「とにかく、止めよ」

幸いアルクェイドに俺の呟きは聞こえてないようだった。

「そうだな、うん」

俺もその意見に同意しておく。
 

こんこん。
 

そこへノックの音がした。

誰だろう。

翡翠はまだノックダウンしてるだろうし、琥珀さんは部屋に来いと行ったんだから来るわけがない。

……まさか。

とてつもなく嫌な予感がした。
 

「兄さん。宜しいですか?」
「あ、あ、あ、あ、あ、ああああ、秋葉っ!?」
 

その人物とは他でもない我が妹、遠野秋葉であった。
 
 




「屋根裏部屋の姫君」
その13










「どうしたんですか、兄さん。そんなに慌てて」

秋葉はそんなことを言いながらドアを開けてくる。

このままじゃまずい。

「お、俺今、着替えてるんだよっ!」
「!」

ばたんっ。

勢いよく扉が閉まった。

「……ふう」

危ないところだった。

「アルクェイドっ。早く上行けっ」

ぼーっとしているアルクェイドに小声で催促する。

「あ、うん」

まだご飯途中なのにーとか言いながらアルクェイドは屋根裏部屋に姿を消した。

「はしごっ、はしごっ!」

ぐいぐいっ!

はしごが一気に上に引きあげられ、屋根裏部屋への入り口も閉じられた。

「……ふう」

なんて心臓に悪い。

後は着替えだ。

「ていっ」

上着とシャツをベッドの上に投げ捨て、洋服棚から適当な服を引っ張り出す。

この際Tシャツ一枚でもいいだろう。

急いで着る。

「いいぞ、秋葉」

呼吸を整え、秋葉を迎え入れる準備を整えた。

「では……」

秋葉はゆっくりと扉を開け、俺の部屋へと入ってきた。

「どうしたんだよ、珍しいな」

晩飯前に琥珀さんと話していたとおり、秋葉が俺の部屋に来ることなんて滅多に無いのだ。

ひょっとしたらこれが始めての来訪かもしれない。

「別にいいじゃありませんか。それとも私が来ると何か不都合なことでもあるんですか?」
「い、いや、別に無いけどさ」

変なことを言ってかんぐられるのもまずい。

くそ、ここが正念場だぞ遠野志貴。

「でも珍しいことは珍しいだろ」
「それは否定しませんけど」

秋葉は気まずそうにぷいと顔を背ける。

「……兄さん。結局カレーを食べたんですか?」

う。

秋葉の向けた視線の先にはアルクェイドがさっきまで食べてたカレーの皿が置かれていた。

「あ、ああ。その、なんていうか、やっぱりカレーが食べたくなっちゃってさ。はは、ははは……」

仕方ないので適当なことを言ってごまかしておく。

「そんなことでしたら、一緒に食事をしたってよかったでしょうに」

秋葉は不満そうだった。

「悪かったよ。しばらくはワガママ言わないからさ」

アルクェイドはご飯を食べなくたって生きていける体なのだ。

とりあえずいい対策が出来るまではそれで我慢してもらおう。

「それでしたらよいのですが」

ふっと微笑む秋葉。

なかなか可愛い。

「……」

ところがその顔が少し深刻そうになる。

「ど、どうした?」

恐る恐る尋ねる。

「翡翠は大丈夫なのですか?」
「あ、え?」
「ですから翡翠です。具合はどうなんです?」

確かに翡翠はさっき琥珀さんに悪戯され、アルクェイドといちゃいちゃしている俺を見てショックで倒れてしまった。

何故秋葉がそのことを知っているんだろう。

「さっき琥珀に聞きました。食事中兄さんを呼び出したとき、立っていられないほどの状態だったらしいではないですか」
「あ、えーと」

それは下着泥棒アルクェイドの件で呼び出されたんだけど。

その時の翡翠は動揺していたが別に身体に異常はなかった。

だが秋葉は琥珀さんに別の情報を伝えられているようだ。

「ああ、うん。そうなんだ。だから俺が部屋に連れていったんだよ。今は部屋で寝ていると思う」

俺は心の中で琥珀さんに深く感謝した。

「大丈夫そうでした?」
「うん、琥珀さんもいるし、大丈夫だと思うよ」
「そうですか。安心しました」

ほっと胸を撫で下ろす秋葉を見て、少し俺の胸に罪悪感が沸いてしまう。

ごめんな秋葉、何かで繕ってやるから。
 

「翡翠が倒れたら誰が家の中の掃除をすると思ってるんですか。ああ、考えただけでも憂鬱」
「……」

一瞬でも罪悪感を抱いた自分が少し可哀想になった。

「あ、でも兄さんにやってもらえばいいですかね」
「冗談じゃない」

まあでもなんとなくわかる。

口ではこんなことを言ってても、秋葉は翡翠のことを心底心配していたのだろう。

表情にどこかそんな感じがした。

「で、用事はそれだったのか」

俺はベッドに腰掛けて尋ねる。

「いえ。これから出かけなくてはいけないので。翡翠は具合が悪いそうですから直接言いに来たんです」
「出かける? こんな時間に?」

食事を終えた後だから、今はだいたい7,8時か。

この部屋には時計が無いからはっきりとした時間はわからなかった。

「ええ。遠野家当主としての務めです。仕方ありません」
「ああ、なるほど……」

お偉いさんたちが集まって会議でもやるんだろう。

若いといえども当主である秋葉はそれに参加しなくてはならないわけだ。

「大変だな」

本来であれば長男である俺が当主の務めをしなければいけないのだろう。

だが俺の病弱な体と、七年間遠野家を離れ別居していたという事実がそれを不可能としていた。

「気になさらないで下さい。これでも案外楽しんでいるんですから」

ふふ、と笑みを浮かべる秋葉。

根っからのお嬢様な秋葉の言葉であるぶん、それは本音なのか俺を気遣ってなのかはよくわからなかったけど。

「ありがとう、秋葉」

だけど感謝せずにはいられなかった。

「ななな、何を言ってるんですか兄さん」

すると秋葉はなんだか顔を真っ赤にして慌てていた。

「いや、なんとなくなんだけど」

こうも慌てられるとは思わなかったので俺としても困ってしまう。

「まったく兄さんは……」

秋葉はぶつぶつと何かを呟いていた。

「それより時間大丈夫なのか? ここ時計無いからわからないぞ」

あまり長く話しこむのはまずいだろう。

「……そうですね。待たせると色々とうるさいでしょうから」

はぁ、と小さく溜息をつく秋葉。

「では兄さん。留守を宜しく頼みます。くれぐれも変なものを家に入れないように」
「ああ、わかってるよ」
「それでは」

ばたん。

「……ふう」

うーん、やたらと緊張してしまった。

「秋葉。もう俺の部屋の屋根裏には変なものがいるんだけど許してくれよ」

扉に向かって懺悔する。
 

「誰が変なのよ。うー」

すると逆さまにぶら下がった真祖の姫君が、窓から膨らませた顔を覗かせるのであった。
 

続く



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