先輩を案内しにいくため、そう言って部屋を出ることにした。
「あれ? 行ってくればよかったのに」
「先におまえを探しに来ちゃったからな」
「そっか」
「そういうことだ。んじゃ、大人しく屋根裏で寝てろよ。絶対の絶対だからな」
「わかったわ」
アルクェイドが外に出ないようにしっかり念を押して、俺は玄関へと向かっていくのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
その33
外は意外と明るかった。
「……月が出てるのか」
空を眺めると半月がかかっていた。
あと一週間くらいで満月だろう。
そうなったらアルクェイドと月見でもするか。
「わかりましたかセブン。しばらくは散歩がしたいとか言っても許しませんからねっ!」
「そんなー。横暴ですー。人権迫害ですー」
先輩の待っているほうへと歩いていくと、そんな声が聞こえてきた。
誰と話してるんだろう。
「シエル先輩?」
「わ、わっ!」
わたわた慌てた素振りをする先輩。
どさっ!
その拍子で、持っていた鈍器が地面に落ちた。
うわ、地面がめり込んでるよ。
「お、驚かせちゃいました?」
「いえ、その。例のセブンにちょっとお説教してたんですが。今の音で驚いて逃げちゃったみたいですね。あはは……」
「……」
そのセブンというのは本当に猫なのだろうか。
どうも怪しい。
しかしシエル先輩はその辺に触れて欲しくなさそうなので、聞くのは止めておこう。
「そういえば聞きたいんですけど。俺があそこにいなかったらどうするつもりだったんです?」
変わりに別の質問をしてみることにする。
シエル先輩は正直いってかなり唐突に現れた。
あそこに俺がいたからよかったものの、もし誰もいなかったら野宿をすることになっていたわけである。
「あ、はい。実はその。失礼な話なんですが、遠野家の庭で野宿させてもらおうと思ってたんですよ」
「先輩。それは不法侵入で不法滞在です」
「あ、あはは……はい、すみません」
苦笑している先輩。
「それでまあ、庭まで入ってきたわけですが。そうしたら明かりがついているのに気付いたわけです」
「明かり?」
「ええ。あそこですね」
上を指差す。
確かに明かりが点いていた。
どこだろう、あそこは。
「それで誰か……まあ、遠野君がですが、いてくれたら助かるなーと思って覗いたら、見事遠野君がいたわけですよ」
「なるほど」
つまり明かりが点いてたのはトイレで、アルクェイドの出てくる前後あたりを先輩は覗いた訳である。
アルクェイドが見られなかったのはまさに幸運だと言える。
「いや、ほんとによかったですね」
俺は自分自身に言い聞かせるような感じでそんなことを言った。
「全くです」
先輩も笑顔だった。
「んじゃ、行きましょうか」
こんなところで長話をするのもなんである。
「どこへ行くんです?」
「離れですよ。あそこならまず誰も来ないですから」
「あ、なるほど」
遠野家の庭には離れの屋敷がある。
昔使用人さんたちが使っていたという、割と大きなものだ。
休日の昼間とかにはこっちでぼーっとしてたりすることもある。
以前は秋葉と琥珀さんが夜中にこっちに来ていて何やらやってたけど、最近はそういうこともないので安全だろう。
「それじゃ……よっと」
「せ、先輩。大丈夫ですか?」
「ええ、平気ですよ」
先輩はさっきの重そうな鈍器を平然と持ち上げていた。
アルクェイドもだけど、先輩も怒らせたくないなぁ。
「こっちです」
俺は先輩の前に立って離れへと歩いていった。
離れの鍵は閉まっていた。
当たり前だ。
閉まってなかったらむしろ困る。
「えーと」
確か離れの鍵は植木鉢の下に隠してあるのだ。
右から4番目の植木鉢。
「……あれ?」
無い。
「どうしました?」
「いや、確かここに鍵があったはずなんですけど……」
植木鉢を片っ端から持ち上げてみる。
どこにもない。
「隠し場所変えたのかなぁ」
最近誰もここを使ってなかったから、普通に家の中に置くことにしたのかもしれない。
「鍵がないんですか?」
「ええ。参りましたね」
一応俺の力を使えば鍵を『殺す』ことは出来るだろうけど、それじゃあ俺が開けましたと言っているようなものである。
「わたしが開けましょうか?」
するとシエル先輩がそんなことを言った。
「へ?」
思わずマヌケな言葉を返してしまう。
「いざというときのために鍵開けの技術は習得してるんです」
シエル先輩はそう言うと鈍器をどすんと置いて、ポケットから針金を取り出した。
「ま、まさかそれで開けるんですか?」
「ええ。これでも上手いんですよ。見ててくださいな」
言うなりかちゃかちゃと鍵をいじくりだす先輩。
かちゃん。
「開きました」
「……」
時間にしたら約5秒。
「なんだか泥棒に転職したら役立ちそうな特技ですね」
俺は正直な感想を述べた。
「そ、そんなことしませんっ。あくまで正義のための技ですっ」
正義の鍵開け技ってどんなのだろう。
「……まあおかげで中に入れるわけだし」
少なくともアルクェイドよりは非常識じゃない。
どうも最近驚きの感覚がずれてきてしまった気がする。
「ちゃんと帰るときは閉めておきますよ」
「お願いしますよ」
先に中に入る。
「こっちは和式ですんで、玄関で靴を脱いでください」
「あ、はい」
本家は洋式なので一日中靴履き状態だが、こっちは畳のある和式部屋なので靴は脱ぐのである。
こっちの離れのほうがそういう意味では落ち着ける。
「電気はヒモを引っ張れば点きますけど……出来れば点けないでお願いします」
「ええ。秋葉さんに気付かれたら大変ですからね」
なんでか知らないけど、秋葉はアルクェイドと同じようにシエル先輩が嫌いらしいのである。
アルクェイドはともかく先輩はいい人なのに、なんでだろう。
「本当に色々すいません、遠野君」
暗い部屋の中で、本当に申し訳なさそうな先輩の声がする。
「いや、いいんですよ。気にしないで下さい」
困ったときはお互い様なのだ。
俺の場合、助けてくれる人よりも好戦的な人のほうが多いことが問題だけど。
「遠野君……」
いかん、先輩の声が妙に艶っぽく聞こえる。
「じゃ、じゃあそういうことで」
早めに撤収することにしよう。
「は、はい。それでは、おやすみなさい」
挨拶をして、俺は離れを後にした。
「ふう……」
屋敷に戻りながら、空に出ている月を眺める。
月は青白い光を放ち、ぼんやりと浮かんでいた。
「……」
傍の木に寄りかかって、ぼんやりと考える。
屋根裏部屋にアルクェイド。
離れにシエル先輩。
そして屋敷の中に秋葉。
「……はは、は」
なんだか今の俺は魔の三角地帯の中にいるような感じであった。
続く