イヤな予感がびんびんする。
「それで、お願いがあるんですけれど」
うわあ、予感的中っぽい。
「ななな、なんでしょう」
それでも俺は、予感が外れることだけを祈ってそう聞いた。
だけど。
「他のおまわりさんもまだ見まわってるでしょうから……その。申し訳無いんですけれど、今晩泊めて頂けないでしょうか?」
こういう予感ばっかり当たってしまうのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
その32
「それは……ええと、あの、その……」
どう言ったらいいんだろう。
アルクェイドが屋根裏にいるんで無理です。
なんて言えるわけが無い。
かといってシエル先輩を危険のある外へ出ていってもらうという選択も出来ない。
「うー」
ああくそう、どうしたらいいんだろう。
「あ、あのっ、その。そんな、深い意味はないんですからっ。そんなに悩まないで下さい」
シエル先輩は何故か顔を赤くしていた。
「う、え、いや。その、はい」
そうだ、よく考えたら夜中に女性が現れて泊めて欲しいだなんて、最高のシチュエーションである。
他に相手さえいなければ、の話であるが。
とにかくシエル先輩とアルクェイドは犬猿の仲なのである。
二人を会わせてはいけない。
顔を合わせたら、まずなんでここにいるかが問題になる。
アルクェイドのヤツはバカ正直に答えるだろう。
そうすると多分シエル先輩はものすごく怒ってしまう。
そして戦闘開始。
騒ぎを聞きつけ、翡翠や琥珀さん、その上秋葉まで起きてくる。
秋葉に二人を目撃され、これはどういうことだと問いただされる。
ゲームオーバー。
「……」
ここでの選択肢はまさに死をかけた選択肢のようだ。
冷静にどうするべきか考えなくてはいけない。
だが考えすぎは禁物だ。
アルクェイドはどこに消えたのだかわからないのだから。
「えーと、えーと……」
今はどこにいるか知らないが、アルクェイドはとりあえず俺の部屋の屋根裏に戻るのだ。
つまりシエル先輩は俺の部屋から出来る限り離れた場所にいてもらわなくちゃいけない。
なおかつ、秋葉にばれないような場所。
……そんな場所、あるのだろうか。
「あの、いいんですよ遠野君。迷惑でしたらそうと言ってください。なんとか家まで帰りますので」
俺が悩んでいるとシエル先輩はそんなことを言ってきた。
「そんな危険な真似させられないよ」
なんだかんだで先輩には色々と世話になっているのだ。
ここで恩義を返さねば男が廃るというものだ。
義理と人情、道理と筋だ。
「そうだ。いい場所があるっ」
和風な考えをしていたら、いい場所を思い出した。
俺の部屋から遠い場所にあり、なおかつ秋葉にばれなさそうな場所。
「あるんですか?」
「はい。その、朝までには帰って貰わなくちゃいけないんですけど」
「それは大丈夫ですよ。元々野宿して、日がでたら制服に着替えてこっそりと家に帰るつもりでしたから」
「制服持ってきてるんですか?」
「ええ。最初はすぐにそれに着替えて家に帰ろうかなと思ったんですが、無理だと判断しまして」
「無理? なんでです?」
「こんな夜中に制服姿の女の子が歩いてたら変でしょう? どのみちおまわりさんに声をかけられちゃいます」
「そっか……そうだよなぁ」
何時なのかわからないけど、多分夜中の三時くらいなんだろう。
そんな時間に女の子が一人で歩いてるのを見たら、おまわりさんじゃなくても声をかけるかもしれない。
「まあとにかく、いい場所があるんで、案内しますよ」
「すいません。ほんとに」
「いえいえ。先輩は悪くないですよ。猫が原因だったんでしょう?」
「ええ。本当にあのバカセブンは。家に帰ったら、びしっとしかっておきます」
先輩も色々大変なようである。
「んじゃ、庭で待っててくれます?」
「庭ですか?」
「ええ。すぐ行きますんで。荷物持って待っててください」
「わかりました」
先輩は華麗に窓から飛び降りていった。
着地時にまったく音がしないところが先輩の凄いところである。
「さてと」
俺も急がないといけない。
「……けどその前に」
アルクェイドを探しておいたほうがいいだろう。
「アルクェイド〜?」
名前を呼びながら廊下を歩く。
しばらく歩いたがアルクェイドは出てこない。
「……どこ行ったんだ?」
結局俺の部屋の前まで戻ってきてしまった。
「中にいるかな」
ドアを開く。
「いた」
というか俺のベッドの上で寝ていた。
「コノヤロウ……」
俺が先輩と鉢合わせやしないかと心配してた時に、こいつは眠りに浸ってたわけだ。
「……まあ見つかっただけいいか」
問題は俺がどこで寝るかってことだけど。
それはあとで考えよう。
さっさと先輩を案内して――
「んー? 志貴ー?」
――起きてしまった。
「部屋に戻ってたのか」
仕方ないので話しかける。
「うん。志貴の部屋が一番安全かなって思ったから」
「そうか」
「それで……」
「それで?」
アルクェイドが怖い顔をする。
「なんだか志貴の体からうっすら教会の気配がするんだけど。まさか足音ってシエルだったの?」
「き、教会の気配?」
「聖水とかなんかそんな感じがするから」
さすがに真祖の感覚は伊達ではない。
アルクェイドの言う教会の気配というのはシエル先輩のつけていた聖水によるものだろう。
前に先輩に聞いたことがあるのだが、それをつけているだけで魔物の発する瘴気だかなんだかを防ぐことができるらしい。
先輩と話している間に俺にも聖水の効果が移ってしまったのだろう。
「き、気のせいじゃないか? 先輩がこんな時間に現われるはず無いじゃないか」
「むー」
くそう、こんなときばっかり鋭くて困る。
「え、ええと……」
何かいい言い訳を考えなくては。
「……ま、そうよね。よっぽどのポカをしない限り、シエルが一般人を巻き込むようなことないし」
幸いにもアルクェイドのほうで自己完結してくれた。
先輩と話してたのも少しの時間だったから、聖水の効果も薄かったのだろう。
「は、ははは……」
もっとも、巻き込まれてる一般人の心境としては結構複雑なものであった。
「足音は翡翠のだったよ。別に心配無かった」
とりあえず嘘を言って誤魔化しておく。
「そっか。よかったね」
にこりと笑うアルクェイド。
「ああ」
そう満面の笑みを浮かべられると少し良心が痛む。
だが二人を鉢合わせるわけにもいかないじゃないか。
「じゃ、俺もトイレに行ってくるわ」
先輩を案内しにいくため、そう言って部屋を出ることにした。
「あれ? 行ってくればよかったのに」
「先におまえを探しに来ちゃったからな」
「そっか」
「そういうことだ。んじゃ、大人しく屋根裏で寝てろよ。絶対の絶対だからな」
「わかったわ」
アルクェイドが外に出ないようにしっかり念を押して、俺は玄関へと向かっていくのであった。
続く