「こ、琥珀さん。その、さ。アルクェイドも悪いやつじゃないんだ。ただ、ちょっと常識に欠けてるだけで」
「あはっ。何の事ですか? 私はそんなこと気にしてませんから、早くアルクェイドさんを呼んでください」

怖い。

琥珀さんが凄く怖い。

ニンニクばかりがおそらく9割以上入っているニンニクチャーハンを笑顔で持ってる琥珀さんは、凍てつくようなオーラを放っていた。

「あ、いや、その、でも。なんていうか、あの、書置き置いたってアルクェイド言ってたし」
「はぁ。書置きとはこれのことでしょうか?」
「う」

琥珀さんの差し出した紙には。
 

『かいとーねこむすめけんざん。下着はありがたくちょーだいしていく』
 

とか書かれていたのであった。
 
 




「屋根裏部屋の姫君」
その10













「……」

どうしよう。

いくらなんでもこれは、酷い。

何かのマンガで覚えたんだろうか。

まるっきり泥棒そのものの書置きであった。

これはどう頑張ったってフォローは不可能である。

「で、でもさ、この手紙で琥珀さんはアルクェイドが犯人だろうと踏んだわけだし」

あまりプラスにならないようなことを口走ってしまう。

「何をおっしゃってるんですか? わたしは下着が盗まれたと聞いてから部屋に戻ったんです。そこでこの手紙を見つけたんですよ?」
「さ、さいですか」

それならなんで琥珀さんはアルクェイドが犯人だとわかったんだろう。

「普通の人はこの館に忍び込もうとなんかしませんし。それに、わたしの部屋に勝手に侵入して五体満足そうなのはアルクェイドさんくらいしか考えられません」
「……」

俺は琥珀さんの部屋に無断で侵入することだけは止めようと強く心に誓った。

「さあ、早くアルクェイドさんを呼んでくださいな」
「……」

さてどうしたものだろう。

アルクェイドはラーメンに入っているニンニクでも駄目なレベルだ。

こんなニンニクたっぷりの、いやむしろニンニクだけを炒めたようなシロモノを食べたらただじゃすまないだろう……というか食べられないだろう。

「……」

琥珀さんの後ろにはカレーの乗ったお盆もある。

ならば俺の取る行動はひとつだ。

「わかった。アルクェイドを呼ぶよ」
「わかればいいんですよー」

と、琥珀さんが気をゆるめた瞬間。

「ていっ」

素早くニンニクチャーハンをかっさらう。

「あっ」

慌てた素振りを見せるがもう遅い。

「学食で鍛えた奥義を見せてやるっ!」

その名も、単なる早食い。

たかが早食いと侮ってはいけない。

学生にとって昼休みとは命なのだ。

その昼休みを効率良くすごすための手段。

戦場である食堂で素早く座席を確保し、すぐに離脱するという高等技術。

俺の学生生活は伊達じゃない。

「うっしゃあっ!」

時間にして三分ジャスト。

ニンニクチャーハン完食。

さすがにニンニクの味以外まったくしなかった。

「や、やりますね、志貴さん……」

たじろぐ琥珀さん。

「アルクェイドには俺がよく言って聞かせるからさ。頼むよ。今日は許してやってくれないか?」
「ですが……」
「頼むよ。何かで穴埋めはするから」
「はあ、そうですか」

琥珀さんは大きく溜息をついた。

「全く仕方ありませんねー。それならば志貴さんの顔に免じて許して差し上げなくもないですけれど」
「ほ、ほんとか。助かる」
「ですが下着は全て返していただきますからね」

びしっと琥珀さんは俺に向かって指を突きつけた。

「返す。返すって。今その話をしてたんだから」

俺は屋根裏へ向かって呼びかける。

「アルクェイドー。ニンニクはもう無いぞ。降りて来い」
「ほ、ほんと?」

おどおどと顔を覗かせるアルクェイド。

「ほら、さっきの皿だ。空っぽだろ」
「うー。もうニンニク無い?」
「無いよね?」
「さすがにもう無いですよ」

苦笑する琥珀さん。

確かに皿山盛りでニンニクだったからなあ。

アレ以上あったらさすがに俺でもキツイ。

「ほら、だから早く降りて来いって」
「うん、わかったけど、先に下着を降ろすね」
「え?」

瞬間、大量の下着が俺に向かって降りかかってくる。

「うわっ、うわっ」

一枚一枚ではふわふわ落下するだろうが、こうまとめてだと一気に落ちてきてしまう。

ばふっ。

回避できるわけも無く俺の頭に下着の山が直撃し、あたりに散乱していく。

目の前をひらひらと舞う白、ピンク、青、色とりどりの蝶。

「あ、うう……」

そして視線の先では珍しく琥珀さんが赤面していた。

まあ自分の下着を見られたら誰だってこうなるかもしれない。

「ん?」

ふと眼鏡に黒い物体が引っかかってくる。

「なんだ、これ」

手にとって確かめる。

「あ、ああああっ!」

途端に叫び声をあげる琥珀さん。

ぶんっ。

そして即座にその物体を奪い取られてしまった。

「い、今のはなんでもないですからっ、忘れてくださいっ」
「え、あの、その」

今のセリフはどこかで聞いた気がするなあ。

なんだっけ。

こんこん。

ノックの音。

「志貴さま、失礼しま……」

なんて最悪のタイミングで。

翡翠が現れてしまった。

「あ……」

俺と、散乱した下着とを交互に見つめる翡翠。

「や、やっぱり志貴さまがわたしたちの下着を……」

翡翠はよろめいていた。

「だあ、ちょっと待って! それ誤解だって!」

「志貴さま……酷いです」

駄目だ、まったく聞いちゃいない。

「こ、琥珀さん……」

琥珀さんに助けを求める。

「……」

琥珀さんはさっきの黒い物体をなんとか隠そうとしているようだった。

しかし慌てているせいか、上手く仕舞えないようだ。

「あ」

そうだ、思い出した。

忘れてくれというのは翡翠の言葉だったんだっけ。

と、すると今琥珀さんが必死に隠そうとしているのは例の。

「……勝負用」

いかん、自然とそこに目が行ってしまう。

「あ、うう、志貴さん、見ないで下さいー」

ぶんぶん手を振る琥珀さん。

「あ、うん」

大人しく視線を移動する。

「……」

視線の先では下着を拾い上げている翡翠。

「う」

つまり拾っている下着イコール翡翠のものなわけだ。

うーん、そうか、翡翠はあんな下着を着てるのか、うーむ。

「……うう」

くそ、どっちを見ても駄目じゃないか。

一体俺にどうしろって言うんだ。

ああ困ったなあ。

翡翠か琥珀さん。

どっちを見ても天国。
 

「……なに、にやけてるのよ」
「うわっ!」
 

気付いたらアルクェイドがかなり不満そうに俺を睨んでいるのであった。
 

続く



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