Yシャツなら女の人でも着ているし、汗を吸うから寝巻きとしては悪い部類じゃないと思う。
「そっか、えへへー」
アルクェイドはなんだかわからないがそれを聞いて妙に嬉しそうな顔をしていた。
「このまえ読んだ本に書いてあったこと、試してみよっと」
アルクェイドは笑顔のまま何かを呟いていた。
「なんだ、なんか言ったか?」
「ううん、なんでもないよ、なんでもない」
やけに上機嫌のアルクェイドに、俺はなんだか不安を感じてしまうのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
その25
「ただいま戻りましたー」
そんな最中、タイミング良く琥珀さんが戻ってきた。
「あ、琥珀さん。秋葉、どうだった?」
「ご自分のお部屋で宿題をされるそうです。ちょうど良かったですね」
「そうか」
「ですから今のうちにアルクェイドさんは入浴を済まされるのが吉です」
「言われなくてもそのつもりよ。さ、志貴行きましょ」
アルクェイドに手を握られる。
「で、でもさ。秋葉が宿題をやるっていうんだったら俺が行かなくても平気じゃないか?」
「注意はするに越したことはありませんよー。先ほど苦労して機嫌を直したばかりですし、万が一ご機嫌を損ねられたらさすがにわたしたちでも厳しいです」
「そ、そうか……」
やっぱり行かなきゃ駄目らしい。
アルクェイドが入浴してるのを外で待ってなきゃいけないなんて、生殺しもいいところじゃないか。
「志貴、早く行こうよ」
「わかったよ」
しょうがないのでアルクェイドについていくことにした。
「志貴さま」
「ん?」
部屋を出て浴室へと向かっていると、翡翠が俺たちを追いかけてきた。
「どうしたんだ? 翡翠」
「姉さんのことについてなのですが。私のほうで少し、姉さんへの対策をしておこうと思います」
「え? 琥珀さんへの?」
「はい。姉さんは多分、これからもしばらく志貴さまとアルクェイドさまのことで色々と志貴さまが困惑されるようなことを提案すると思われますので」
「そ、そうだよな」
そのおかげでアルクェイドの下着を買いに行くことになったし、今度は風呂ときたもんだ。
このままだと夜の生活まで手はずされてしまいそうである。
さすがにそれは嫌だ。
「でも、琥珀さんへの対策って何をするつもりなんだ?」
「心配なさらないで下さい。武力やそういった類のものではありませんから」
とすると、心理的なものなのだろうか。
「出来る範囲で頼むよ」
翡翠にそこまで無理させるわけにもいかないが、そう言っても聞いてはくれなさそうなので、そう言うことにした。
「了解いたしました」
翡翠はぺこりと頭を下げ、俺の部屋のほうへと戻っていった。
「姉妹対決ってとこかしら」
「いや、あの二人ならそんな凄いことにはならないとは思うけど」
翡翠は少し怒っているようだった。
だが、本気で怒った今まで翡翠は見たことがない。
ひょっとしたらマンガみたいにものすごい凶悪な性格になってしまうのだろうか。
「……不安だ」
琥珀さんをそのままにしておくのも不安だけど、こっちもこっちで不安であった。
「なんだか大変ね、志貴」
ほとんどの原因はコイツなのだが。
「いいからおまえはさっさと風呂済ませて来い」
話しこんでいるうちに浴室にたどり着いた。
「うん。ちゃんと待っててね」
「わかってるよ」
アルクェイドは鼻歌を歌いながら脱衣場へと入っていった。
「はぁ」
これからしばらくは退屈な時間である。
俺は傍の柱に寄って座りこんだ。
さて、どうしたもんだろう。
これからのことも色々考えなきゃいけないけど。
「ねえー、志貴」
「うわっ!」
するといきなりアルクェイドがバスタオル一枚だけを纏って現れた。
うっすらと濡れた肌がやたらと艶っぽく、すらりと伸びた足がなんともそそる。
「な、なんだよ?」
思わず視線を逸らしてしまう。
「うん。お湯を出そうとしたら、水しか出ないのよ。ちょっと見てくれない?」
「見てくれない?ってなあ」
なんだか裸を見てくれないと誘われてる気分である。
「何よ。わたしに水を被れって言うの?」
「う」
アルクェイドが腕組みなんかするものだから、その胸が余計に強調されて見える。
バスタオル一枚だけの姿にそんなポーズは反則的だ。
「わ、わかったよ。見てやるよ」
しょうがないのでさっさと見てやることにした。
「うん、こっち」
アルクェイドはぱたぱたと浴室へ走っていく。
「えーと」
遠野家の浴室はべらぼうに広い。
一人で入っていると、かなり味気ない感じだ。
こうやってアルクェイドと一緒にいたって、スペースは余りまくってしまう。
旅館の共同風呂とか、そういうのをイメージするとわかりやすいと思う。
そして遠野家でのメンバーだけでは使いきれないくらい、蛇口があったりするのだ。
もっともそのほとんどは琥珀さんの手で封印されてるけど。
水道料金節約のためということらしい。
「ちょっと待て、アルクェイド」
「あ、うん」
しばらく湯気で眼鏡が曇るので、何も見えなくなってしまう。
だからしばらくは眼鏡が浴室の温度に慣れるまで待たなければいけないのだ。
急いでいるときはお湯につければ大体直る。
「よし」
ようやく見えるようになった。
「大丈夫?」
その途端にアルクェイドが俺の顔を覗きこんでくる。
「ま、前屈みは止めろ。いいから案内しろって」
くそう、しばらくは胸の谷間が脳裏から離れてくれなさそうだ。
「ええ、こっちよ」
アルクェイドはてくてく歩いていく。
後ろのほうはかなり適当にタオルが巻かれていて今にも取れてしまいそうである。
「これよ、これ」
そうして冷や冷や後ろをついていくと、アルクェイドが立ち止まった。
「これか……」
アルクェイドが俺を案内したのは一番左端のところだった。
蛇口はここと右端、中央のひとつづつが開放されている。
左端は浴槽に一番近いのだ。
だからこそみんなが使うし、故障も結構多い。
そしてそれを直す役目を受けるのはいつも俺なのだ。
「どれどれ……」
さっそくお湯のバルブを回してみるが、確かにちょろちょろとしかお湯が出てこない。
「駄目だな、こりゃ。直さないと」
「直る?」
「ああ。ちょっと待ってな。えーと」
これだけはいつも持ち歩いている七夜の短刀を取り出して、蛇口の上の部分のネジを回す。
ネジがマイナスドライバーの形をしているのでこんなものでもちゃんと取れるのである。
「最近ここの汚れが酷いんだよ。ゴミとかつまっててさ。それでお湯が出なくなる」
ネジを取ったところを調べると、案の定ゴミの固まりみたいのが出てきた。
「へえー。志貴、詳しいんだ」
「ネジ回すのに力がいるからな。俺の仕事になっちゃったんだよ」
ネジを再びはめて、蛇口を回してみる。
今度はちゃんとお湯が出てきた。
「ほらな」
「わーいっ、やったやったぁ」
アルクェイドは両手でバンザイをして喜んでいる。
「ば、ばかっ、そんなことしたら……」
ゆっさゆっさと目の前の双丘が揺れて。
はらり、と。
『……あ』
時が止まるのであった。
続く