「うあ、かなり危険ですよー。わたしと翡翠ちゃんでなんとか説得いたしますから、早くお逃げ下さい」
「え。翡翠、なんて言ったの?」
「秋葉さま曰く。『兄さんを今すぐ呼び戻して。大事なお話があるから』と。それはもうさわやかな笑顔で」
「……俺、戻ったら死んじゃうな」
「ええ。ですから早くお逃げ下さい」
「すまない、琥珀さんっ」

俺は全速力で駆け出した。
 

そういえば以前、秋葉の着替え中を覗いてしまったときは半殺しだったなぁ。
 

そんなことを思い出しながら。
 
 




「屋根裏部屋の姫君」
その22













ばたんっ。

「はぁっ……はぁっ……」
「あ、志貴。おかえりー」

人が死地から逃れてきたというのに、コイツは相変わらず能天気だった。

「どうしたの? そんなに息切らして」
「おまえのせいだ、ばか」
「何でよ。わたし、ずっと部屋にいたよ?」
「ああ、もういい。済んだことだ」

アルクェイドが立ちあがってくれたので俺はベットに転がり込んだ。

「はっきりしないなぁ、もう」

まあ何も説明しないでアルクェイドのせいだというのも悪い。

「色々あったんだよ。おまえの買ってきた下着が見つかってさ……」

とりあえず大雑把な説明をしてやった。
 
 
 
 

「ふうん。大変だったのね」

話を聞いたはいいが、丸っきり他人事のような感想を述べるアルクェイド。

「大変だったんだからな。秋葉がすごい怒ってて」
「妹、胸無いからねえ」

そう、秋葉に胸の話題はタブーなのである。

秋葉は多分、全国平均からしても、クラス平均からしても、女子中学生に混じったとしても間違いなく胸が無いほうだと思う。

昔からそれを劣等感にしていたが、最近はアルクェイドとかの出現でますますそれが酷くなり、そう言った話題は元々しないものだが、絶対に話してはいけない、触れてはいけないというのが遠野家での暗黙の了解だった。

時々琥珀さんが(多分意図的に)それを破って秋葉を怒らせたりするのだが。

だからサイズの大きいブラジャーを発見した秋葉は、今回も琥珀さんのイタズラか何かと勘違いして烈火のごとく怒っていたわけだ。
 

「秋葉の前では二度と言わないでくれよ」

俺は溜息混じりに言った。

「大丈夫だって。気をつけるから」
「心配だなぁ」

既にアルクェイドには前科があるのだから。

「むー。ちょっとはわたしを信用してよ。約束は守るもん」
「それならいいけどさ」

確かに今日のアルクェイドは俺の言葉によく従ってくれる。

少しは信用してやってもいいだろう。

「じゃあまたマンガでも読むか……」

さっきは58巻のいいところで邪魔されたからな。

「……そうだね」

ふたたび二人揃ってすすめの三歩を読み出す。

今必死で秋葉を説得している翡翠や琥珀さんに悪い気もしたが、こうでもしないと気が気じゃなかったのであった。
 
 
 
 
 

「ねえ志貴」

しばらくしてアルクェイドが話しかけてきた。

「ああ、なんだ?」

俺はとっくの昔に全巻読み終わって、ウトウトしかけていた。

「マンガ、他の無い?」

アルクェイドは俺の寝転がっている真横に座っている。

俺はアルクェイドを見上げ、アルクェイドは俺を見下ろす形になる。

「65巻まであるんだぞ? もう読み終わったのか? おまえさっき42巻だったじゃないか」

下から見ているので巻数ははっきりとわかる。

そしてアルクェイドのあまり読むスピードは速くなかった。

「んー。ずっと同じマンガばっかりじゃ飽きちゃって。なんか他の」
「我慢しろ」
「やだ」
「やだぁ?」
「うん、やだ。何か他の」

アルクェイド、いきなりの反抗期である。

「ワガママ言うな」

置きあがってアルクェイドを叱り付ける。

「ふーんだ。そんなこと言うなら妹のとこに行って貧乳ナイチチまな板えぐれ胸って連呼しちゃうんだから」

ものすごいタチの悪いことを言うアルクェイド。

「いくらなんでも秋葉の胸はそこまで酷く……」

そう言いながら我が妹の姿を思い浮かべる。

「……いや、なんていうか、仮にそれが真実だったとしてもその。言い過ぎだろ」

どうにもフォローが弱い自分が少し悲しかった。

「何よ。志貴は妹の味方するの?」
「そういう問題じゃない。そんなこと言うなら今すぐ出てって貰うぞ」

そう言うとアルクェイドはまるで親にしかられた子供のような顔をした。

「……それは、やだ」

そうしてしょぼんとしてしまう。

「う」

これじゃあ俺が悪者みたいじゃないか。

「と、とりあえず今日は我慢してくれよ。おまえが来るのが突然すぎたんだよ。他に何にもない」

結局こうやってアルクェイドを許してしまうのだ。

ああ、俺もなんだかんだで甘い。

「うー。わかった。我慢する」

なんだか子供をあやしているような気分であった。

「わかればいいんだよ」

俺は溜息をついた。

「……ほんとは、マンガなんてどうでもよかったから」
「アルクェイド?」

アルクェイドは瞳をうるうるさせている。

「だって志貴。せっかく一緒にいるのに何もしてくれないんだもん」
「う」

誘ってるのか?

誘っているのだろうか、それは。

「ど、どういう意味だよ、それ」

どぎまぎしながら尋ねる。

「一緒に遊んでくれないじゃない」

ああ、やっぱりコイツはアルクェイドである。

「そ、それは……その」

確かに今日コイツが家に来てからすったもんだで、協力はしていたが遊んだりすることは全くなかった。

「だから志貴にワガママ言って、困らせてやろうかと思って」

丸っきり子供そのもののセリフを言うアルクェイド。

「そうか……」

どうも、構ってやらなかった俺に完全に非があるようだ。

「悪かったな、ちっとも気付かなくて」
「え。なんで志貴が謝るの? 悪いの、わたしだよ?」
「いいんだよ。アルクェイドは悪くない。気にするな」
「志貴……」
「よしよし」

そんなもんでついアルクェイドの頭を撫でてしまう。

「やだ、止めてよ。わたし子供じゃないよ」
「子供じゃなくたって撫でてもいいだろう」

今度は横髪を撫で上げる。

「く、くすぐったいってば」
「気にするな」

俺はそのまま手を後頭部に移動させ、自分の体へと引き寄せる。

これからキスするぞ、という合図である。

そう、アルクェイドは子供じゃない。
 

だからここからは――大人の世界だ。
 

「あ……」

アルクェイドは頬を赤らめると、こくりと小さく頷いた。

そうしてそっと目を閉じる。

「アルクェイド……」

俺はその薄紅色の唇にそっと自分の唇を近づけて。
 
 

「志貴さまーっ! 秋葉さま攻略に成功しましたーっ!」
 

ばたばたっ! 

ずがんっ!
 

思いっきり後ろに向かって飛びのいた俺は、後頭部を酷くぶつけるのであった。
 

続く



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