っているのかは聞かん。しかしだな、悩みを抱えている相手の相談に乗る事は悪い事なのか?」
「うっ」
一瞬うろたえるななこ。
「で、でもあの人は……」
「アルクェイドさんはいいとしてさ。オマエはどうしたいんだよ」
聞かなきゃいけないのはそこなのだ。
「どうって……」
「オレのやり方が気に入らないかとかさ、マスターのところに帰りたいとかさ」
「そ、それは、だからもうちょっと女の人への対応を」
「知らん」
「有彦さんっ!」
むっとした顔をするななこ。
「女の人への対応っつかさ、オマエへの対応だろ? 要するに」
「え? あ、ええと」
多分コイツなりに理想っつーかなんていうか、何かそういうイメージがあるんだろう。
「アレか。愛してるよ、ななこ。だから帰ってきてくれ……とか言えばいいのか?」
「そ、そんな心の篭ってないセリフはいりませんっ」
「オレもそんな事を言うつもりはさらさらない」
言ってて自分で気持ち悪くなったくらいだからな。
「オマエがマスターのところに帰るっていうなら止めない。多分そっちのほうが正しい形なんだろうからな」
「そ、そんな、有彦さんはそれでいいんですか?」
「いいも悪いもない。オマエがそうしたいならそうすればいい」
「……わたしは」
「オレにもっと優しくして欲しいとか、そういう事を言いたいのか」
「……」
ななこは何も答えなかった。
「残念だが、そういうのをオレに期待しても無駄だぞ」
オレは自分の生き方を変えるつもりはないし、優しくしろとかそういうのはうんざりするくらいだ。
「ただ、オレはオマエが本音を言える相手だとは思っている」
「……本音」
「遠野ぐらいなんだぞ、ホントはな」
コイツだって最初は邪魔以外の何者でもなかったのだ。
建前を言ったって通用しないから、本音を言うしかなかったというのもある。
「オマエがオレを頼るなら出来る範囲で応えようとはする。けど問題ってのは自分でなんとかするもんだ」
それが例え他人による原因だったとしてもだ。
それなら環境を変えようと努力するなりソイツに文句を言うなりするべきなのである。
「それでも駄目だってんなら仕方ねえ。けどオマエはなんもせずに出ていっただろう」
「わ、わたしは……」
「そういうのはもうやめろ」
「……はい」
しゅんとした顔で頷くななこ。
「……だから、まあ、なんだ」
こんな説教をするつもりじゃなかったんだ。
「……オマエさえよければだな。その……帰って……こないのか?」
「え?」
「なんでもねえよ」
ああもう、コイツのせいでオレは恐ろしく甘くなってしまった。
「えへ、えへへへへ」
やたらと嬉しそうに笑うななこ。
「笑うなっ!」
腕を振り回すと、ひょんと飛んで避けやがった。
「わかりました。有彦さん、今回はわたしが悪かったです。申し訳ありませんでした」
「おう……わかればいいんだよ」
まったく、これだけのためにずいぶんと無駄な時間をとったもんだ。
「次はちゃんと理由を言ってから出て行くことにしますよー」
「こら」
こいつまったく反省してねえじゃないか。
「冗談ですよ」
「……ったく」
心配してたオレがバカみてえだ。
いや、心配なんかしてなかったけどな。
「帰るぞっ!」
「はいっ」
「だあっ! まとわりつくんじゃねえ!」
「いいじゃないですかー。普通の人には見えないんですし」
「そういう問題じゃなくてだなっ」
こうしてオレはななこと腕組みをして帰る羽目になるのであった。
続く