アルクェイドは頬を赤らめると、こくりと小さく頷いた。
そうしてそっと目を閉じる。
「アルクェイド……」
俺はその薄紅色の唇にそっと自分の唇を近づけて。
「志貴さまーっ! 秋葉さま攻略に成功しましたーっ!」
ばたばたっ!
ずがんっ!
思いっきり後ろに向かって飛びのいた俺は、後頭部を酷くぶつけるのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
その23
「いてて……」
じんじん痛む頭をさする。
「あらら。志貴さんどうしたんです? 何かあったんですかー?」
妙に目を輝かせて尋ねてくる琥珀さん。
あれはわかっててやってる顔だ。
「大丈夫ですか、志貴さま」
琥珀の後ろから翡翠が心配そうな顔を覗かせる。
「な、なんにもないよ。うん」
俺は苦笑しながら答えた。
「むー」
アルクェイドはあからさまに不機嫌な顔をしている。
まあ翡翠や琥珀さんが秋葉と熱戦を繰り広げていただろうに、いちゃいちゃしていた俺も悪いだろう。
「琥珀さん。秋葉攻略したって、機嫌直ったってことか?」
「ええ。標準より多少悪いですがまあ三倍録画程度には」
「ごめん、その例え全然わからない」
「機嫌が悪いことには変わりありませんが、大分良くなったと言うことです」
翡翠が分かりやすい説明をしてくれる。
「そうか。色々すまないな、二人とも」
「いえいえ。これも仕事ですから」
「さすがだね」
琥珀さんは秋葉のお付と言うだけあって、色々と秋葉の機嫌を直す手段を持っているんだろう。
「今回は苦戦しましたよー。52のサブミッションを24まで使ってしまいました」
「サ、サブミッション?」
「関節技です。じわりじわりと秋葉さまのご機嫌をあげていくんです」
「そんなのがあるんだ……」
かなりの高等技術のような気がする。
「他にも48の殺人技があります」
翡翠が真顔で怖いことを言った。
「殺人って、まずいだろ、それ」
「いえいえ、言葉のあやです。直接攻撃といってもいいかもしれません。こちらはいたってストレートな手段なんですが、そのぶん見切られやすいんですよ」
今度は琥珀さんが説明してくれる。
「普通のお世辞だと思っていただければよいかと」
「そ、そうなんだ」
「はい。秋葉さま、胸が大きくなりましたねーとか、そういう部類です」
それはむしろ嫌味なんじゃないだろうか。
「合わせて琥珀100殺法と呼んでください」
琥珀さんは自慢げだった。
「はは……」
まあとにかく秋葉の機嫌がマシになってくれたというのは非常にありがたい。
「後は志貴さまが時期を計って直接謝罪すれば秋葉さまも許してくれるかと思います」
「そうか。うん。わかった」
しかし機嫌が良かろうが悪かろうが怖いんだよなあ、秋葉は。
「ふふ、ご安心下さい」
俺が不安そうな顔をしていたのか、琥珀さんがそんなことを言ってきた。
「色々と志貴さんのポイントは上げておきました。むしろ好意を抱いてるやもしれませんよー?」
笑顔でそんなことを言ってくる琥珀さん。
むしろ好意って、一体どんなことを言ったんだろう。
いきなり現れて妹のバスタオル一枚の姿を見てしまった兄。
いいとこなんて何一つ無いぞ。
「姉さんはあることないことでっちあげてましたから」
翡翠は難しい顔をしていた。
「うえ、そうなの?」
「はい。多分秋葉さまは志貴さまに対してかなり過剰な反応をされると思います」
「うう、なんだか不安だなあ」
頭を抱えてしまう。
「もう、翡翠ちゃん。志貴さまを不安がらせちゃ駄目じゃないの」
「事実を述べただけです」
「うう……」
苦笑する琥珀さん。
「むー。わたしをのけものにしないでよ。つまんない」
しかめっ面で文句を言うアルクェイド。
「そんなこと言ったってなあ。元々アルクェイドが秋葉に貧乳だとか言うから秋葉が余計気にするようになったんだぞ」
「ええっ! アルクェイドさん、秋葉さまにそんな恐ろしいことを言ったんですかっ?」
「だって胸無いじゃない」
「うう」
あっさりと言いきるアルクェイドに琥珀さんまでダメージを受けていた。
「ま、まあまあ。その話題は終わりでいいじゃないか」
遠野家の女性陣ではどう頑張ってもアルクェイドにその話題では太刀打ちできないだろう。
断っておくがアルクェイド以外は服装からの目測である。
秋葉は割と分かりやすい格好をしているが、翡翠や琥珀さんはかなり分かりにくい。
さらに断っておくが、俺は別にそういうところばかり見て生活しているわけじゃないぞ。
もちろん俺だって男だ。興味が無いわけない。
だが、この魅力的な女の子ばかりの遠野家で、そういう部分ばかりしか見てない長男なんて、いいとこまるでないじゃないか。
一応俺はやや非凡ではあるもののまっとうな人生を送っているつもりである。
まあ、今は何故か屋根裏部屋に人外娘を住まわせることになってしまっているわけだけど。
アルクェイドに出会ってからいい意味でも悪い意味でも世界が変わった気がする。
刺激に対する耐性とか色々。
アルクェイドは自分の色気とかスタイルに丸っきり自覚が無いから困ってしまう。
つくづく苦労してるんだよなあ、俺。
「志貴さま。顔色が優れませんがどうなさいました?」
「あ、いや、うん。なんでもない、なんでもないよ」
なんだか一人で盛り上がって疲れてしまった。
「琥珀のフォローって、どんなこと言ったの?」
アルクェイドが翡翠に尋ねる。
「志貴さまは秋葉さまが大好きだからつい裸体を見たくなってしまったんだ、と」
うわぁ、もはやフォローでもなんでもないぞ。
火に油を注いでいるだけじゃないか。
「当然、それを聞いた秋葉さまはものすごく怒っていましたが、どこか以前より怒りは弱くなっていたようでした」
「え、マジで?」
「はい」
見ると琥珀さんはブイサインをしている。
「これぞ関節技の真髄です」
そういうものらしい。
「つまり姉さん。裸体どうこうよりも、志貴さまが秋葉さまを大好きだと言うとにろに秋葉さまは反応されたわけですね」
「そういうことよ、翡翠ちゃん」
二人はぼそぼそと何かを話し合っていた。
「ふぅん」
アルクェイドは二人の話が聞き取れたのか、納得したような顔をしていた。
納得はしているが、不満といった感じの顔である。
「なあ、なんて言ってたんだ?」
「癪に障るから教えない」
そっぽを向かれてしまった。
「最終的に効果があったのは、秋葉さまの危機を感じて志貴さまが駆けつけた、ということにしたところのようです」
「え、そうだったっけ?」
秋葉の怒鳴り声が聞こえたから行こうということになったはずだけど。
「志貴さまは秋葉さまの最初の声を悲鳴と勘違いしたと説明したわけです」
「なるほど……」
妹の悲鳴を聞くやいなや、すぐに必死の形相で駆けつけた兄。
うん、これならなかなかかっこいい。
「そんなわけで矛先を収めてくれたわけですよー」
「お見事としか言いようがないなあ」
素直に琥珀さんを誉めるしかなかった。
「いえいえ。それでですね。秋葉さまがご入浴を終えられるまでもうしばらくかかりますから」
「志貴さまが入浴を終えた頃に秋葉さまに会いに行くのが打倒ではないかと」
「うん、そうだな。風呂に入れば秋葉もさっぱりするだろ」
俺としてもさっぱりするために水でも浴びたほうがいいだろう。
「……お風呂」
ふと。
アルクェイドが何かを思い出したような口ぶりでそんなことを言った。
お風呂。
アルクェイド。
俺はその二つの単語の結びつきに、どうしても嫌な予感しか浮かんでこなかった。
「お風呂か。わたしも入りたいなー」
案の定、アルクェイドはなんの悪気もないのだがそれだけにものすごいタチの悪いことを言ってくるのであった。
続く