「志貴さん知ってますかー? クリスマスはサンタさんがやって来てよい子にプレゼントをくれるんですよー?」
この人の場合は冗談だとしても。
「ええ。今年も靴下を置いておかなくてはいけませんね」
果たして秋葉お嬢さまがこんな事を言ってきた場合はどう判断するべきなんだろうか。
「サンタが遠野にやってきた」
前編
「そりゃまあクリスマスといえばサンタだけど……」
それは子供の頃の話であって、今となってはケーキを食べる日か程度の認識である。
「志貴さんは信じてないんですか? いけませんよー? 信じてない子のところにはサンタさんは行かないんですから」
めっと俺をしかる琥珀さん。
「す、すいません」
はてどうして俺が怒られなくてはいけないんだろうか。
「……ちなみに去年は何をくれたの?」
サンタが本当に実在するかはどうかはともかくとして、秋葉の言い分からして誰かがプレゼントをあげたというのは間違いないようである。
「ティーセットです」
「今も大事に使われてますよー」
そう言って秋葉の持っているカップを指差す琥珀さん。
「これか……」
実用的かつ、秋葉の喜ぶプレゼントである。
秋葉の嗜好を知っていなければこんなプレゼントは出来ないだろう。
「ちなみにわたしは家庭菜園の種や肥料でした」
「どっちも靴下に入るシロモノじゃないね……」
しかもどちらもそれなりに資金が必要なものである。
「翡翠ちゃんは何だったんだっけ?」
「わたしは掃除道具一式です」
女の子にあげるプレゼントとしてそれは正しいのか疑問だが、これも実用性を考えればいいプレゼントだ。
一体誰がみんなにプレゼントをあげてたんだろう。
「うーむ」
「志貴さんは何か貰いました?」
考えていると琥珀さんがそんな事を聞いてきた。
「え? 俺は……えと、マンガとか?」
「どうして疑問系なんです? しかも下らないものを……」
「わ、悪かったな」
有間の家に居候させてもらってる身で、サンタさんに欲しいもの要求するほど厚かましい真似は出来なかったのだ。
そのマンガにしたって都古ちゃんに全部あげてたから俺の貰った物は実質0である。
「今年は何をくれるんでしょうね」
琥珀さんがそんな事を言った。
欲しい品物をさりげなく聞くのはクリスマス前のお父さんお母さんの義務であるが。
「私は新しいバイオリンが欲しいわ」
「またそんな高価なものをー。サンタさんだって困っちゃいますよ?」
サンタの正体は琥珀さんなんだろうか。
いや、でもこの人そんな事するタイプじゃないしなあ。
秋葉というのはもっとあり得ないだろうし。
「じゃあ琥珀は何をリクエストするのかしら?」
「わたしはちょいと新しい注射器をー」
「……そんな物騒な代物をサンタに頼むんじゃありません」
「ほんとだよ」
そんなもんリクエストされた側はたまったもんじゃないだろう。
「翡翠ちゃんは?」
「……わたしは特に……」
控えめな翡翠らしい答えだった。
「志貴さまは何か?」
「ん」
逆に翡翠が尋ねてきた。
「俺は……うーん」
俺もそんな急に欲しいもんはないんだよなあ。
「ゲ、ゲームとか?」
せいぜいその程度だった。
「また兄さんは……」
呆れた顔をしている秋葉。
「いいじゃないか、なんだって」
「あはっ、志貴さんらしいですねー」
などとしばらく雑談をした後、俺は部屋へと戻った。
「うーむ」
さてどうしたものか。
サンタの正体は謎だ。
今年も現れてくれるとは限らない。
もし本当に秋葉や翡翠たちがサンタを信じているとして、プレゼントが来なかったらどんなに悲しむだろう。
そしてどれだけ俺にとばっちりが来るだろう。
「……なんとかせにゃなあ」
俺の命……いや、みんなの夢のために。
「俺が頑張らなければ」
そう、俺がサンタの代わりにみんなにプレゼントをあげればいいのだ。
そうすればみんなうまくいくはず。
「よしっ」
早速とばかりに財布を開く。
「……無理」
一秒で諦めた。
「むしろサンタさん、俺にお金を下さい」
他の誰かにプレゼントを上げられる余裕なんてこの俺にあるわけがなかったのだ。
「まいったな……」
いきなり計画に支障が出てしまった。
「いや」
ここで諦めてどうする。
「あいつならきっと……」
あいつならきっとなんとかしてくれるはずだ。
そう思い、ドアを開けた。
「あ……志貴さま」
するとそこには翡翠の姿が。
「悪い。ちょっと出かけてくるよ」
「今日……ですか?」
「いや、今日だからだけど」
なんせ明日はクリスマスなのだ。
今日中に用意しなくては格好がつかない。
「……そうですか」
翡翠はなんだか複雑そうな顔をしていた。
「じゃ、行って来るよ」
「早めにお帰り下さいませ」
「ああ」
俺は全速力でそいつの家へと向かうのであった。
ぴんぽーん。
「おーい」
インターホンに向かって呼びかける。
ばたばたばたばた!
「志貴っ?」
ものすごい勢いでアルクェイドが現れた。
「お、おう」
「待ってたのよ。ささ、入って入ってっ」
「あー、うん」
言われるままに部屋の中へ。
「じゃーん」
「……へえ」
普段は何の飾りつけもしていない地味な部屋が、クリスマス一色に彩られていた。
「なかなか綺麗じゃないか」
「でしょ。志貴のために頑張っちゃった」
「……なんで俺が出て来るんだよ」
「え? だってクリスマスイブって恋人たちがいちゃつく日なんでしょ?」
さも当然のような顔をしてそんな事を言うアルクェイド。
「しまった……」
クリスマスの前日と言えばクリスマスイブ。
そんな日今まで縁がなかったから完全に失念していた。
「い、いや、今日はそういう目的で来たんじゃないんだよ」
慌ててアルクェイドから離れる俺。
今ここで捕まったらもう明日の朝まで帰れないだろう。
「えー?」
不満そうな声を上げるアルクェイド。
「わ、悪い」
この場合明らかに悪いのは俺なので謝っておく。
「……まあ妹がうるさいからね」
アルクェイドにしては珍しく物分りがよかった。
「その代わり、明日は絶対に家で過ごしてよ。わたしの誕生日なんだから」
「あー」
そう言えば前にそんな事聞いたなあ。
「……悪い、それも出来そうにないんだが……」
「えー?」
するとさっきよりも不満そうな顔をするアルクェイド。
「いや、実はな……」
俺は大雑把に事情を説明した。
「志貴がサンタクロースの代わりねえ」
アルクェイドは首を傾げていた。
「笑わないでやってくれ」
遠野家のみんなは色んな意味で世間から隔離されて生きてきたのだ。
秋葉なんか袋入りのパンの開け方すら知らなかったくらいだからな。
「信じてたって悪いわけじゃないんだし、夢を壊す事はしたくないんだよ」
「んー」
首を傾げていたアルクェイドが角度を元に戻す。
「志貴が何もしなくたって、本物のサンタが何とかしてくれるんじゃないの?」
「……」
しまった、こいつもこういう奴だったっけ。
「あ、でもわたしはプレゼントに志貴が欲しいなー、なんて」
えへへと笑うアルクェイド。
「……クリスマス過ぎたら遊んでやるから」
「ん。いいわよ」
そう提案すると、いやにあっさり頷いた。
「いいのか?」
「要するにわたしはそのプレゼント用のお金を貸してあげればいいんでしょ?」
「そういう事なんだ」
そのために俺はアルクェイドを頼ったのである。
秋葉以外に金銭面で頼れそうなのはこいつしかいなかった。
「いつ返せるかはわからないけど……」
「あ、返さなくたっていいわよ。他ならぬ志貴の頼みだし」
「そういうわけには」
「た、だ、し」
いかないよと言おうとしたら、アルクェイドがなにやら意味ありげな笑いを浮かべていた。
「な、なんだよ」
なんだか嫌な予感がする。
そしてこういう予感に限ってまず間違いなく当たるのである。
「サンタクロースの手伝い、わたしにもやらせてくれない?」
ほら、やっぱり。
続