そう言って俺は駆け出す。
「あ、ちょっと、待ってよー」
あっという間に追いついてくるアルクェイド。
「えへへ、どんな下着がいい? 志貴が好きなの着てあげるんだから」
そうして笑顔で、とんでもないことを囁いてくるのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
その17
そんなこんなで。
「来てしまった……」
某デパート3F女性服売り場。
「……」
仕事帰りらしいOLの姿もちらほらしている。
というか、この階において俺の存在は浮きまくっていた。
右を見ても左を見ても女性もの。
こんな階に降りたことは今までにない。
そこはまさに未知の領域なのである。
だっていうのに。
「琥珀さんはそこで宝物を見つけて来いときたもんだ」
確実にそれがあることはわかっている。
だが、それを手に入れるためには数々の困難と恐怖を乗り越えなくてはならないのだ。
俺はなんとしてもやり遂げなければならない。
「よし」
俺は決意した。
「アルクェイド。おまえに金を渡すから好きなもの買って来い」
そう、優秀な部下であるアルクェイドに全てを一任することにした。
彼女なら簡単に任務を遂行してくれることだろう。
「えー」
かなり嫌そうだった。
「な、なんだよ。おまえの下着買うんだぞっ? おまえがお金持って普通に買うのに何の文句があるんだっ」
思わず怒鳴ってしまう。
「だって、それじゃ志貴の好きなの選べないよ?」
「そ、そんなの選べなくていいっ」
だいたいそんなことをしたら、アルクェイドが同じ部屋に居るだけでどうにかなってしまうだろう。
理性が保つわけが無い。
「うー。ここまで来たんだから、一緒に選ぶのっ」
「おい、こらっ」
アルクェイドに引っ張られ、ずるずると進んでいく。
で。
「うあ……」
連れてこられてしまった。
女性用下着売り場。
レース付の下着を纏ったマネキンが妙に色っぽく見える。
「や、やっぱり俺遠くにいるからっ」
逃げようとするのだがアルクェイドが離してくれない。
「やーだ。選んでくれなきゃ離さないもん」
「くっ……」
こうなるとコイツはテコでも動かないだろう。
このまま押し問答を続けるくらいなら。
「わ、わかった、選ぶ、選ぶから離せっ」
さっさと選んで、買って帰ろう。
「逃げたら捕まえるからね」
そう警告してからアルクェイドは手を離した。
「わかってるよ……」
視線を売り場のほうへと向ける。
そこは異次元だ。
「ええと……」
どうすればいいんだ。
男物の下着みたいに適当なもん選んで渡せばいいのか。
そうじゃないだろう。サイズが問題でここに来たんだから。
「あ、アルクェイド。おまえ、サイズいくつだ」
ちらりと横を見て尋ねる。
「えー。知らない」
「知らないって、おまえ……」
まあ、サイズを知らないからこそ翡翠や琥珀さんの下着を試していたんだろうけど。
そうなると選べと言われたってそれは不可能だ。
「志貴、そういうの詳しくないの?」
「し、知るわけ無いだろっ!」
これじゃあどうしようもない。
八方ふさがりである。
「あのう、何かお探しですか?」
「あ、いや、その、ええと、はい、いや、うえ、うい、ええ」
訳のわからないことを言いながら振り返ると、デパートの店員さんがいた。
けっこう若いお姉さんだ。
「下着を選んでもらおうと思ったんだけど。志貴ったらサイズがわからないって言うのよね」
アルクェイドは平然と言ってのける。
「男の方にそういったものは難しいかと……」
店員さんは苦笑いしながら俺を見た。
「う……」
穴があったら入りたい気分だ。
「むー」
アルクェイドはむくれている。
「あ、ええと、その、コイツ、自分で自分のサイズわからないとか言うんで、選んで頂けないですかね」
こうなったらこの店員さんにすがってしまおう。
俺は俯いたままそう頼んだ。
「はい、かしこまりましたー」
ああ、なんていい店員さんだ。
俺はこの人に臨時ボーナスが出ることを祈った。
「えー。この人に選んでもらうの?」
ぶーぶーと文句を言うアルクェイド。
「うるさい、自分のサイズくらいちゃんと覚えとけっ」
恥ずかしいなんて物じゃない。
もう、体温があがりまくって真夏日のような暑さだ。
もうこんなやつどっかに行って欲しい。
「サイズさえ分かれば彼氏さんにも選んでもらえますから」
「……彼氏」
文句を言っていたアルクェイドが店員さんの言葉でぴたりと止まる。
「えへへ、彼氏だって」
「あー、はいはい」
俺はもう上なんか見れなかった。
見えるのは自分の足だけである。
「では、サイズを測らせていただきますのでこちらへ」
「はーい」
アルクェイドは大人しく連れていかれたようだった。
「くそう、アルクェイドのやつ……」
額を流れる汗をぬぐう。
相変わらず俺の体はじりじりと焼けるように暑い。
「……待てよ」
気付かなければよかったのに。
俺は余計なことに気付いてしまった。
なんてことだ。
今、アルクェイドはいない。
俺はいま、ひとりきりなのである。
この、女性用下着売り場という異空間に。
「う……」
視線が、気になる。
遠くから俺を見る視線。
不審者を見るような目の気がする。
あたりまえだ。
この世界で俺は異分子以外の何物でもないのだから。
「早く帰って来い、アルクェイド……」
いなくなって欲しいなんて思ったことを激しく後悔していた。
この世界で俺は、あまりにも孤独過ぎる。
味方が欲しい。
俺の気持ちをわかってくれる人が。
誰か―――
「なんだい、妙なところにいるもんだね。有間」
不意に。
よく知った声が聞こえた。
「あ……」
顔を上げる。
赤い髪を束ねたポニーテール。
全てを悟ったような不思議な瞳。
「……イチゴさん」
そう、それは有彦の姉、乾一子さんだ。
そして。
「よお……遠野」
大量の包みを両手に抱えて、疲れきった表情を浮かべる男。
「有彦……」
そこには、同志の姿があったのであった。
続く