頭を掻きながら脱衣場へと入る。
「う」
おそらく。
というか間違いなくアイツのせいだろうけど。
脱衣場には、洗濯機から取り出された洗濯物が散乱しているのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
その28
「……ったくあのばか」
苦笑しながら服をいくつか拾い上げ、洗濯機へと投げ込む。
ほとんど女性ものばかりなので少し抵抗はあるが、仕方が無い。
「仕方ないよな、うん」
下着類その他諸々も拾い上げ、洗濯機へと投げていく。
琥珀さんのだか翡翠のだか秋葉のアルクェイドのだかわからないが、手に取るたびに妙にドキドキしてしまう。
「……む」
そんな中に俺のトランクスが混ざっていた。
「なんだかなぁ」
急に哀愁を感じてしまう。
下着もそうだが、俺の服なんかごく僅かしか見当たらないのだ。
「比率にしたら1:9ってとこか……」
なんという女性社会。
「止め止め。考えたってしょうがない」
トランクスを洗濯機へ投げ込む。
「……アルクェイドのやつ、来た時のまるっきりそのままを着たのかな」
トランクスも、他に拾い上げた衣類もまだ濡れたままであった。
もちろんさっきまとめて買ってきたアルクェイドの下着類もである。
濡れた下着なんて着たら気持ち悪いだろうし。
「濡れた下着、か」
なんだか妙にいやらしい響きである。
「……バカなこと考えてないでさっさと入ろう」
服を脱ぎ捨て、浴室の扉を開けた。
「げ」
脱衣場も酷かったが、こっちも酷かった。
床一面、泡だらけ。
確か昨日は半分ほど入っていたはずのボディーシャンプーが空。
浴槽の中はもちろん、泡、泡、泡。
「……あのばか、外国の風呂と勘違いしてるんじゃないのか?」
外国生まれのアルクェイドとはいえ、これは酷い。
前に日本での正しい風呂の入り方を教えてやったはずなのだが。
そして教えてやった後にこうやって泡まみれのお風呂でアルクェイドと……
「……だあ、いかんいかん」
こんな風呂場を目撃されたら怒られるのは絶対に俺である。
「入ってさっさと証拠隠滅しなきゃな」
できるだけ琥珀さんに頼らないと言った手前、ここの始末は俺がやらないといけないだろう。
「くそ、こんな風呂に入らなきゃいけないのか」
はっきり言って根っからの日本人な俺には泡風呂はかなり抵抗がある。
ざぶりと浴槽に入るとまとわりついてくる泡。
「ぬう……」
眼鏡にまでひっついてきて、鬱陶しいことこの上無い。
「くぅ」
ついにまったく何も見えなくなってしまった。
これじゃあ、全然風呂に入ってる気がしない。
「やってられるかぁ!」
やけ気味に叫び、浴槽を出る。
「この、このこのっ」
そうして浴槽から湯をばらまき、ひたすら床の泡を流していった。
「はぁ……はぁ」
浴室がさっぱり綺麗になったころには疲労困憊であった。
「なんで……風呂に来てこんなに疲れなきゃいけないんだ」
風呂ってのは日頃の疲れを取る場所だというのに。
「アルクェイドのやつ……」
さすがにちょっと頭にきた。
きつくしかってやらなきゃいけないだろう。
「アルクェイドっ!」
勢いよく部屋のドアを開ける。
「ん……志貴?」
アルクェイドは屋根裏部屋への入り口から顔を覗かせる。
「降りて来い。話がある」
「え、あ、うん」
アルクェイドはひょいと下へ落りてくる。
「うわっ」
思わずたじろいだ。
なんてことだ。
「ア、アル、アル、アルク、アルクェイド。お、おまえ」
「ん? なに?」
俺が何に驚いているのかわからないようなアルクェイド。
「なんで、わ、Yしゃ、Yしゃつしか着てないんだよ」
そう、アルクェイドは上半身に俺が渡したYシャツ以外なにひとつ身につけていなかった。
ボタンはほとんどつけてなく、胸の谷間が嫌でも目に入ってくる。
そして下半身も白いショーツのみで、すらりと長い足が伸びていた。
さっき風呂場で全裸を見たばかりだというものの、こういう見えそうで見えないとかいう状態はかなりそそられる。
「え? 志貴が喜ぶかなーって」
そりゃ死ぬほど嬉しい。
だけどまずいだろう、これは。
このままじゃアルクェイドを押し倒してしまいそうである。
まだ寝る時間には早すぎる。
「ちゃ、ちゃんと服着ろっ。ボタンくらいつけろ!」
そう言うとアルクェイドは困った顔をした。
「志貴……嬉しくない?」
「そういう問題じゃないっ。いいかげんにしろっ! いきなり押しかけてきて! 引っ掻き回して! 風呂だってあんなに散らかして! 服はしまわないし! 浴室は泡だらけだし! このばかおんなっ!」
俺はつい、今までの鬱憤をひとしきり怒鳴り散らしてしまった。
「……」
アルクェイドはしばらく黙っていた。
だが。
「……ぐすっ」
やがてその瞳に、うっすらと涙を浮かべたのである。
「うあっ……」
しまった。言いすぎた。
こういう涙はずるい。
どんな状況だろうが、絶対に俺が悪者になってしまう。
特にこんな、まさか。
アルクェイドに泣かれるだなんて、思ってもいなかった。
「ア、ア、ア、ア、ア、アル、アルクェイド。悪かった。言いすぎた」
事実、俺の心の中はアルクェイドへの罪悪感で一杯だった。
怒られたり怒鳴られたりするよりも、こっちのほうが辛い。
「志貴は……ぐすっ……悪くないよ」
アルクェイドは涙をぬぐいながら言った。
「……だって……今日、わたし……志貴に怒られてばっかりで……」
「え?」
「もしかしたら志貴、わたしのこと嫌いになっちゃったのかなって……」
まさか。
まさかアルクェイドは。
俺がばかばかと言っていたのを、ずっと気にしていたのだろうか。
「おまえ……」
「だから志貴に喜んでもらおうとこんな格好したんだけど……迷惑だったみたいだね」
「アルクェイドっ!」
俺はアルクェイドを強く抱きしめた。
「し、志貴?」
「ごめん。バカは俺だ。アルクェイドのこと、わかってるつもりで何にも分かってなかった」
「志貴、どうしたの……?」
アルクェイドの涙をぬぐってやる。
「アルクェィドは何にも悪くない。俺が鈍感で、バカなのが悪いんだ」
「ううん、わたしが悪いんだよ。志貴を困らせてばっかりで」
「そうだな。俺はおまえに振り回されてばっかりだ」
「……」
俯くアルクェイド。
「でも、そんなおまえが好きなんだよ」
「あっ……」
顔を上げさせ、唇を奪う。
舌と唾液を絡ませ、互いの口内を舐めあうキス。
「志貴、わたしのこと嫌いになったんじゃないの……?」
とろんとした目で尋ねてくるアルクェイド。
「嫌いだったらこんなことするか、ば……」
言いかけて止めた。
しばらくこの言葉は使うのは止めよう。
変わりにこう言ってみることにした。
「嫌いじゃなくて好きだからだ」
アルクェイドを強く抱きしめる。
「し、き―――」
アルクェイドも、俺の体を求めるように体をすりよせてきた。
「アルクェイド……」
互いに見詰め合う。
そして、アルクェイドは服と呼べるようなものは身につけていないのだ。
高ぶった気持ちは、止められそうになかった。
「――アルクェイド」
もう一度唇を奪うと、俺は彼女をベットへと押し倒すのであった。
続く