「むーっ! なにしてるのよ妹ーっ!」
 

そこに響く怒声。
 

「あ、あ、あああ、ああああああああ……」
 

起きてしまった。

ついに、最も起きて欲しくない事態が。
 

「……アルクェイドさん?」
 

遠野家のリビングで半月の下、アルクェイドと秋葉は対面するのであった。
 
 



「屋根裏部屋の姫君」
その38











「あ、あ、ああき、秋葉っ。おおお、落ち着いて聞いてくれっ」

まずは何が何でも秋葉を落ち着かせるのが先決だ。

こんな夜中に、しかもパジャマ姿のアルクェィドなんかを目撃されてしまったのだ。

秋葉は相当に逆上していることだろう。
 

「―――――――――」

ところが秋葉は何も言わず、じっとアルクェイドを見つめていた。

「……ふ、ふ、ふふふ」

そして突然笑いだす秋葉。

怖い。

怖すぎる。

恐怖のあまり、俺は何も言葉に出来なくなってしまっていた。

「ふふふ、ふふふふふ……」
「な、何よ……」

不気味ともいえるような笑い声を出す秋葉を見て、アルクェイドもたじろいでいた。

「そうですよね。おかしいと思ったんです。どうかしています。兄さんではないですけれど……本当に、どうかしてます」

俺、そんなにどうかしてるなんて言ってたっけ。

「そうでなければ、こんなに簡単に兄さんに気持ちを伝えられたはずありませんから」
「う」

さっき秋葉に好きといわれたこと、そして秋葉の艶っぽい瞳が脳裏に浮かんだ。

「そう、つまり兄さん。そういうことなんですね?」
「……」

ああ、ダメだ。

秋葉は気付いてしまったようだ。

俺がアルクェイドをこの遠野家に泊めていたことに。

もう逃げられない。

この先は間違いなく地獄だ。
 

「そうなんですね? 兄さん」
 

ああ、でも。

秋葉の普段のキツイ口調が、ちょっとひねくれた愛情表現だったんだと思うと、なんだか怖くなくなった。

これも俺のふがいなさが招いた事態だ。

甘んじて受け入れよう。
 

「そう、これは夢なんですね」
 

あれ?
 

「あ、秋葉?」
「思えばおかしいことばかりでした。朴念仁の兄さんが変に優しいことを言うし」
「う」

そんなに普段の俺は酷いんだろうか。

ちょっと考えてしまう。

「ふーん。志貴、妹には優しいんだ」

アルクェイドはアルクェイドで勝手にむくれている。

「だあ、お前は黙ってろ。話がややこしくなる」
「そうです。私の夢なんですから、あなたなんか出てこなくてもいいんですっ」

秋葉は明らかに変なことを言っている。

どうやら今のこの状況が夢であると思っているらしい。

それは非常に嬉しい勘違いだ。

「何よ」
「いいから黙ってどっか行ってろ」
「うー」

一歩下がるアルクェイド。

だがそれ以上は動いてくれない。

「わたしと兄さんは愛し合ってるんですから、あなたの入りこむ余地なんかないんですっ」
「な、なんですってぇ!」
「え、ちょ、秋葉っ!」

よりにもよってそんなアルクェイドを怒らせるようなことを言わなくたっていいだろうに。

アルクェイドは猫のように秋葉を威嚇していた。

もっともそのオーラは猫なんか比べ物にならない。

まさに圧倒的なパワーだ。

「戦るというのですか? ふふ、わたしの夢の中で勝てるとお思いなんですか?」

秋葉の髪の色が赤く変わり始めている。

こっちもかなりマジである。

これは非常に危険だ。

夢の中ならば家の中でいくらドンパチやろうと構わないけど、ここは確かに現実なのだ。

そんなところで暴れられたらたまらない。

「あ、秋葉、落ち着いてくれっ」

アルクェイドと秋葉の間に割って入る。

「……兄さん」
「ほ、ほらさ。せっかくの夢なんだからさ、そんなわざわざ悪夢にしなくたっていいだろ? な?」

我ながらよくわからない説得をしている。

「そうですね……わざわざあんな人を相手にする必要ありませんか」

秋葉の髪の色が戻る。

一安心だ。

でも背中に感じるアルクェイドの視線がかなり痛い。

「ならばせっかくですから」

秋葉は妖艶な笑みを浮かべながら俺に近づいてくる。
 

「あの人に見せつけてやるというのはどうです?」
「え?」

はっとしたときにはもう遅かった。

秋葉は俺に抱き着いてきて――唇を奪われた。
 

「……!」
 

あまりの衝撃に呼吸が出来ない。

最初は唇を重ねるだけのキス。

「……ん、ん……っ」

だけど、慌てて口を開いた瞬間に、舌を入れられた。

「ん……ちゅ……」

秋葉の舌が、唾液が俺の舌に絡みついてくる。

全てを奪い尽くされるような濃厚な口付け。

「……」

そして背中に感じる悪魔のような重圧の視線。

秋葉の小さな身体。

衣服を通りぬけて感じる体温。
 

こんな状況、酷すぎる。

どちらにも揺らげない、どちらにも頼れない。

こんな状況がこれ以上続いたら、遠野志貴はおかしくなってしまう。
 

「……兄さん……」

秋葉が唇を離す。

ようやっと、まともに呼吸が出来る。

「はあ……う……あっ?」

息を吸った瞬間、視界が揺らいだ。

いけない、最近めっきり減ってたのに。

眩暈だろうか。

「ぐあっ」

背中を思いっきりぶつけた。

違う、眩暈なんかじゃない。

「ふふ、ふ……」

俺の上で薄く目を開いて笑う秋葉。

俺は秋葉に押し倒されてしまったようだ。
 

「あ、秋葉。何を――」
「あら兄さん。男と女が床に寝てすることと言ったらひとつではありませんか?」
「! ま、まずいってそれはっ!」

心の準備がっ!

じゃなくてっ。

「ア、アルクェイドだって見てるんだぞっ?」
「ええ。だから見せつけてやると言ったじゃないですか」

うわあ、目がマジだ。

秋葉の能力なのか、あんまりにも気が動転してしまったからなのか、俺の体はまったくもって動かなかった。

「兄さん……」

秋葉はいよいよ自らのパジャマのボタンに手をかけはじめてしまった。

まずい、とてもまずい。

「あ、秋葉――」

目の前で秋葉の薄桃色の肌が。
 

とす。
 

「とす?」

身体が横に揺れて。

ぱたりと秋葉は倒れてしまった。
 

「あ、あれ……?」

秋葉が倒れ、人影が俺の目の前に現れる。
 

「志貴さま。お怪我はありませんでしたか?」
 

それはいつものように平然とした顔をしている翡翠であった。

続く



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