「……あ」
「う」
思わずアルクェイドと顔を見合わせてしまう。
そうだよな。
つまり、簡単にアルクェイドと二人きりに……
ごくり。
思わず生唾を飲んでしまう。
「では、後はお二人で解決してくださいねー」
言うことだけ言って、琥珀さんあいも変わらずのさわやかな笑顔で部屋から出ていってしまった。
「……ど、どうしよう」
急に顔を真っ赤にして尋ねてくるアルクェイド。
「知るか、ばか」
アルクェイドの問いにまともに答えることも出来ず、俺はやっぱり琥珀さんに話すべきではなかったかなーということを本気で悩んでしまうのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
その4
「ふう……」
とりあえず二人きりで部屋にいると非常に気まずいので「下の様子を見てくる」と部屋を抜け出してきてしまった。
屋根裏部屋の掃除はアルクェイドひとりでもなんとかなるだろう。
「ん」
階段を降りる途中で階下に翡翠の姿を見かける。
「おーい、翡翠」
声をかけると翡翠は俺のほうを向いて、ぺこりと会釈をした。
「秋葉は?」
「まだ戻られていません」
「そうか。翡翠はこれからどうする?」
「今から玄関へ行くところです」
「なら俺も行くよ。秋葉の様子を伺いたいからな」
そう言うと翡翠は少し困った顔をした。
「それは得策ではないと思います」
「そ、そうかな」
「はい。普段志貴さまは秋葉さまを迎えるということはなさらないでしょう?」
「うーん」
なるほど、普段と違うことをすると怪しまれるということか。
「そうだな。それは止めておこう」
「それが無難な選択だと思われます」
翡翠がそう告げた瞬間。
ぎぎぃ、と重々しい音を立てて玄関が開いた。
「あ、秋葉さま」
扉を開けて現れたのは話題の主、秋葉であった。
「申し訳ありません。出迎えが遅れました」
すぐに頭を下げる翡翠。
メイドである翡翠は俺や秋葉が帰ってくるのを出迎えるのも仕事のひとつだ。
秋葉はそういうことに厳しくないとはいえ、最近の機嫌の悪さからして翡翠をしかったりするかもしれない。
「わ、悪い秋葉っ。俺が翡翠と話しこんでたからっ」
とっさにフォローを入れる。
「あら兄さん。もうお帰りになられてたのですか」
俺のほうを見てにこりと笑う秋葉。
そう、それはもうやたらとさわやかな笑顔で。
「あ、秋葉?」
俺は思わずたじろいだ。
「何ですか、バケモノを見るような顔をして」
はぁと小さくため息をつく。
「い、いや別に何でも」
おかしい。
最近の秋葉は間違いなく不機嫌だったはずだ。
こんなに上機嫌のはずがあるわけがない。
「翡翠」
秋葉は首だけ動かして翡翠を見る。
「はい、秋葉さま」
「別に気にしなくていいわ。でも次からは気をつけて」
「は……?」
愕然とする翡翠。
なんだあれは。
あれが本当に秋葉なのかっ?
「……。何か失礼なことを考えてませんか? 兄さん」
はっ!
気付くと秋葉が俺のことをジト目で睨んでいた。
「い、いや、ただ、秋葉の機嫌がいいなあって思ってただけだよ」
「機嫌がいい?」
首を傾げる秋葉。
だがすぐにくすりと笑みを浮かべた。
「そうですね。機嫌はいいかもしれません」
そしてそんなことを言う。
「へえ」
滅多な事では喜びそうも無い秋葉がそんなことを言うなんて。
「何があったんだよ」
興味が沸いたので尋ねてみる。
「いえ。ただ浅上の子たちが尋ねてきまして」
「浅上の?」
「ええ。生徒会の娘たちだったんですけどね」
浅上というのは浅上女学院のことである。
少し前まで秋葉はその名門学院に通っていた。
しかし今は俺と同じ学校に通っているのだ。
理由は俺の素行が気になるだとかなんだとか色々言ってたけど、俺としては気苦労が増えた感じであまり喜ばしい出来事ではなかった。
まあなんだかんだで最近は慣れて来たけど。
「その娘たちが私がいなくなって寂しいと会いに来たんですよ」
「へえ」
浅上女学院はこの家から結構遠い、というか県すら違う。
車でも結構かかる距離なのだ。
それなのにわざわざこっちまで訪れてきたと言うことは、よほど秋葉を慕っているということなんだろう。
「お姉さまのいない学園生活は灰色のようです、どうか戻って来てくださいって泣きつかれてしまいました」
「そ、そうなのか……」
さすがは女学院。
そういう気もあるのかもしれない。
「その方たちはどうされたのですか?」
翡翠が尋ねる。
「説得して帰ってもらいました。そのおかげで少し帰りが遅くなってしまったんですけどね」
「そうだったのですか」
帰りが遅くなってくれたのは俺にとって非常に嬉しいことである。
いつもどおりの帰宅時間だったらアルクェイドと鉢合わせないとも限らないからな。
おまけにその生徒会の娘たちのおかげで秋葉の機嫌もいい。
言うことなしの状態だ。
「いやあ、よかったよかった」
「? 何がです?」
「あ、いや、その」
しまった、つい本音が出てしまった。
「いや、その、秋葉が帰りが遅かったから心配してたんだよ」
ちらりと翡翠に目配せをする。
「はい。先ほどまでその話を志貴さまとしていたんです」
さすが翡翠。見事に話題を合わせてくれた。
「に、兄さん……」
秋葉はなんだか顔を赤くしてどぎまぎしていた。
うーん、こういう顔をしてれば結構可愛いんだけどなあ。
普段の印象がどうしても勝ってしまう。
「まあとにかく、そろそろ飯も出来るし、着替えてこいよ」
秋葉が上機嫌であるという情報を得れただけで相当な収穫だ。
アルクェイドにそれを伝えておこう。
「ええ、そうですね。では兄さん、また後で」
秋葉はこほんと咳払いをした後、ぱたぱたと歩いていった。
「あ、秋葉さまー」
しかしそれを引きとめる声。
琥珀さんだ。
割烹着を身にまとい、右手にはおたまを持っている。
調理場からそのまま出てきたんだろう。
「琥珀。どうしたの」
階段上から琥珀さんに目線を降ろす。
「あ、はい。まずはおかえりなさいませ。今日のお料理でちょっと聞きたいんですけど」
「料理の? 何?」
琥珀さん、何を言うつもりなんだろう。
「秋葉さまはニンニクとか大丈夫ですよね?」
「何を訳のわからないことを言ってるのよ」
「あ、いえいえ。ただの確認です。お気になさらずー」
ころころと笑う琥珀さん。
読めない。琥珀さんの行動は読めない。
「そうですよねー。アルクェイドさんじゃないですし、ニンニクなんて平気ですよね」
ぴくっ。
あ。
アルクェイドの名前が出た瞬間、秋葉の表情は間違いなく強張った。
なんてことだ。
機嫌はよくなったとはいえ、アルクェイドへの恨みは全然消えてなかったらしい。
いや、下手をすると今の一言で機嫌まで悪くなってしまったんじゃないだろうか。
「琥珀。あんな人と私を一緒にしないで。次に言ったらただじゃおかないわよ」
「はい、ごめんなさい」
秋葉はぷいとそっぽを向いてずかずか階段を昇っていった。
「……し、心臓が止まるかと思ったよ」
秋葉の姿が消えた後、琥珀さんにそう話しかける。
「うーん。出来ればアルクェイドさんも同じ食卓で食事をして頂きたかったんですけど、どうも無理そうですね」
さらりととんでもないことを言う琥珀さん。
「無理に決まってるだろ。頼むから秋葉の機嫌を損ねないでくれよ。珍しく機嫌がいいんだからさ」
「あはっ。どうしましょうかねー」
にこやかな笑顔。
ああ、だがしかし。
俺の目の前にいる人物は、間違いなく割烹着の悪魔であった。
続く