『先ほどのような事件がまた起きては困ります。ですからこれで必要なものを購入してあげてください 琥珀』
 

「む……」

先ほどの事件とはつまり。

下着泥棒アルクェイド事件である。

そしてその事件を起こさないために必要なものと言えば。

アルクェイドの着る下着である。
 

ようするに、それを買って来い、と。
 

「……マジ?」
 

どうやら俺は禁断の花園へのチケットを手に入れてしまったようであった。
 
 



「屋根裏部屋の姫君」
その16















いや、ちょっと待て。落ち着こう。

冷静になるんだ、遠野志貴。

「ねえ、志貴。どうしたの? なんて書いてあるの?」

そうだ。別に俺がアルクェイドの下着なんか買いに行く必要無いじゃないか。

アルクェイドにお金を持たせて行かせればいい、うん。

「ねえ、志貴ってば」

だが、問題はそのアルクェイドなのだ。

コイツにこんな大金を持たせたらそれこそ何をしでかすかわからない。

怪しい宝石とかなんとか商法とかに騙されてしまうんじゃないだろうか。

そうでなくても全額を下着に費やして、あまつさえそれがとても着れるようなものじゃない……

「しーきっ!」
「わ、うわっ!」

気付いたらアルクェイドの顔が目の前にあった。

「な、なんだよ」
「なんだよ、じゃないわよ。ねえ、その紙なんて書いてあったの?」
「う」

下着姿のアルクェイドが脳裏に浮かんでしまう。

それはとても艶っぽくて、綺麗だ。

「いや、その」

そんなわけで視線を合わせることもできず横を向いてしまう。

「……おまえの下着を買い揃えろってさ」
「わ、ほんと?」
「ああ……」

いや、だが待てよ。

この手紙には必要なものを購入してくれとしか書かれていない。

もしかしたら下着じゃないかもしれないじゃないか。

それを琥珀さんに聞いてからでも考えるのは遅くは無い。

そうだ、他のものに違いない、うん。

「ちょっと待ってろ。琥珀さんに聞いてくる」
「じゃあわたしも行く」
「はいはい」

俺はアルクェイドと共に駆け足で琥珀さんの部屋へと向かった。
 
 
 
 

「ええ、アルクェイドさんの下着ですよ?」

やはり琥珀さんの答えはそれであった。

「そ、そ、そうだよな、やっぱり……」

俺はがくりと肩を落とす。

「何落ち込んでるのよ、志貴」
「うるさいな」

琥珀さんは男であるこの俺に、女性用下着売り場に行けっていうのか。

それは、正直言って死ぬほど恥ずかしい。

というか周囲の視線に耐えられないだろう。

むしろ買うことが出来ないんじゃないだろうか。

「あ、琥珀さんが買いに行けばいいんじゃないかな」

そうだ、そうすれば何にも問題無いじゃないか。

「いえ、志貴さんが行くべきです」

琥珀さんは俺の言葉を打ち消してきっぱりと言いきった。

「な、なんでっ?」
「はぁ」

琥珀さんは一呼吸置いた後、諭すような口調で話し始めた。

「いいですか。今回の事件の原因はアルクェイドさんです。ですが、そのアルクェイドさんをなんとか家でかくまってくれとおっしゃられたのは志貴さんですよね。ということはです。志貴さんがアルクェイドさんをかくまってくれとおっしゃられなければ今回の事件は起こらなかったわけですよ。そういった意味で志貴さんにも原因があるといえるのではないでしょうか?」
「え、ええと、その」

そう一気にまくしたてあげられると何がなんだかわからなくなってしまう。

「つまり、志貴さんにも落ち度があったということはできませんかね」
「それは……うん」

アルクェイドから泊めてくれと言ってきたとはいえ、結局なんだかんだのうちに承諾し、翡翠と琥珀さんに協力を頼んだのは俺だ。

そして事件が起こってしまった。

「ですから志貴さんがアルクェイドさんの下着を揃えてあげるべきです」
「う……」

いかん、だんだん俺が行かなきゃいけないような気がしてきた。

「それに、そんなあからさまに自分とのサイズが比較されるようなところに行けるわけ無いじゃないですか」

琥珀さんは何かを呟いている。

「え、なに?」
「あ、いえいえなんでもありません。ええ、志貴さんが行くべきです。行って下さい」

少し慌てていたが、すぐにそんなことを言って俺に行くべきことを強調してくる。

「だ、だけど……無理だよ。男なんだしさ、俺」

なんとか抵抗を試みる。

「いえいえ。アルクェイドさんに付き添ってくださるだけでいいんですよ。さすがに志貴さんだけで行けとは言えません」

すると琥珀さんはそんなことを言った。

「そ、そうか」

付き添うだけ、付き添うだけ、か。

それならアルクェイドが選んでいる間待っているだけでいいんだ。
 

……でもやっぱり一緒に行かなきゃいけないんだよなあ。

「付き添わなきゃ駄目?」
「秋葉さまがご帰宅されるまであと一時間少々です。決断は早めになさってください」
「う……」

前門の虎、後門の狼。

悩んでいるヒマすらない。
 

「わ、わかった……行って来るよ」
 

俺は半ば諦めの口調でそう言うのであった。
 
 
 
 
 

「ねえ、どこ行くの、志貴」
「うるさいなぁ。おまえのせいなんだぞ」

夜の町をアルクェイドと二人で歩いていた。

まだデパートは開いているギリギリの時間帯だ。

俺たちの周囲は飲み歩き中のサラリーマンらしき人々が結構見えた。

「何よ、さっきから怒ってばっかりで……ヘンな志貴」

アルクェイドはさっきから俺がつっけんどんな対応ばかりしてるのでかなり不機嫌だった。

「おまえが何の準備もしないで来るからだろ、まったく」
「だ、だって……」

ぴたりと立ち止まるアルクェイド。

「な、なんだよ」
「わたし、すごい困ってたんだよ?」
「う」

上目遣いでそんなことを言われたら俺だって困る。

「それで、どうしようかなって考えたら志貴の顔が浮かんできて……」

声のトーンがだんだんと下がっていく。

そうして、ぽつりと呟いた。
 

「そしたら志貴に、会いたいなあって」
 

ああ、なんだってコイツは。

そう男心をくすぐるようなことを簡単にやってのけるのだろう。
 

「ああ、もう。わかったよ、まったくっ!」

俺はやけ気味に叫んだ。

「志貴?」

そんな事を言われてしまったら、怒れるわけがないじゃないか。

「いいか。今からおまえの下着を買いに行くんだよ。さっさと選んで、さっさと帰るからなっ」

そう言って俺は駆け出す。

「あ、ちょっと、待ってよー」

あっという間に追いついてくるアルクェイド。
 

「えへへ、どんな下着がいい? 志貴が好きなの着てあげるんだから」
 

そうして笑顔で、とんでもないことを囁いてくるのであった。

続く



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