「ですが、別の手段はあります」
「え?」
「あるの? なになに?」

俺とアルクェイドの視線が翡翠に集中し、翡翠は――何故か少し上を眺めながらこう言うのであった。
 

「許可が降りないのであれば、勝手に居座るまでです」
 

爆弾発言であった。
 
 


「屋根裏部屋の姫君」
その2






「か、勝手に居座るって……」

それこそ秋葉に見つかったらとんでもないことになるんじゃないだろうか。

「あー。なるほど。それもいいかもね」

アルクェイドは乗り気だった。

「いくらなんでもそれはまずいんじゃないか?」

俺は翡翠に意見を求めた。

そもそもそんな提案、翡翠らしくない。

「ええ。近辺の部屋に隠れていたのではすぐに見つかってしまうでしょう」

俺もそう思う。

アルクェイドは隠れてこそこそどころか、堂々歩き回りそうな勢いだし。

「ですが、この館には秋葉さまの目が届かない部屋があるんです」
「え? ほんと?」
「はい。そもそも秋葉さまはこの館の全容をご存知でないと思います。それを知っている必要が有るのはお客様の案内や部屋の掃除を行う私たちですから」
「なるほど……」

この館は正直言って人四人程度じゃもてあますほどの広い館だ。

空き部屋なんて捨てるほどあるし、秋葉に知らない部屋があるのも当然だろう。

「でも、秋葉に気付かれないような部屋って……どこだよ」
「灯台下暗しと言いましてですね」

翡翠はてくてくとベットの傍へと歩いていった。

「なに?」

アルクェイドはベットに座ったまま翡翠の顔を眺める。

「アルクェイド様。天井に手は届きますか?」
「天井? そりゃまあ、ジャンプすればなんとかなると思うけど」

アルクェイドの非常識な身体能力は翡翠も知っている。

俺の部屋からあっさり下に飛び降りたり、秋葉に追いかけられてあっちへ飛んだりこっちへ飛んだりを結構目撃されてるからだ。

あの二人ももう少し場所を選んでケンカをして欲しいものである。

いや、ケンカしなきゃなおいいんだけど。

「ええとですね……」

翡翠は天井を眺めながらすり足で移動していた。

一体アルクェイドに何をさせるつもりなんだろう。

「ここです。ここの真上の天井を押してみてください」
「ヘンなことさせるのね……」

アルクェイドは不思議そうな顔をしながら翡翠の傍へと歩いていった。

ぴょん。

軽く跳躍しただけで天井に到達するアルクェイド。

「これでいいの?」

そしてしゅたっと華麗に着地して翡翠に尋ねる。

「もう少し強くですね……」
「わかった。よーし」

アルクェイドは表情を輝かせながら身をかがめた。

なんだかまたいやな予感がする。

「天井を壊さないでくれよ」

俺は先に忠告しておくことにした。

「わかってるわよ」

アルクェイドはブイサインをして俺に示した。

その無意味なポーズがまた不安をそそる。

「大丈夫です、志貴さま」

翡翠は平然とした様子だった。

「あそこに何があるんだ?」

俺は翡翠に尋ねる。

「見ていればわかります」
「うーん」

しょうがない。アルクェイドを見守ることにしよう。

「えいっ」

アルクエィドが再び跳躍する。

気持ち勢いがさっきよりも強めだ。

アルクェイドの手が天井に触れる。

「え、うわっ……」

がたっ、という音と共にアルクェイドの姿は天井へと吸い込まれていってしまった。

「ア、アルクェイドっ?」

思わずアルクェイドが消えた場所へと駆け寄る。

「いったーい……」

すぐに声が聞こえたのでほっと胸を撫で下ろした。

「なんだ? どうなってるんだ……?」

アルクェイドの触れた部分は奥へとくぼんでいて、その先は漆黒に包まれていた。

「アルクェイド様。傍になわばしごが落ちているはずです。探して頂けませんか?」
「うー、何よここ……ホコリっぽいわよ、もう」

不満そうなアルクェイドの声と共に、ぱらぱらとホコリが散り注いでくる。

「あれ、まさか屋根裏部屋か?」

俺は翡翠に尋ねた。

「はい。こちらを開けるのは一度所在を確認して以来です」
「へえ……」

それはまたたいそうなシロモノである。

「あった。これかな?」

声と共に古臭いなわばしごが俺の目の前に落下してきた。

「こんなところがあったなんてな……」

完全に意表をつかれた感じである。

なわばしごを掴む。

かなり貧弱で頼りないが、慎重に登ればなんとかなりそうだ。

「俺も登ってみていいかな」
「はい、どうぞ」

ふらふらと揺れるはしごをゆっくりと昇っていく。
 
 
 
 
 

「んしょ……と」

上半身だけで部屋を覗くと、そこは真っ暗であった。

「志貴〜っ」

そこへいきなりにゅっとアルクェイドの顔が現れる。

「うわあっ!」

バランスを崩して危うく落下してしまうところであった。

「いきなり脅かすな、ばか」

アルクェイドに向かって叫ぶ。

「だって……ここホコリっぽくて真っ暗で辛気くさいんだもん」

涙目になっているアルクェイド。

まさか暗闇が怖いとかいうわけではないだろうが、そんな顔で見つめられてしまうとどうにかなってしまいそうだ。

「翡翠ー。ここ、窓ないのか?」

慌てて下を向いて翡翠に尋ねる。

「あると思います。壁を探してみてください」
「わかった」

再び視線を上へ戻す。

視線の先にはアルクェイドの足首があった。

「立てるのか?」

屋根裏部屋というくらいだから、そんなに広くない部屋を想像していたんだけど。

「いいかげん目も慣れてきたしね。えーと、窓窓……」

どこかずれた答えを返し、アルクェイドは窓を探し出したようだった。

「んしょ……と」

完全に屋根裏部屋へと身を移動させる。

周囲を見まわしてみたが、俺はまだ目が慣れていないようで何も見えなかった。

「しーきっ」
「うわあっ!」

突然、横から何かに飛びつかれた。

もちろんそれはアルクェイドであるが。

「いきなりなにするんだ」
「えーっ。なんだかきょろきょろしてたから、わたしを探してるのかなって」
「窓を探してたんだよ。こんな暗くちゃやってけないだろ」
「えー。わたしここで暮らすの?」

アルクェイドの声はかなり不満そうだった。

「っていうか早くどいてくれ。重い」

不意をつかれたので、完全にアルクェイドに押し倒された形になる。

なまじ暗闇なので、アルクェイドの体温とか肉感とか息遣いとかが敏感に感じられて、かなり危ない状態だ。

「あ、ごめん」

珍しくアルクェイドはぱっと離れてくれた。

少しは自分が押し倒したという事実に恥じらいを感じてくれたのかもしれない。

「体重はそんなに重くないと思うんだけど……」

やっぱりどこか悩みどころがずれていた。

「はぁ。おまえ、目が見えてるんだろ。早く窓探してくれよ」

なんだかかなり疲れてしまった。

「うん」

ぱたぱたと足音が聞こえ、続いてぎしぎしと何かを動かす音が聞こえた。

「志貴ー。この窓開かないよー?」
「鍵がかかってるんだろ。その辺探してみろ」
「うーんと……えっと……これかな」

かちかちといじる音。

そしてきぃ……とかすれた音が響く。

そして、太陽の光が暗闇に降り注いできた。

「う……」

目を細めながら俺はその光に向かって歩いていった。

アルクェイドの横顔は光に揺れてとても綺麗だった。

「これで明るくなったね」

アルクェイドはくるりと振り返って微笑む。

「ああ、そうだな」

光に包まれた部屋はホコリだらけであったがかなり広く、古びた家具がいくつか壁際に置かれていた。

「なかなかいいかも。気に入っちゃった」

アルクェイドは先ほどの意見を180度反転させて上機嫌であった。

「掃除はしなきゃいけないけどな」

このままじゃとてもじゃないけど住めたものじゃないだろう。

「んーっ……風が気持ちいい」

アルクェイドは俺の言葉を聞いているのかいないのか、外を眺めながら髪をなびかせていた。

「まあ、そうだな」

確かに窓から流れてくる風はとても心地よかった。
 

「あれー。志貴さま、どうなされたんですかー?」
 

不意に。

下から声が聞こえた。

翡翠ではない。

もちろん秋葉でもない。
 

だけど、その人物にはもしかしたら秋葉以上に見つかってはいけなかったのかもしれなかった。
 

「志貴ー。メイド2が呼んでるよ? 手を振ってあげれば?」

能天気に笑うアルクェイド。
 

「や、やあ……琥珀さん……はは」
 

俺はずっと庭掃除をしていたらしい琥珀さんに乾いた笑いで手を振るのであった。

続く



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