「志貴に見せるのはまた今度になりそうだね」
「それはいいってのに」
「あはは、照れてる照れてる」

アルクェイドに茶化されながら階段を上がっていく。
 

俺はこの時知らなかったんだ。
 

まさか、こんな些細なことから事件が起こってしまうなんて。
 

それは、二時間ほど過ぎてからのことであった。
 
 






「屋根裏部屋の姫君」
その20













「志貴ー。31巻貸して」
「ん? そのへんにあるだろ」
「えーと……あ、あったあった」

俺とアルクェイドは部屋で有彦に借りたマンガを読んでいた。

すすめの三歩というボクシングマンガだ。

有彦がしきりに読めと薦めてきたから借りてきたんだけど、これがなかなか面白い。

「ねえねえ志貴。この木村って人勝てるの?」
「読めば分かるだろ。それに先にどうなるか教えたらつまらないじゃないか」
「それもそうだね」

アルクェイドはさっきからたびたび俺に先の展開を尋ねてくる。

俺の答えは決まって同じようなものなのだが、それでもアルクェイドは止めようとしない。

ようするに、構って欲しいわけだこいつは。

「とりあえず凄い必殺技を習得するぞ」

だからほんの少しだけ先の話を教えてやる。

「わ、どんなのどんなの?」
「なんでも魚が餌を取るのを見て思いついた技らしいんだけどさ」
「えー。そんなの弱そうじゃない」
「そうじゃないんだ。すっごい強いんだぞ。続き見てみろ」
「へー。うん。わかった」

こんな感じでだらだらと時間だけが経過していた。

秋葉は一時間前くらいに帰ってきたと思う。

意識を取り戻した翡翠が俺に知らせにきてくれたからな。

「志貴さま。36巻はどこにあるでしょう」
「ん、そこにあるよ」
「すいません」

それから翡翠も一緒にすすめの三歩を読んでいたりする。

「この人、かっこいいですね」
「ああ。人気投票でも順位高かったからな」

翡翠のお気に入りは医学生でボクサーという肩書きの佐奈田という選手だ。

元ジュニアフェザー級王者で、翡翠の読んでいる巻あたりで主人公と対決する。

「どことなく志貴さまに似ています」

そんなことを言う翡翠の顔は少し赤かった。

「いや、眼鏡かけてるからそう見えるだけだよ」

翡翠は格闘マンガとか苦手そうだったけど、案外すんなりと受け入れてくれた。

これからマンガの話題で盛り上がれるかなと思うと嬉しくなる。

「志貴に似てるの? どれ? 見せて見せて」
「ばか。おまえは32巻だろ。もう少し待てって」

ちなみに何故翡翠が先の巻を読んでるかというと、いきなり34巻から読み始めたからである。

その34巻の表紙が例の佐奈田なわけだ。

「この人がそうです」

翡翠は丁寧に34巻を探し出してアルクェイドに渡した。

「へー。ほんとだ。似てる」
「そうか?」
「うん。志貴のほうがずっとかっこいいけどね」

えへへーと笑うアルクェイド。

「同意します」

翡翠までそんなことを言う。

「よしてくれって」

苦笑いしながら返す。

そんな風にほのぼのとした時間が過ぎていたのだが。
 

「こ〜〜〜〜は〜〜〜〜く〜〜〜〜〜っ!!!!」
 

そんな叫び声が、平穏な時間に水をさすように響いた。

「今の声は……秋葉だよな」
「ええ、間違いありませんが……どうしたのでしょう。秋葉さまがあのような声を出されるなんて」

秋葉は猫かぶりが多いとはいえお嬢様である。

そんな大声を出すような真似は普段やらないのだ。

「ゴキブリでも踏んだんじゃない?」
「それは嫌だな……っていうか琥珀さんが関係ないじゃないか、それじゃ」
「……」

ゴキブリと言う単語を聞いて翡翠はものすごく嫌そうな顔をしていた。

「と、とにかく、様子を見てこよう」
「うん、そうだね」

寝転んでいたベットから飛び降りるアルクェイド。

「そうだね、じゃない。おまえは部屋で待機だ」
「ちぇー。つまんないの」

ぶーぶー言いながらまたベットに寝転がる。

「すぐに戻りますから。マンガを読んでいればすぐです」

翡翠がフォローをしてくれる。

「ええと、33巻は……」

アルクェイドはもう次の巻を探し出していた。

フォローする必要もなかったようだ。

これなら大人しくしていてくれるだろう。

「行くぞ、翡翠っ」
「はい」
 

俺たち二人は急ぎ足で声のしたほうへと向かっていった。
 
 
 
 

「どのへんだった?」
「浴室だと思われます」
「浴室?」

浴室に秋葉が叫ぶようなものがあったんだろうか。

巨大ナメクジとか巨大ゲジゲジがいたとか。

うわあ。それはすごく嫌だ。

それで退治してもらうために琥珀さんを呼んだとか。

大丈夫なのか琥珀さん。

そんな巨大ナメクジ相手では、いくら琥珀さんでも厳しいだろう。

ここはなんとしても俺が頑張らなければ。

待ってろよ、秋葉。

俺が助けてやるからなっ!
 
 
 
 

「……っ! ……っ!」

脱衣場に近づくと何やら叫び声が聞こえてくる。

間違いない、秋葉の声だ。

まさか巨大ゲジゲジに襲われてるんじゃないか。
 

「秋葉っ、無事かっ!」

脱衣場の扉を思いっきり開く。

「……えっ!」
「うぁ」

なんてことだ。

秋葉は濡れた肌にバスタオル一枚しか纏っていなかった。

「にに、にににににに」

ああ、もう巨大ナメクジとかどうでもいいや。

逃げたほうがよさそうだ。

「じゃ、そういうことで」

俺は踵を返した。

「待ちなさい兄さんっ!」
「……う」

逃がしてくれないらしい。

「な、なんだい秋葉」

できるかぎりの笑顔で振り返る。

「なんですかこれは! 私への嫌がらせですかっ!」
「え?」

不思議なことに、秋葉はバスタオル一枚の姿を見られたことに怒っているわけではなく、別のことに怒っているようだった。

「あは、あはは、あははははー」

秋葉の後ろでは、琥珀さんが両手を合わせてすまなそうな顔をしている。

一体なにがあったんだろう。

「志貴さま。秋葉さまの持たれているものが原因だと思われますが」
「あ、うん」

そうだ、秋葉の持ってるものを見ればはっきりするだろう。

「……」

見た。

「……えーと」

ああ、確かにそれは二時間ほど前に見たような気がする。

いや、正確には見たことはないけど、間違いなくそれだろう。

要するにそれは。
 

可愛いフリフリのついた、ピンクの大きなブラジャーであった。
 

続く



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