「ふう……」

アルクェイドの吐息が聞こえる。

「助かったよアルク……」

そう言いながら目を開く。

「あ、ま、まだ駄目だってばっ!」
「え」
 

俺の目の前には、白い布に包まれたお尻を丸出しにしたアルクェイドが顔を真っ赤にして慌てているのであった。
 
 




「屋根裏部屋の姫君」
その6












「わ、悪いっ」

慌てて後ろを向く。

「駄目だって言ったのに……ばか」

アルクェイドは背筋がぞくっとするような声を出した。

なんていうか、可愛すぎる。

「んしょ……と」

アルクェイドはスカートを履きなおしているようだ。

「いいよ」
「おう」

くるりと振り返る。

そこにはすっかりいつもどおりのアルクェイドがいた。

まだ少し顔が赤いけど。

押し倒したくなってしまう気持ちをなんとか押さえる。

「……スカート伸びちまったか?」

とりあえずそんなことを聞いてみた。

「それは平気みたい」

くいくいと自分で軽くスカートを引っ張るアルクェイド。

さすが真祖の姫君の洋服、普通の布で出来ていないのかもしれない。

脱がそうと思えばすぐ脱がせられるんだけど、それは別の話だ。

「まあ……なんていうか、悪かったよ」

それでも一応謝っておく。

「ううん。わたしもちょっとびっくりしただけだから、その」

アルクェイドはもじもじしながら言った。

「……ただ、今日は可愛い下着じゃないし」
「う」

さっき見た光景が鮮明に思い出されてしまう。

白い三角地帯と薄桃色の肌、そして肉付きのいいなんとも柔らかそうな。

「何言ってるんだ、ばか」

自分自身に言い聞かせるようにそう言った。

「うー」

上目遣いのアルクェイド。

まったくなんてことだ。

悪いことをしたのは俺のほうだっていうのに。

「ア、アルクェイド。それで、部屋の掃除が終わったって言ってたけど」

なんだか妙な気分になってしまいそうなので話題を逸らすことにした。

まさかあんな短時間で掃除が終わるわけないだろ。

そう続けるつもりだったのに。

「……ほんとに、綺麗だな」

ホコリまみれだったはずの部屋はチリひとつなく、床なんかきらきらしていて顔でも写りそうなくらいだった。

「えへへ、凄いでしょ」

アルクェイドは誉めて誉めてと言わんばかりに顔を近づけてきた。

「ああ、凄いな」

駄目だ、さっきの光景がフィードバックしてアルクェイドの顔がまともに見れない。

「?」

視線を逸らした俺を不思議そうな様子で見ているアルクェイド。

「いや、でも、これ、どうやったんだ?」

とりあえず普通に疑問を尋ねてみる。

「ちょっと空想具現化を使ってね」

さらりと言ってのける。

「空想具現化……ってなんだっけ」

前にもそんなことを聞いたような気がするんだけど。

「むー。簡単に言うとわたしの意思を世界と直結させて、世界をわたしが思い描いた通りにに変えることが出来るのよ」
「……」

意思を世界を直結とかってどうやっているんだろう。

しかも中途半端にわかりにくい。

「思い描いたとおりになるってことはどんなことでもできるってことか?」
「そうでもないわよ。干渉できるのは自然に関してだけだから……ほら」

アルクェイドが窓を指差すと、ばたんと勢い良く窓が開いた。

「今のは?」
「風を起こしたのよ。ようするにそういうこと。この部屋に小さいつむじ風を起こしてちょいちょいっと」
「ホコリを全部吹き飛ばしたってわけか……」
「うん。そういうこと」

びっとブイサインを俺に向ける。

「なんだかなぁ」

そういうとんでもない能力を、たかが部屋の掃除に使う辺りがアルクェイドらしいというかなんというか。

「何よ、文句あるの?」

アルクェイドはむっとしていた。

「いや、音を立てずに掃除を行ったという点が実にいい。秋葉に気付かれやしないかと冷や冷やしてたからな」
「そう? えへへ」

今度は一変してにこにこと笑う。

ころころ表情の変わるやつだ、まったく。

「そっか。妹もう帰ってきたんだ」

アルクェイドは俺の表情と言動で気付いたのかそんなことを言った。

「ああ。もう少しで食事だけど、その間じっとしててくれよ」
「えー」
「えー、じゃない。まったく、居候させてやるんだからそれくらいしてくれないと困る」
「……わかったわよ。我慢する」

意外と聞き分けが良かった。

「そうか、助かるよ」

俺は感謝を込めてそう言った。

「でも」
「でも?」

でもなんだろう。

変なことを言い出さなきゃいいけど。
 

「帰ってきたら遊ぼうね」

なんて笑顔で。

アルクェイドは留守番を命じられた子供みたいなことを言った。

大人びた外見とその発言はとてもアンバランスだ。

「ああ、遊ぼうな」

そう、アルクェイドは純粋で感情をわかりやすい形で示すのだ。

「わーいっ」

ぴょこぴょこ跳ねて喜ぶアルクェイドを俺はなんだかほほえましく眺めていた。

「あんまり暴れるなよ。床が抜けたらシャレにならない」
「あ、うん」

ぴたりと足を止める。

「……」
「……」

うーん、会話が止まってしまった。

しかも二人とも立ちっぱなしなので何か話さないと間が持たない。

「椅子が欲しいな」

とりあえずそう言ってみた。

「椅子もだけど、ベットもよ。このままじゃわたし寝れないもん」
「あ、そっか」

下に比べてやけに部屋が広く感じたのも、ベットが置かれていなかったからか。

「それとも志貴と一緒に寝る?」
「ば、ばか言うな。朝に翡翠が起こしにくるんだぞっ」

そりゃあ何もせずに二人で一緒に眠ったこともあるが、毎晩そんな生活をしてたら神経がどうにかなってしまう。

「そっか、そうだよね」

アルクェイドにとって「一緒に寝る」ということは本当に一緒に眠るだけの意味なので、ただ残念そうな顔をしているだけだった。

まったく苦労するのは俺ばかりである。

「でもベットは問題だな……下から上へは無理そうだし、窓から入れるのも難しそうだし」

そもそもどこから調達しろっていうんだ。

「メイド2にでも相談するしかなさそうね」
「……どっちだよ、それ」

前に二人の名前を教えた気がするのに、アルクェイドは全く覚える気が無いようだ。

「んーと、何か企んでそうな笑顔のメイド」
「……」

恐るべきアルクェイド。

ほんの僅かの会話で琥珀さんの裏の一面を見ぬくとは。

「それは琥珀さんだ。だけど本人の前で絶対そんなこと言うなよ」
「わかってるわよ」

さすがにそれくらいの分別はあるらしい。

「で、もう一人が翡翠か……なるほど」

アルクェイドは何に納得したんだかわからないが、そう呟いていた。

「まいったなー、どうしよう」

そうして腕組みをしながら呟く。

「何がだ?」

俺がそう尋ねるとアルクェイドは「志貴のえっち」とかワケの分からないことを言った。

「何がえっちなんだよ。何にも変なこと聞いてないだろ」
「うー」

何も答えずもじもじしているアルクェイド。

なんだかとてももどかしい。

「言えってば。気になるじゃないか」
「ひ、秘密」
「む……」

アルクェイドが秘密ときたか。

「ほ、ほら。もうご飯でしょ? それまでになんとかするからっ」
「わかったよ」

どうにもアルクェイドが必死なので、なんだか聞き出すのも悪い気がしてきた。

「いいの?」

きょとんとしているアルクェイド。

「なんとかできるんだろ。だったらいい」
「うん、たぶん」
「……」

やはり聞き出すべきか。

「志貴さま、上へおいでですか?」

そこへ、翡翠の声が響いた。

「ほら、行ってきなよ。だいじょーぶだから。問題起こさないって」
「絶対だぞ」
「うん、絶対」
「よし」

念を押しておいてなわばしごを降りていく。
 

「うーん、妹のじゃ問題外だし……翡翠と琥珀の……どっちがいいかな……」
 

何やら怪しげなことを呟くアルクェイドの声が、どうにも不安でたまらなかった。

続く



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