「あれー。志貴さま、どうなされたんですかー?」
 

不意に。

下から声が聞こえた。

翡翠ではない。

もちろん秋葉でもない。
 

だけど、その人物にはもしかしたら秋葉以上に見つかってはいけなかったのかもしれなかった。
 

「志貴ー。メイド2が呼んでるよ? 手を振ってあげれば?」

能天気に笑うアルクェイド。
 

「や、やあ……琥珀さん……はは」
 

俺は庭掃除をしていた琥珀さんに乾いた笑いで手を振るのであった。
 
 






「屋根裏部屋の姫君」
その3












「んー? ちょっと景色がいいから眺めてただけよ?」

能天気に答えるアルクェイド。

「景色? あー。そうですねー。高いところから景色を見ると気分がいいですもんね」

琥珀さんはにこにこと笑っていた。

「うーむ……」

俺は悩んでいた。

果たして琥珀さんは、俺たちが屋根裏部屋に居ることに気付いているのだろうか。

気付いていないっていうのならそのままごまかすってのもありだと思う。

「それで、どうしてお二方は屋根裏部屋にいるんです?」

バレバレだった。

「いやぁ、それが、まあ、その、なんていうか」

ここで俺はさらに悩んだ。

正直に事情を説明するべきか。

琥珀さんはどちらかというと俺を擁護してくれてはいるが、秋葉付のメイドということもあるし、うっかり事情をしゃべったりはしないだろうか。

いや、それよりもそれをタネになにか一策仕掛けられそうで怖い。

「志貴様」

窓の下から声。

「ん? 翡翠?」

目線を降ろすと顔を真上に向けている翡翠と目が合う。

「姉さんには事情を話すべきだと思います」
「そ、そうかな」
「あーっ。二人で何を話してるんですか? わたしも混ぜてくださいよー」

何かを感じ取ったのか、琥珀さんはかなり興味深々な様子でぶんぶん手を振っていた。

「……話すべきだと思う?」

アルクェイドに意見を求める。

「何を?」

ああ、コイツに意見を求めることなんて無意味だった。

「志貴様、悩んでおられるようですが、答えは非常に簡潔だと思います」

翡翠はあくまで琥珀さんに事情を話したほうがいいと思っているようだ。

「なんでそう思うんだ?」

そう尋ねる。

「では逆に聞きますが」

翡翠に質問を返されてしまった。

「ああ、なに?」
「もしも姉さんが秋葉さま側に回った場合を想像なさってください」
「う」

それは。

かなり。

怖い。

というか。
 

勝てる気が、しない。
 

「話そう。全部話そう。琥珀さんならわかってくれる。ああ。絶対わかってくれるさっ」

俺は琥珀さんに全てを話すことを決意したのであった。
 
 
 
 

「なるほどー。ふむふむ」

アルクェイドと共に俺の部屋へと戻り、あらましの事情を説明した。

「そういうことなんだけど……どうかな」
「わかりました。そういうことでしたらこの琥珀、ひと肌脱ぎましょう」

琥珀さんはこくこく頷いた後に、笑顔でそう言ってくれた。

「本当? 助かるよ」

敵だと怖いが味方になってくれればこれほど頼もしい人物はいない。

「でも翡翠ちゃん、考えたねー。まさかここの屋根裏部屋を使うなんて」
「ここを使うのが最もいい方法だと思ったので」
「あはっ。翡翠ちゃんさえてるー」
「むー。ねえねえ。いまいちよくわからないんだけど」

二人のやりとりに口を挟むアルクェイド。

顔つきからしてどうも、二人の言葉が腑に落ちないようだった。

「どうなさいました? アルクェイドさん」
「だって。あの部屋、志貴の部屋の真上じゃない? ばれる危険性って高くないの?」
「そういえば……そうだな」
「人が出入りする場所よりも誰も来ないような場所のほうがいいと思うんだけど」
「む」

言われてみれば確かに。

「いえ、そのようなことはないですよ」

琥珀さんは余裕の表情だった。

「なんでよ」
「その理由は志貴さまのほうがご存知だと思います」
「え? 俺?」

なんで俺がそんなこと知ってるんだろう。

「あはっ。翡翠ちゃん意地悪しないで教えてあげようよ」
「別に意地悪で言っているわけでは……」

困った表情をする翡翠。

「いや、俺がにぶいだけだって」
「それは否定しませんね」
「同感」

なんてことだ。アルクェイドにまで鈍感扱いされるなんて。

「あのなぁ」
「まあまあ、落ち着いてください志貴さん」

文句を言いかけたところで琥珀さんが俺とアルクェイドの間に割って入った。

「メイド。隠さないでさっさと教えなさいよ」

アルクェイドはジト目で翡翠をにらんでいた。

少し困った顔をする翡翠。

それを察してか、琥珀さんがかわりに説明をはじめた。

「えっとですね。つまり翡翠ちゃんが言いたいのはですね。この部屋に訪れるのはまずわたしか翡翠ちゃんであって、秋葉さまは滅多に来られないということですよ」

「……あ」

言われてみればそうだ。

秋葉は俺の部屋になんか来た事が無い。

会うのはリビングとか食堂とか、もしくは秋葉の部屋かだ。

「だいたい秋葉に呼ばれて俺が出向くもんなあ……」

もちろん呼ぶのは言伝でであって、直接俺の部屋に来るのは翡翠か琥珀さんなのだ。

言われてみるまでぜんぜん気がつかなかった。

目から鱗が落ちた気分だ。

「そういうことです。付け加えるならば、万が一秋葉さまが志貴さんの部屋に来られたとしても、ノックくらいはするでしょうし」
「なるほど……」

逃げる時間は十分にある、ということか。

「つまりはそういうことです。ここが一番安全なんですよ」
「そうかもしれないな」

協力者も二人居てくれれば心強い。

みんなで協力して秋葉という悪をくじくのだ。

……ちょっと違うか。
 

「そろそろ秋葉さまが帰ってくる時間ですね……」

ふと、琥珀さんが懐中時計を取り出して呟いていた。

俺の部屋には時計なんかないので、それはかなり重要な情報である。

「では早急に事を進めなくてはいけませんね」

翡翠の淡々とした口調が妙に緊迫感を感じさせる。

「ええ。翡翠ちゃん。悪いけど玄関まで言って様子を見てきてもらえない?」
「わかりました。姉さんは?」
「そろそろ食事の支度を始めます。あ。アルクェイドさん。嫌いなものってありますか?」

なんと琥珀さんはアルクェイドのぶんの食事まで作る気らしい。

まあそのへんも琥珀さんに任せておけば安心だろう。

「ニンニク以外は大丈夫だと思うわ」

アルクェイドはニンニク、の部分をさもイヤそうに言った。

まあ吸血鬼だから仕方ないって言えば仕方ないんだけど。

「わかりましたー。ではアルクェイドさん。申し訳ありませんが屋根裏部屋の掃除はご自分で行ってください。わたしたちが持ち場を離れると怪しまれてしまいますので」
「まあ住まわせてもらえるんだからそれくらいはやるわ。安心して」

掃除なんて嫌いそうなアルクェイドだったがあっさり承諾した。

素直に従ってくれるんだったら俺としても言うことはない。

「ではまた」

先に翡翠が会釈し、部屋を出ていった。

「それではー」

続いて琥珀さんが部屋を後にする。

「俺も一応下に行ってみようかな。秋葉の機嫌がどうなのか知りたいし」

上機嫌だったらいいなとかすかな希望を抱く。

「えー。せっかくなんだから志貴も掃除手伝ってよ」

しかしアルクェイドの言葉が俺のことを引きとめた。

「なんだよ。まさか俺のこと期待して掃除やるって言ったんじゃないだろうな」
「えへへー」

そのつもりだったらしい。

「頑張れ」

俺は一言告げてドアに向かって歩いていった。

「ちょっと志貴――」

後ろから慌てたアルクの声が聞こえる。

無視だ、無視。

べちっ!

「ぐぁ……」

前に進んだ途端何かにぶつかった。

ドアだ。

なんでだろう。俺はまだドアに触ってないのに。

「あ、すいません、大丈夫ですか、志貴さん?」

と、正面にちょっと慌てた琥珀さんの姿があった。

「琥珀さんがドアを開けたのか。なんだ」

原因がわかって安心した。

「それで、どうしたの?」

琥珀さんに尋ねる。

何か用があって戻ってきたんだろう。

「ええ、ひとつ言い忘れたことがありまして」
「言い忘れたこと?」
「ええ。翡翠ちゃんの手前、黙ってましたけど重大な問題です」
「何よそれ。問題はないって言ってたじゃないのよ」
「いえ、むしろ安全だから起こる問題といいますか――」

琥珀さんは怪しい笑みを浮かべていた。

あの顔はなにかたくらんでいるか、ものすごいことを言う直前の顔だ。

「何よ」

アルクェイドはむっとした顔で尋ねる。

琥珀さんはそんな顔には動じず、笑顔のままでこう言うのであった。
 

「つまりアルクエィドさんが屋根裏部屋に住むということは、簡単に志貴さんの部屋に侵入できるということなんですよ」

「……あ」
「う」

思わずアルクェイドと顔を見合わせてしまう。

そうだよな。

つまり、簡単にアルクェイドと二人きりに……

ごくり。

思わず生唾を飲んでしまう。

「では、後はお二人で解決してくださいねー」

言うことだけ言って、琥珀さんあいも変わらずのさわやかな笑顔で部屋から出ていってしまった。

「……ど、どうしよう」

急に顔を真っ赤にして尋ねてくるアルクェイド。

「知るか、ばか」
 

アルクェイドの問いにまともに答えることも出来ず、俺はやっぱり琥珀さんに話すべきではなかったかなーということを本気で悩んでしまうのであった。

続く



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