「志貴さま。秋葉さまの持たれているものが原因だと思われますが」
「あ、うん」

そうだ、秋葉の持ってるものを見ればはっきりするだろう。

「……」

見た。

「……えーと」

ああ、確かにそれは二時間ほど前に見たような気がする。

いや、正確には見たことはないけど、間違いなくそれだろう。

要するにそれは。
 

可愛いフリフリのついた、ピンクの大きなブラジャーであった。
 
 





「屋根裏部屋の姫君」
その21














「ああ……」

脱衣場には洗濯機がある。

琥珀さんはアルクェイドの下着を洗うと言って、預かっていた。

つまりそういうことだ。

洗濯機で洗っていたアルクェイドの下着を秋葉に見つかった、と。

この家にはアルクェイド並のバストを持った人間はいない。

しかもそんなものが洗濯機の中には盛だくさんときたもんだ。

「これも、これも……ああ、なんていやらしい」

秋葉は洗濯機の中からぽいぽいと下着を取り出していく。

秋葉の言う通り、それはかなり大胆なものばかりだ。

大胆とかそういうレベルじゃなくて、こう……一言で言えばエロい。

いわゆるいかがわしい雑誌のおねえさまが着ているような、そんな下着である。

もちろんその中には黒いのもあったりする。

「こ、こんなものまで……」

うわ。黒のガーターまであるのか。

あれはやばい。

エロすぎる。

そんなものをアルクェイドが着てたらルパンダイブ確定である。

「志貴さま。よだれが出ています」
「あ、うえっ?」

まずい、そんなところを見られるとは。

「冗談です」
「う……」

翡翠も最近琥珀さんに似てきた気がする。

「それで……兄さん? これについて何かご存知なのですか?」
「え、いや、俺は別に……」

秋葉の冷ややかな視線が怖い。

「ということは、これらは全て琥珀の用意したものと考えていいのですか」

琥珀さんのほうを見ると、視線で助けてくださいー、見捨てないで下さいーと必死で訴えてきた。

確かにこの状況で見捨てるのは惨すぎる。

これも俺がアルクェイドを招き入れたから起きたような事件だ。

「ええと、秋葉。ちょっと待って」

琥珀さんを鬼のような形相で見ている秋葉を呼びとめる。

「なんですか? 兄さん」

くるりと振り返る秋葉。

「ええと……」

ああ、我が妹ながらなんと貧しいことか。

「……兄さん、ものすっっっごく失礼なことを考えやしませんでしたか」
「いや、そんなことは断じてない」

あるけどあるなんて言ったら殺されてしまう。

「ええと……」

何かいいアイディアはないか。

この絶望的な状況を打破できるアイディア。

考えるんだ、遠野志貴。

「うーん……」

考えたいのだが、どうしても視線が下着の山へと向いてしまう。

一時期流行ったTバックやら、最近流行りの見せブラとかいうものらしい、装飾の豪華なやつとか。

こうやって見ると男としては無意味なんじゃと思うくらい装飾がこだわられている。

まあ逆にそういったこだわった部分が男心をくすぐるとも言える。

まったく、イチゴさんもずいぶんと凄いものばかり揃えたもんだ。

「あ」

イチゴさん。

「そうだ。イチゴさんだ」

俺は声に出して言った。

「イチゴさん? どなたです?」

むっとした顔の秋葉。

「いや、有彦のお姉さんなんだけどさ。今日さ。有彦の家の洗濯機がぶっ壊れたっていうんで洗濯物を預かってたんだよ」

急な思いつきだったが、我ながら実にうまい言い逃れだと思う。

「つまり、これはその、乾さんのお姉さんの下着だと?」
「ああ。有彦には袋で渡されたからなんだったかわからなかったけど、まさか下着だったとは思わなかった」
「……ふうん」

目を細めて俺を睨む秋葉。

うう、この視線はかなり怖い。

「そ、それで琥珀さんにこれを洗ってくれって渡したんだよな?」

琥珀さんに同意を求める。

「ええ、はい。それはもう。いつもニコニコ現金払いなスマイルで受け取りましたー」

琥珀さんは相当あせっているのか、よくわからない相槌を打ってくれた。

「……」

はぁ、と溜息をつく秋葉。

「一応筋は通ってますね。乾さんにお姉さんがいたっていうのは初耳ですが」
「姉がいるのは本当だよ。なんなら有彦の戸籍調べてくるか?」
「……そこまでしなくても結構です。ですが兄さん。人の家の洗濯物を預かるような真似は今後よしてください。特に下着なんかは」

秋葉は下着の部分をやたらと強調した。

「そんなこと言われたって。困ったときはお互い様じゃないか」
「それはそうですが……。その。人様に下着を見られたりするのは恥ずかしいことなわけですし」
「そ、そういうのは有彦に言ってくれ」

すまん、有彦。今度学食のうどんに玉子を入れてやるから。

「とにかく、今後は止めてくださいっ」

秋葉は強い口調で言った。

「わ、わかったよ、うん」

どうも下着の山を見てから秋葉は機嫌が悪いようだ。

大人しく従っておくことにしよう。

「じゃあ、これで問題は解決したわけだな」
「……まあ、そうですね」

秋葉はばつが悪そうにそっぽを向いていた。

「じゃ、俺は戻るよ」

そう言って俺は脱衣場から抜け出した。
 
 
 
 

「た、助かりましたー」

すぐに緊張でへろへろになったような琥珀さんが追いかけてくる。

「いや、悪いのはこっちだよ。琥珀さんは俺の手伝いしたばっかりに秋葉に責められてるんだから」
「いえいえ。わたしの不覚もありました。まさか洗濯器の中を秋葉さまがのぞくなんて思いもしなかったので」
「うーん。そのへんは不運だったとしか言いようがないなぁ」

お互いに苦笑する。

「それにしても志貴さん。一刻も早くこの場を離れたほうがよいですよ」

深刻な表情に変わる琥珀さん。

「え? なんで?」
「秋葉さまは逆上されてましたから気付いてなかったですけど。志貴さまは秋葉さまがバスタオル一枚のみの姿を見てしまったわけですから」
「……ああ、そういえば」

浴室のほうを見る。

翡翠が脱衣場の入り口の前で何やら奮戦していた。

秋葉ともめてるらしい。

「……」

こちらに顔を向け、ぱくぱくと口を動かす翡翠。

「うあ、かなり危険ですよー。わたしと翡翠ちゃんでなんとか説得いたしますから、早くお逃げ下さい」
「え。翡翠、なんて言ったの?」
「秋葉さま曰く。『兄さんを今すぐ呼び戻して。大事なお話があるから』と。それはもうさわやかな笑顔で」
「……俺、戻ったら死んじゃうな」
「ええ。ですから早くお逃げ下さい」
「すまない、琥珀さんっ」

俺は全速力で駆け出した。
 

そういえば以前、秋葉の着替え中を覗いてしまったときは半殺しだったなぁ。
 

そんなことを思い出しながら。
 

続く



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