屋根裏部屋にアルクェイド。
離れにシエル先輩。
そして屋敷の中に秋葉。
「……はは、は」
なんだか今の俺は魔の三角地帯の中にいるような感じであった。
「屋根裏部屋の姫君」
その34
部屋に戻ってきた。
「……」
屋根裏へのはしごは仕舞われていた。
アルクェイドは屋根裏で眠ってくれているらしい。
「助かった……」
少なくともこんな心境じゃアルクェイドとあれやこれやをすることは不可能であった。
「……寝よう」
とりあえず起きていると不安で仕方が無い。
無責任かもしれないけれど、眠ってしまうことが一番のような気がしてきた。
「おやすみなさーい」
寝転がって頭から布団を被る。
羊が1匹羊が2匹、羊が3匹。
羊が16827匹。
「……眠れない」
羊を数えていても、頭の中は不安で一杯だった。
羊が出てくる傍からアルクェイドやら秋葉やらシエル先輩の戦いに巻き込まれていく。
そんなイメージである。
つまり、もし万が一アルクェイドや秋葉、シエル先輩たちが遭遇してしまったら。
こんな夜中にそんなことあり得ないだろうけれど、そう自分に言い聞かせようとすればするほど不安は高まっていった。
このままじゃ、不安で押しつぶされそうである。
なんとかしなくては。なんとか。
「でもいい方法は思いつかないし……」
このままそっとしておくのがベストなのかもしれない。
だけど、こんな不安状態で何もしないでいるってのは、ものすごい恐怖だ。
何かしなくては落ち着けない。
「どうしたらいいんだろう……」
一人で考えているとどうしても煮詰まってしまう。
「……」
仕方が無い。
こういう時に頼りになりそうなのは、一人だけである。
「琥珀さんのところに……行ってみるかな」
煮詰まってしまった俺は、そんな選択肢を選んだのであった。
「……」
そんなわけで琥珀さんの部屋の前。
歩いてくる間になんだか少し冷静になってしまった。
「こんな夜中に女性の部屋を尋ねるってのも失礼だよなぁ」
そもそも起きているかどうかすら怪しい。
「……」
だけど部屋に戻ってしまったら、また思考のループが続いてしまうのだろう。
「……ノックして、出てこなかったら諦めよう」
来てしまったわけだし、何もしないで帰るのも芸が無い。
こんこんこん。
「はーい」
意外にもあっさり返事が返ってきた。
「どなたでしょう?」
ドアが開く。
「や、やあ琥珀さん」
必要な時だけ助けを頼むと言った手前、いきなり助けを頼むのはなんだか情けなかった。
しかもこんな夜中に。
「あ、やっぱり志貴さんですかー。どうしたんです? 眠れないんですか?」
「え? やっぱり?」
「まあまあ、どうぞ中へー」
「はあ」
言われるままに部屋の中へと入る。
「あはっ」
琥珀さんは笑顔でベットの上へと寝転がる。
そして何やら怪しいポーズ。
「志貴さんったらこんな夜中にわたしを求めに来るなんて。いいですよー。お好きなだけわたしを味わってくださいなー」
「ちょ、こっ、琥珀さん?」
「冗談ですよ」
心臓に悪すぎる。
「脅かさないで下さいよ……」
「ふふふ。すいません。つい。それで、先ほどやっぱりと言ったことについてですが。志貴さん。先ほどどなたかと外を歩かれてましたよね」
「え? なんでわかるの?」
「何でもなにも。この部屋からは離れは一番見えるんです」
「そ、そうなんだ」
それは全く気付かなかった。
「わたしはてっきりアルクェイドさんと離れで愛の巣を築きに行ったとばかり思ったんですけれど」
「あ、愛の巣って……」
夜中のせいなのか、危ない発言が続く琥珀さん。
「……うーん、どうも深夜番組の見過ぎですね。変な方向に考えがいってしまいます」
自分で気付いて反省してくれた。
「こんな時間まで起きてたのって、深夜番組を見るためなの?」
「はい。毎日やってる『必見! 世界のびっくり通信販売』が楽しみなんですよ」
「……」
きっとその怪しい番組で例の椅子チェンジ型ベッドとか買ったんだろうなあ。
「まあともかく。離れに一緒に行ったのはアルクェイドさんとではないんですか?」
「うん。それがその、ちょっとややこしい話なんだけど……」
俺はシエル先輩が教会の人間であるということを省いて離れに泊まることになった経由を説明してみた。
「つまり怪しい人に捕まりそうになったから家に逃げてきたということですか」
そうするとそんなことになってしまった。
「う、うん。眠れなくて外を歩いてたらさ。先輩がいて、そういう話を聞いたんだよ」
事実と270度ほど食い違っている気がするけど、この際仕方が無いだろう。
要するに先輩が泊まることになったというところさえ合っていればいいのだ。
なんだか俺もいいかげんになってきた気がする。
「それは大変でしたねー。なるほど、泊めて差し上げなければ男が廃るというものです」
「まあ、うん。……でもさ、アルクェイドと先輩って仲悪いだろ?」
「そうですねー。秋葉さまとシエルさんもあまり仲が宜しくないようですし」
アルクェイド、秋葉、シエル先輩の仲の悪さは一度遠野家で食事会をやったときにすぐに理解されてしまった。
つまりまあ、視線でのプレッシャーの掛け合いみたいのがあったのだ。
琥珀さんは楽しそうにそれを見てたが、翡翠は終始困った顔でちょっとかわいそうだった。
「それが今さ。アルクェイドが屋根裏部屋にいて、先輩が離れにいる。秋葉は自分の部屋。この状態で誰かが誰かに出会ったらどうしようって思うと心配でさ」
「なるほどなるほど。万が一秋葉さま、アルクェイドさん、シエルさんが出会ってしまったら波瀾は必然ですからねー」
「でしょう? それを考えると怖くて怖くて……」
琥珀さんは知らないけれど、本気モードのアルクェイドやシエル先輩は、まさに人外、マンガのような戦い方をするのだ。
「ですね。志貴さんの不安もごもっともです。ですがご安心を。このいざという時の切り札琥珀、志貴さんのために一肌脱ぎましょう」
「ほ、ほんとっ?」
「ええ、でもえっちな意味じゃないですよー」
「わ、わかってますって」
だから変なポーズを取るのは止めてください琥珀さん。
「あはっ。ではさっそく……」
ベッドから降り、戸棚を開けて何やら探し始める。
そこへ。
「はーい、みんな元気にしてたかな? 今日もこのサムソンが『必見! 世界のびっくり通信販売』をお送りするぜ!」
なんともいえない怪しい声。
テレビを見ると、ムキムキマッチョなアメリカ人(推定)が光らせている。
「あ、あのう……志貴さん、この番組が終わってからでもいいですか?」
琥珀さんは完全にその怪しい通販番組に心奪われてしまっていた。
「……好きにしてください」
俺は全身脱力しながらそう答えるのであった。
続く