「では兄さん。留守を宜しく頼みます。くれぐれも変なものを家に入れないように」
「ああ、わかってるよ」
「それでは」

ばたん。

「……ふう」

うーん、やたらと緊張してしまった。

「秋葉。もう俺の部屋の屋根裏には変なものがいるんだけど許してくれよ」

扉に向かって懺悔する。
 

「誰が変なのよ。うー」

すると逆さまにぶら下がった真祖の姫君が、窓から膨らませた顔を覗かせるのであった。
 
 





「屋根裏部屋の姫君」
その14












「普通の人間はそういうことしないと思うんだけどな」
「そ、それはそうだけど」

ひょいとそのまま部屋に侵入してくる。

「まあ変なのってのは言葉のあやだからさ。別におまえのことを変だと思ってるわけじゃない」
「そう? ならいいけどね」

まあ真祖という点を抜きにしてもコイツは変わっていると思う。

そしてヘンと変わってるは意味が違うというのが俺としての見解である。

「さーてご飯の続き続きっ」

アルクェイドは秋葉の来た事なんてまるで忘れたようにカレーを再び食べ始めた。

「はぁ」

俺もまったく厄介なヤツに惚れちまったもんだなあ。
 

ブロロロロロロ……
 

「ん」

車のエンジンの音が響く。

秋葉が出かけていったのだろう。

今ならアルクェイドを一人にしても平気だ。

「アルクェイド。秋葉は出かけたから。俺、琥珀さんのところに行ってくる」
「えー? もうちょっとで食べ終わるから待ってよ」

そう言うなり食べるスピードをあげる。

「う、ごほっ、げほっ」

が、あせりすぎてつまってしまったようだ。

カレーでむせることが出来るっていうのもある意味凄い。

「だあ、無理すんな。わかった、待ってる」

またコップに水を入れて差し出してやった。

「あ、ありがと」

ごくごくと飲み干す。

「えへへー、間接キス」
「それはさっき言った」

といってもやっぱり照れくさいものは照れくさい。

「妹出かけたって、どこ行ったの? 援助交際?」
「ばか、どこで覚えるんだそんな言葉っ!」

危うくひっくり返りそうになってしまった。

「んー、テレビで。なんか楽してお金稼げるとか言ってたよ?」

どうやら言葉だけで具体的なことはあまり知らないらしい。

「そういうのはよくないことだから普通やらないの。悪いことなんだ。だからそういう言葉も使うな」
「そうなの? 難しいなあ」

うーん、テレビという機器の恐ろしさを少し垣間見た気分だ。

「秋葉は遠野家の当主の仕事だ。ここの家はそういう厄介なことが多いんだよ」
「めんどくさいの」
「けど、そのおかげで俺は楽させてもらってるわけだし」

朝は翡翠に起こされ、晩御飯は美味しい琥珀さんの料理が食べれる。

それにメイドさんがいる生活なんて普通できないしな。

「ふーん」

頷いているがどうもよくわかっていないようだ。

まあ世間ずれしてるこいつにそんな話してもわかるわけないか。

「ま、いいや。それじゃ琥珀の部屋だっけ? 行こうよ」

そう言ってアルクェイドは立ちあがる。

カレーの皿はすっかり空っぽになっていた。
 
 
 
 
 
 
 

「琥珀さん、来たよー」

部屋のドアをノックする。

すぐにぱたぱたと足音がしてドアが開かれた。

「いらっしゃいませ志貴さん。あ、アルクェイドさんも来られたんですねー」
「うん、来たよ」

ドアを開けてくれている琥珀さんの横を通りすぎ、部屋の中へと入る。

「琥珀さん、今日秋葉が出かけるって知ってたんだ」
「それは当然です。わたしは秋葉さまのお付なんですよ? 知らないわけがありません」

うふふ、と笑みを浮かべる琥珀さん。

「ひょっとしたら秋葉さま本人以上に秋葉さまのことには詳しいかもしれませんよー」
「はは、ははは……」

否定できないから怖い。

「それで、どうして俺を部屋に呼んだの?」
「ええ。屋根裏部屋に生活用具を運び込むのは秋葉さまのいない今がチャンスですから。色々と運んでもらおうと思いましてねー」
「じゃあ生活用具のアテはあるんだ」
「はい。例えばそこの椅子なんかがそうです」

琥珀さんの指差した先にはなんだかふわふわしてそうな材質を使っている椅子があった。

「ふふふ、その椅子はただの椅子ではないんです」
「え、そうなの?」
「はい。伊達にこの部屋にだけテレビがあるわけではありません。世の中便利になっているんです」
「はぁ」

椅子とテレビと何の関係があるのかわからないが、とりあえず頷いておいた。

「これをこうしてこうするとですねー」

琥珀さんは何やら椅子をいじくっている。

「お、おお?」

するとその椅子はあっという間にひとつのベッドに変化してしまった。

そのせいで部屋がちょっと狭くなる。

「こ、これは……」
「はい。全国の主婦に好評を頂いている椅子チェンジ型ベッド、今なら送料一切向こう負担、2万5000円のお買い得商品ですっ」

これは安い。買った!

じゃない。

「つまりテレビの通販番組で買った、と」
「はい、その通りです」
「そして使い道が無かったから椅子としてだけ使っていた、と」
「はい……その通りです」

一回目は普通に笑顔だったが二回目は苦笑いだった。

「でもいいな、これ。これならベッドとしても使えるし椅子としても使える」

ベッドは最大の問題だったのでこれが解決できるとなると非常に嬉しい。

「でしょう? ただわたしが運ぶとなるとちょっと難しいので志貴さんに頼もうかなぁと」
「なるほど。じゃ、アルクェイド。持ってけ」
「え? 志貴がやるんじゃないの?」

急にふられたアルクェイドは目をぱちくりしていた。

「おまえのほうが力あるだろうが」
「うー。人を馬鹿力みたいに言わないでよ」

事実その通りなのだが。

まあコイツにも乙女心なるものがあるんだろう。

「なら二人で持とう。それならいいだろ」
「うん」

大人しく頷いてくれる。

案外アルクェイドは言うことを聞いてくれるから有りがたい。

「じゃあ琥珀さん。これ持ってくから椅子に戻して」
「はいー」

琥珀さんは頷きながら俺に向かって手を差し出した。

「……なに?」
「にまんごせんえんになりますー」
「マジ?」
「冗談です」

ぺちっ。

「軽いジョークじゃないですか、もう……」

軽く頭を小突いただけなのに琥珀さんは涙目になっていた。

そしてその手にはお約束通りの目薬。

「琥珀さんのジョークは黒いからなあ」
「あらあら、ホントのブラックジョークはもっとえげつないですよー」

そんなことを言いながらてきぱきとベッドを椅子に戻していく琥珀さん。

「アルクェイドさんがこのベッドを使うんですから、きちんと手順を覚えてくださいね」
「うん。さっきのと今のでだいたいわかったから」
「わ、ほんとですか? さすがです」
「えへへ」

アルクェイドは覚えると言うことに関しては天才的である。

実際その通りに出来るかとなると、それはちょっと疑問符を投げかけてしまうこともあるが。

俺もなんとなくだかやり方がわかったからまあなんとかなるだろう。

「あ。あとは通路の脇に使われていない部屋のテーブルやお布団などを置いておきましたんで。それも帰りに回収しちゃってくださいな」
「ほんと? ありがとう。色々助かるよ」
「いえいえ、志貴さんのためですからー」

うう、なんて優しいんだ琥珀さん。

「むー……」

アルクェイドはなんだか知らないが不満そうだった。

「んじゃ行くぞアルクェイド」
「あ、うん」

二人で一緒に琥珀さんが椅子に直したベッドを持ち上げる。

アルクェイドの力が強いので俺はほとんど支えているだけの状態だ。

「ドア開けて差し上げますねー」
「どうも」

来た時と同じように琥珀さんがドアを開けてくれる。

「俺が先に出るぞ」
「うん」

後ろ向きに下がっていき、琥珀さんの部屋から出る。

続いてアルクェイド。

「では、また何か問題がありましたらいらしてくださいねー」
 

そう言って手を振る琥珀さんに見送られ、俺たちは部屋を後にするのであった。

続く



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