階段脇には椅子がある。
ようするにそこで座って待ってろということだ。
「じゃ、いくぞ有彦」
イチゴさんが荷物といった有彦と歩き出す。
「なあなあ、あの美女のこと教えろよな。胸でかいよな。88センチだもんな」
ものすごく厄介な荷物であった。
「屋根裏部屋の姫君」
その19
「へえ、アルクェイドさんって言うのかぁ」
「ああ」
有彦のしつこい名前教えろコールに負けてしまい、名前を教えてしまった。
まあ名前くらい教えたって別に問題は無いだろう。
問題なのは、俺とアルクェイドのことをシエル先輩に聞かれてしまったらということだ。
「親戚って言うくらいなんだから今は遠野の屋敷にいるんだろ?」
「ああ、まあ、そうなんだけど」
そう、これをなんとしてもシエル先輩に知られてはいけないのだ。
だが、それをどう切り出すかだ。
アルクェイドのことをシエル先輩に話さないでくれよ、なんて言ったら確実に怪しまれる。
どうして話しちゃいけないんだ、と。
アルクェイドとシエル先輩は犬猿の仲なのだ。
教会の人間であるシエル先輩と吸血鬼のアルクェイドで仲良く出来るわけがないってのは当然だけど、ここ最近のシエル先輩は別の意味で怖い。
なんというか、俺とアルクェイドが一緒にいることを許してくれないのだ。
理由はわからないけどとにかく怖い。
だからなんとしてでも知られてはいけないのだ。
「おい、遠野っ」
「あ、え?」
気付くと有彦が苦笑いをしていた。
どうやら有彦が何度か話し掛けたのに俺は気づかなかったらしい。
「悪い、なんだ?」
「ふふん、心配するな。お前の考えてることくらいわかるさ」
「は?」
「あれだろ。アルクェイドさんのことをシエル先輩に内緒にして欲しいんだろ」
「ななな、なんでそれを」
有彦はシエル先輩が教会の人間だって知らないはずだし、アルクェイドが吸血鬼であることなんか信じてもくれないはずだ。
なのにどうしてそんなことを言うのだろう。
「まあ親戚とはいえ、あれほどの美人が同じ家で暮らしてるなんて知ったら、先輩も心中穏やかじゃないだろうからな」
「そ、そうなんだよ。うん」
とりあえず何故有彦がわかったのかはさておき、黙ってくれてくれるのはありがたい。
「しかしよくわかったな、有彦」
「バカ。オマエが鈍感なだけだっつーの」
「うーん」
こうも完璧に断言されるあたり、俺の鈍感は相当のものらしい。
今度先輩に詳しく聞いてみようかな。
「んで、内緒にする代わりと言ってはなんだが。どうだ? アルクェイドさんをお茶に誘って途中からオマエがいなくなるっていうのは」
「結局それか。おまえこそいいのかよ。シエル先輩にアタックするとか言ってなかったか?」
「へっへっへ。アルクェイドさんとシエル先輩じゃ接点無いだろ? 大丈夫、ばれないって」
実は接点ありまくりだったりする二人なのだが。
「うーん、まいったなあ」
吸血鬼と教会という言葉を抜いてアルクェイドと先輩の関係を上手く説明できないだろうか。
例えば先輩とアルクェイドがある男を奪い合ってるとか。
なるほど、確かにそれなら犬猿の仲だ。
でもあり得ないよなぁ、そんなこと。
「いいだろ。な、な?」
有彦はなおもねだってくる。
「いや、その、なんだ。そう。アルクェイドってもう彼氏いるんだよ」
そうだ、これならいいだろう。
これなら嘘じゃないし、有彦もきっと。
「……なんだ、コブつきかよ」
案の定あっさり諦めてくれた。
まあその彼氏が俺だとかいう余計なことは黙っておく。
「ちぇー。世の中甘くねえな。やっぱり俺はシエル先輩一筋だぜ」
「図々しいもんだ」
ある意味尊敬する。
「しかし羨ましいね、まったく。美人の妹とメイドに囲まれた豪邸暮らし。あまつさえ金髪巨乳美人まで増えたと来たもんだ」
「あんまりいいもんじゃないぞ?」
俺は苦笑する。
「いいに決まってるって。ウチなんか可愛くも無い姉貴と二人暮しでさあ」
「可愛くなくて悪かったね」
「う……」
硬直した有彦の正面。
お約束通り、怖い顔をしたイチゴさんがいた。
「お、おかえりなさい、イチゴさん。アルクェイド」
「たっだいまー」
アルクェイドの能天気な返事が場に不釣合いだが唯一の救いだ。
「ア、アルクェイド、いいの買えたか?」
場の雰囲気を明るくしようとなんとか善処してみる。
「うん。買えたよ。見る?」
「だあ、ばか、いいっ」
ああ、駄目だコイツと話してるとおかしくなる。
「んじゃ、有間。あたしの役目は終わったね。これからあたしたちは米買いに行くから」
有彦に向かっては怖い顔だったイチゴさんだが、笑顔で俺に向き直るとそんなことを言った。
「こ、米ぇっ? まだ家にあるだろっ? なんでそんな重いもんっ!」
非難轟々の有彦。
「文句ある?」
「いえ、全く持ってございません」
ヘビに睨まれたカエルであった。
「じゃ、そういうことで。行くよ、有彦」
「へーい……」
有彦は元気の無い顔で大量の荷物を抱え、人ごみの中へと消えていった。
「合掌」
俺は有彦の消えた方向に手を合わせた。
「……じゃ、帰るか」
横でにこにこしているアルクェイドに話しかける。
「うん。家で着て見せてあげるね」
ああ、ちょっと前に下着見られて恥ずかしがってたアルクェイドのはどこに行ってしまったんだろう。
「おまえ、さっき下着見られて恥ずかしがってたじゃないかよ」
溜息混じりにそうぼやく。
「あれは可愛くない下着だったからだもん。今回のは可愛いからおっけー」
そういうものじゃないと思うんだけど。
「だから、見たいでしょ」
そりゃあ死ぬほど見たい。
「いい。秋葉も帰ってくる」
イチゴさんがどんなのを選んだのかは知らないけれど、俺の好きそうなのと言った以上、多分とんでもないものなのだろう。
そんなものを見たら眠れなくなってしまうじゃないか。
「ちぇー」
アルクェイドは残念そうだった。
「俺だってなあ……くそぅ」
そう年中発情してるわけにはいかないのだ。
「え、なに? やっぱり見たい?」
「うるさい。ばか。さっさと帰るぞ」
俺はほとんど逃げるようにその場から駆け出したのであった。
「おかえりなさいませー」
家に帰ると琥珀さんが出迎えてくれた。
「秋葉は?」
「まだお帰りになられてません。セーフですね。ささ、今のうちに部屋にお戻り下さい」
「ありがと、琥珀さん」
お礼を言って階段に足をかける。
「ああっ。ちょっと待ってくださいアルクェイドさん。その袋の中身が下着ですか?」
と、そこで琥珀さんはアルクェイドを呼び止めた。
「そうだけど、なに?」
「貸してください。洗濯しておきますから」
「洗濯? なんでまた」
つい尋ねてしまった。
「そうよ、なんで?」
アルクェイドも同じ疑問を持ったらしい。
「だって、買われるまでに誰に触られたかわからないんですよ? そんなものを着るのは嫌じゃないですか」
「う……」
アルクェイドの顔が曇る。
「うーん」
俺としては買ってきたものをそのまんま着て帰ったって問題無いくらいなのだが、やはり女性の感覚ではそういうのは嫌なんだろう。
「そうね。じゃあ洗っておいて」
そう言ってアルクェイドは琥珀さんに袋を差し出した。
「はい、確かに受けたまわりましたー」
ぺこりと頭を下げる琥珀さん。
「それから志貴さん。残ったお金はお小遣いじゃないですかね。後でちゃんと返してください」
「わ、わかってるよ」
くそう、今月の生活費が危ういから足しにしようと思ったのに。
「志貴に見せるのはまた今度になりそうだね」
「それはいいってのに」
「あはは、照れてる照れてる」
アルクェイドに茶化されながら階段を上がっていく。
俺はこの時知らなかったんだ。
まさか、こんな些細なことから事件が起こってしまうなんて。
それは、二時間ほど過ぎてからのことであった。
続く