ふわりと微笑み、翡翠は部屋を出ていった。
 

うーん、なんだか爽やかな気分だ。

翡翠の笑顔は気分を和やかにしてくれる。

今日はいい夢が見れそうだ。

俺はそんな事を考えながら部屋の電気を消す。
 
 

そして悲しいことに、夜中に事件は起きるのであった。
 
 






「屋根裏部屋の姫君」
その31










ゆさゆさ。

ゆさゆさゆさ。

なんだろう。

体を揺さぶられている気がする。

「……き」

同時に聞こえる小さな声。

なんだろう。

「……」

止まった。

気のせいだったのだろうか。

「……」

寝返りを打つ。

ゆさゆさ。

ゆさゆさゆさ。

「志貴、志貴」

俺の名前を呼んでいる。

「うーん?」

誰だろう。

「アルクェイドか?」

手探りで眼鏡を探してかける。

「うん」

目を開けると暗がりの中にアルクェイドらしき影があった。

「……どうした?」

ぼーっとしている頭を掻きながら尋ねる。

「うん。その……ね」

アルクェイドははっきりしなかった。

「なんだ?」
「その、うん」

とても言いづらそうである。

「……」

そうか、きっとアルクェイドはキスで満足したとか言ってたけど、やっぱり満足できなくて夜這いに来たんだろう。

きっとそうに違いない。

「おまえも好きだなぁ」

そんなことを言ってアルクェイドに抱きつこうとする。

すかっ。

避けられてしまった。

「何が好きなのよ?」

アルクェイドの声は困惑している感じである。

「……ぬ」

どうやら夜這いに来たわけではないらしい。

いかん、寝起きのせいで変な考えをしてしまった。

「……じゃあ、何の用だ?」
「うん、その……」

やっぱり歯切れが悪い。

「……なんでもないなら寝るぞ」

無理に起こされたのでかなり眠かったりする。

「そ、その。お、お手洗い」
「お手洗い?」

お手洗いというのはまあトイレである。

「おまえなぁ。まさかトイレに行くのが行くのが怖いとか言わないよな?」

子供じゃあるまいし。

ましてや、こいつは真祖の姫君、吸血鬼なのである。

吸血鬼が夜を怖がったら商売上がったりだと思う。

「そうじゃないわよ。その、場所がわからなくて……」
「場所?」
「うん。志貴の家で行ったことなんてないから」
「そういえばそうだな……」
「家の中を手当たり次第捜せば見つかるでしょうけど、危険でしょ?」
「ああ」

アルクェイドは冴えていた。

「それで俺を起こしたってわけか」
「うん。気持ちよさそうに寝てたから起こし辛かったんだけど、その……我慢できなくなってきちゃって」
「う」

それはとてもまずい。

何がまずいって、その顔が妙に可愛く見えるのがまずい。

「じゃ、じゃあ急いで案内してやるっ」

慌てて飛び起きる。

「うん、そうして」

今更ながら、割とアルクェイドは辛そうな表情であった。
 
 
 
 
 
 

「ここだ」
「ありがとっ」

アルクェイドは足早に中へと消えていく。

「……なんか夕方よりも疲れたな」

小さい子供が家にいるお父さんの苦悩を早くも味わってしまった感じである。

「うーむ」

遠野家にはトイレは何箇所かある。

ここはその中でも秋葉の部屋から一番遠い場所だ。

よって秋葉が現れる心配もない。

「今度からアルクェイドにはここを使うように言わなくちゃな」

なんだか猫の躾をしている気分である。

猫は躾したって言うこと聞かないんだけど。

聞き分けのあるぶん、アルクェイドのほうがずっといいというものだ。

「……」

アルクェイドはまだ出てこない。

うーん、何にしても待つ時間ってのは退屈である。

「……」

といって、意識をアルクェイドのほうへ向けてしまうと変なイメージばかりが浮かんでしまう。

これはとてもまずい。

「お待たせー」

アルクェイドは上機嫌で戻ってきた。

「お、おう」

なんだか顔を見辛い。

「どうしたのよ。変な志貴」
「い、いや、なんでもない。それより、今度からはここを使えよ。一人でも来れるな?」
「うん。あ、でも妹は平気なの?」
「ああ。ここに秋葉が来ることはまず……」

こつ。

「っ?」

ふいに廊下に足音が響いた。

「アルクェイド。一応隠れてくれ」
「隠れるって……どこに?」
「天井に張り付くでもなんでもいいからっ」
「無茶苦茶だよ、もうっ」

ぶーぶーいいながらもアルクェイドは一瞬でどこかへと消えてしまった。

「……」

俺は足音のしたほうへ視線を向ける。

誰だろう。
 

こつ、こつこつ。
 

「?」

違う。

これは足音じゃない。

音は近いのに、人はまるで近づいてくる気配が無かった。

それに、まるでこれはノックの音のような……

「遠野君、遠野君っ」

声まで聞こえてくる。
 

……とおのくん?
 
 

こんな夜中に現れて、そんな呼び方をする人は俺の知り合いではひとりである。

「シエル……先輩?」

周囲を見まわす。

「はい、わたしです……」

先輩の声にはかなり困った感じがあった。

「どこにいるんです?」
「外です。窓を」

窓を見る。

先輩が窓に張りついていた。

「そ、そんな顔しないでくださいっ。わたしだってしたくてこんなことしてるわけじゃないんですからっ」

どうやら俺は凄い顔で先輩を見てしまったらしい。

「とりあえず、開けますね」

窓の鍵を開ける。

シエル先輩はそこに滑りこんできた。

「ふう……」

肩で大きく息をする先輩。

「一体どうしたんです?」

先輩は法衣姿だった。

先輩は教会の人なので、毎日夜に怪しいものはいないのかを巡回してるのだ。

「いやはや……しくじってしまいまして」

苦笑している先輩。

「しくじった?」
「はい。それというのも全部セブンのせいなんですけどね」
「セブン?」
「あ、いえ、その……まあ、わたしの飼っている馬……じゃない、ね、猫なんですけど」

一瞬馬とか聞こえたけど多分気のせいだろう。

「先輩、猫なんて飼ってたんですか」
「ええ、まあ、その、はい。その……猫が、まあ、ちょっとおまわりさんに見つかってしまいまして」
「おまわりさんに……ですか」
「ええ。それでわたしも見つかって職務質問されそうになっちゃったんですよー」

職務質問。

それは概ね怪しい人に向かって警察官が色々と尋ねることである。

「それはやばいですね」

先輩はバケモノ退治のために剣やら火薬やらその他諸々を一杯所持している。

警察につかまったらそれこそさあ大変である。

「ええ。それでおまわりさんの一応記憶のほうは消しておいたんですけど。非常に危険なので逃げてきたんですよ」

なんだか怖いことをさらりと言ってのけるシエル先輩。

「自宅に逃げたほうがよかったんじゃ?」
「いえ、その。セ……荷物が重くて」
「はぁ」

見た感じそんな重そうな荷物はないんだけど。

「あ、荷物は外に落ちてます」
「外に?」

覗くと、暗闇の中になんだか物騒な鈍器が確かに落ちていた。

「なるほど、重そうですね」

あんな鈍器を振り回す先輩を想像したらぞっとしない。

「はぁ、まったく今日は不運だとしか言いようがありませんよ」
「そうですね……俺も今日はついてなかったですし」

不運というものは周りに広がるんだろうか。

「遠野君も不運だったんですか?」
「いや、まあ、その色々ありまして」

正確には不幸と幸運がいっぺんにきたってところだろうか。

まさかアルクェイドと同棲することになりましただなんて言えやしない。

「はぁー。遠野君も大変ですねぇ」
「まったくですよ……」

溜息をついてしまう。

「……はっ!」

待てよ。

この展開はまずい。

イヤな予感がびんびんする。

「それで、お願いがあるんですけれど」

うわあ、予感的中っぽい。

「ななな、なんでしょう」

それでも俺は、予感が外れることだけを祈ってそう聞いた。

だけど。
 

「他のおまわりさんもまだ見まわってるでしょうから……その。申し訳無いんですけれど、今晩泊めて頂けないでしょうか?」
 

こういう予感ばっかり当たってしまうのであった。

続く



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