「……し、心臓が止まるかと思ったよ」

秋葉の姿が消えた後、琥珀さんにそう話しかける。

「うーん。出来ればアルクェイドさんも同じ食卓で食事をして頂きたかったんですけど、どうも無理そうですね」

さらりととんでもないことを言う琥珀さん。

「無理に決まってるだろ。頼むから秋葉の機嫌を損ねないでくれよ。珍しく機嫌がいいんだからさ」
「あはっ。どうしましょうかねー」

にこやかな笑顔。

ああ、だがしかし。
 

俺の目の前にいる人物は、間違いなく割烹着の悪魔であった。
 
 



「屋根裏部屋の姫君」
その5











「姉さん」

そこで、俺たちの様子を黙って見ていた翡翠が口を開いた。

「あまり志貴さまをからかってはいけません」
「あはっ。そうだね。志貴さんって反応が面白いからついからかいたくなっちゃうんですよー」
「え? え?」

どうも事体がさっぱり飲みこめない。

「どういうこと?」

俺は翡翠に尋ねた。

「姉さんの悪い癖です」

翡翠は淡々と答えた。

「悪い癖って……」
「あはっ。好きな子に意地悪したくなっちゃう心理ですね」

琥珀さんはころころ笑っていた。

「え、いや、その」

それはつまり俺のことが好きだと言っているようなものである。

「もちろん秋葉さまのこともわたしは大好きですから。ある程度は秋葉さまにも情報を与えてさし上げませんと」

ああ、なんだ。そういう意味で好きってことか。

「それでアルクェイドの話をしたってわけ」
「ええ。まあそういうわけです。後は出来る限り志貴さんに協力させていただきますよ」
「うん。強要は出来ないから、そのくらいで頼むよ」

アルクェイドのことで翡翠や琥珀さんにあまり気を使わせるのも悪いだろう。

「それで志貴さん。アルクェイドさんはどうなさったんです?」
「ん、多分部屋の掃除をしてると思うけど」
「あらー……」

琥珀さんは二階を眺め、ちょっと困った顔をした。

「……」

翡翠も難しい顔をしていた。

「ど、どうしたの、二人とも」

尋ねると、翡翠が難しい顔のままこう言った。

「……アルクェイド様が、じっとなさっていればいいんですけれど」

あ。

「ま、まずいなそれは」

アルクェイドには掃除をしておけと言ってはおいたが、じっとしていろとは言わなかった。

どたんばたん音を立てて掃除をすれば、秋葉が怪しむかもしれない。

「……行ってこよう」

俺は二階が修羅場になっていないことを願いながら呟いた。

「ご武運を」
「無事に帰ってくることをお祈りしますね」
 

もう既に秋葉にばれていることを前提とするような、二人の励ましであった。
 
 
 
 
 
 

「あれ」

意外にも二階は静かだった。

「おかしいな」

静かなほうが嬉しいのだけれど、なんだか拍子抜けした気分だ。

「……」

俺の部屋の前。

やっぱり静かだ。

アルクェイドはどうしたんだろう。

ぎぃ……

ゆっくりとドアを開ける。

「ん」

天井を見るとはしごは仕舞われ、隠し扉も閉められていた。

アルクェイドにしてはなかなか気が利いている。

「おーい、アルクェイド」

天井に向かって呼びかけた。

「なぁに?」
「だわあっ!」

なんとアルクェイドは逆さまの格好で窓から顔を覗かせてきた。

「へ、変な登場の仕方するなよ……」
「窓から外を見てたら志貴の声が聞こえたから。ドア開けるのも面倒だし、こっちのほうが早いかなーって」

そのままアルクェイドはくるりと回転して俺の部屋に侵入してきた。

「ばか。降りてきたら俺が上に行けないじゃないか」
「あ、そっか」

まったくアルクェイドはどこか抜けている。

「んー。でも掃除は終わったよ?」
「え? もう終わったのか?」

話しこんでいたとはいえ、そこまで時間は経っていない筈なのだが。

「うん。見てみる?」
「おう」
「じゃ、こっちこっち」

アルクェイドは隠し扉のあるところまで歩いていき、くいくいと手招きをした。

「はしごが無くちゃ登れないだろ」
「大丈夫よ」

そう言うとアルクェイドはぐいと俺の体を抱き寄せた。

「おい、こら、ちょっと」

急なことなのでどぎまぎしてしまう。

「もう、じっとしててよ。飛べないでしょ」

アルクェイドは少し頬を赤らめながら言った。

「あ、悪い」

どうやらアルクェイドは俺を抱えて飛ぶつもりらしい。

うーん、こういう場合男が抱き寄せたほうが正しいんだろうけど、俺の力では天井までは飛べるわけがない。

大人しくアルクェイドにくっついていることにする。

「じゃあ行くよ?」
「おう」

少し緊張する。

「えいっ」
「うおっ……」

瞬間、ふわりと体が浮いたと思ったらあっという間に天井まで到達していた。

ばたんっ。

そのまま天井の扉を開け、アルクエィドは華麗に着地する。

が、俺がいることを忘れている。

「ばか、こらっ!」

一人ぶんしか横に移動していないので俺の下には当然床が無い。

咄嗟にアルクェイドに抱きついた。

「え、ちょっ……」
「うおっ?」

ところが。

重力の法則にしたがって、俺の体は落下しているのである。

アルクェイドのおなかの部分に抱きつくつもりだったのに。

アルクェイドの姿はみるみる見えなくなってしまう。

「くっ!」

俺の腕はかろうじて何か布のようなものを掴んだ。

「ちょ、ちょっとちょっと志貴ーっ!」

アルクエイドが慌てた声を出す。

「あ、暴れないでくれっ!」

たぶん俺が掴んでいるのはアルクェイドの服の一部なんだろう。

しかし今の俺は足は完全に宙ぶらりんの状態だ。

この掴んでいる部分を離したら完全に落下してしまう。

「う……ぐ」

俺の下半身がゆらゆらと揺れる。

床はかなり遠く見える。

「は、離してよ志貴っ!」
「馬鹿言うな、落ちる!」
「だ、だって、ス、スカートっ。スカート脱げちゃうっ!」
「え?」

視線を上に。

すると、振り向き加減のアルクェイドが今にも脱げそうなスカートを必死で押さえていた。

というかお尻の部分は半分見えてしまっている。

うーむ、まぶしい純白。

「ば、ばかっ、見ないでよっ」

アルクェイドは顔を真っ赤にして片手をぶんぶんと降りまわす。

「うわ、うわっ」

シャレにならない。

このままじゃ落っこちて床に激突してしまう。

「あ、アルクェイドっ! 落ち着けっ! 俺は目をつぶるから、俺の手を掴んで引っ張り上げてくれっ!」
「だ、だってスカートが……」
「目をつぶるから!」
「わ、わかったわ」

アルクェイドがゆっくりとかがんでいく。

いかん、目を閉じなくちゃな。

「……」

ぐいっ……

体が上がって行くのがわかる。

ず、ずずず……

上半身に床の感触。

ああ、床があるってことはこんなに安心することだったんだな。

ずずず……

つま先まで完全に床が触れた。

体を完全に引き上げてくれたってことだろう。

「ふう……」

アルクェイドの吐息が聞こえる。

「助かったよアルク……」

そう言いながら目を開く。

「あ、ま、まだ駄目だってばっ!」
「え」
 

俺の目の前には、白い布に包まれたお尻を丸出しにしたアルクェイドが顔を真っ赤にして慌てているのであった。
 

続く



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