その日のアルクェイドは特に変な事を言いだした。
「ねえ志貴。新しいメイドとか雇わない?」
「……」
さて俺はこの言葉をどう返すべきだろうか。
ツッコむところは色々あるんだけど。
「取りあえず話し辛いから降りてこい」
「はーい」
アルクェイドは猫のようにくるくる回転して屋根裏部屋から降りてくるのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
第六部
姫君とメイド
「さて……メイドだっけ?」
向かい合って再び話を進める。
「うん。メイド」
メイドというのは要するに家事全般や身の回りの世話なんかをしてくれる人である。
「翡翠と琥珀さんだけで十分じゃないか」
この遠野家には翡翠と琥珀さんという優れたメイドがいる。
今更新しいメイドなんて必要ないのだ。
「そうなんだけど。ほら」
アルクェイドはにっこり笑って自分の顔を指差した。
「……」
ちなみに翡翠が俺のお付のメイド、琥珀さんが秋葉のお付のメイドとなっているのであるが。
「……おまえか?」
「うん」
ぺちん。
「いったぁ。何するのよー」
軽く頭をはたくとむくれた顔をするアルクェイド。
「最近忘れがちだから言うけど、おまえは居候なんだからな?」
そう、こいつは俺の部屋の上にある屋根裏部屋に住んでいる。
「しかも秋葉に無許可で。ばれたらヤバイんだぞ? わかってるのか?」
最初はいつばれやしないかと危惧してた同棲生活だが。
幸い秋葉にに気付かれずことなく続き、その生活はすっかり当たり前になってしまっていた。
そう、当たり前になってしまって緊張感が無くなってしまったのである。
アルクェイドのやつが普通に廊下を歩いていて秋葉に見つかった事もあるし。
その時は「遊びに来てたんだ」と誤魔化したのだが、何度も使える手ではない。
「わかってるわよ。だからわたしなりに考えたんじゃないの」
「……つまりあれか。おまえのメイドで秋葉を監視しようと」
「監視っていうかまあ、見つかっても平気なようにするわけよ」
「あのなぁ……」
俺は頭を抱えてしまった。
「なに? 何か問題ある?」
「大アリだよ。どういう風に秋葉に話を切り出すんだ?」
新しいメイドを雇うなんてことは秋葉に相談しなくては無理な話だ。
というか多分話しても駄目に決まってるんだけど。
「え? 普通に話せばいいんじゃない?」
「アホか。隠れ住んでる居候のメイドを雇ってくださいなんて言えるか」
「そんな言い方しなくていいじゃないのよ。わたしのメイドを雇いたいって言えばいいでしょ」
「それじゃもっと駄目だろ」
アルクェイドのメイドをなんて言い方したら、余計に承諾されるはずがない。
「いいアイディアだと思うんだけどなぁ……」
「諦めろ。なんでおまえにメイドなんかやんなきゃいけないんだよ」
俺が苦笑しながらそう言うとアルクェイドはくすくす笑い出した。
「ん? な、なんだ? 俺変な事言ったか?」
「あは。だってエト君みたいなんだもん」
「……何が?」
エト君というのはガクガク動物ランドでの翡翠お気に入りキャラクターである。
今の俺のどこにそんな要素があったんだろう。
「おまえにメイドって言ったじゃない。『あなたをはんにんです』みたい」
「は?」
『あなたをはんにんです』は本来『貴方が犯人です』というところをわざと『を』と言ってるわけなのだが。
「別に間違ってないだろ?」
「違うわよ。おまえ『が』でしょ?」
「……おまえが?」
おまえがメイドをやる。
「ちょっと待て。ちょっと待ってくれ」
いかん、混乱してしまっている。
何かがおかしい。
「それはつまり……アルクェイド自身がメイドをやるってことか?」
俺は確認するためにそう尋ねた。
「そうよ?」
「……」
さて、もう一度最初から振り返ってみようか。
「……最初おまえは新しいメイドを雇わないかと聞いてきたよな」
「うん」
「その後自分の顔を指差したよな」
「ええ。指したわよ?」
自分を指差したアルクェイドに俺は尋ねた。
おまえか? と。
そしてアルクェイドは頷いたのだ。
「俺はおまえ用のメイドを雇いたいって言ってるのかと思ってた」
だからそんな事出来るわけないとアルクェイドをはたいたのだ。
「違うってば。わたしがやるって意味だったの」
「……まさかおまえがメイドをやろうとしているだなんて考えもしなかったよ」
「なるほど。そういう解釈の違いがあったからややこしくなっちゃったわけね」
二人して「おまえか?」の意味を自分の解釈で取ってしまったのである。
何と難しき日本語。
同じ言葉なのに意味が正反対になってしまっていたとは。
「うーむ」
わかってるわよ。だからわたしなりに考えたんじゃないの。
監視っていうかまあ、見つかっても平気なようにするわけよ。
「なるほど……確かにアルクェイドがメイドをやっていれば遠野家にいても不自然じゃないわけだ」
メイドという立場であればいくら遠野家にいたって問題ないわけである。
「でしょ? なんでわからないのよ」
「おまえがややこしいことするから変になっちゃったんじゃないか」
思わず苦笑してしまう。
「……っていうか!」
混乱していた情報がすっきりしたことで、ようやくアルクェイドの言ってる事のとんでもなさに気がついた。
「な、何よ」
「お、おまえがメイドをやるだって?」
「そうよ。わたしがメイドをやるの」
にっこりと笑うアルクェイド。
「いや……無理だろやっぱ。秋葉が許すわけがない」
そっちのほうの話だとしても無理に決まっている。
むしろ余計に駄目だと言われる気がしてきた。
「そんなの言ってみなきゃわからないでしょ? 案外簡単にOKしてくれるかもしれないじゃないの」
「どういう考えをしたらそうなるんだ?」
何をどうしたらそんな楽観的になれるんだか。
「だって仕事手が増えるのはいい事じゃないのよ」
「そりゃまあ……そうだけどさあ」
こいつは自分が屋根裏に隠れ住まなきゃいけない理由をわかってないんだろうか。
アルクェイドと秋葉の仲が良好だったらそんな事する必要ないっていうのに。
「だって最近は妹とも仲良くなってきたじゃないの」
「……うーん」
確かにこいつが屋根裏に入り込んだ頃は険悪そのものだったが、最近は多少マシになってきてはいる。
「あのシエルとだって和解出来たんだし」
「まあ……な」
それを考えると秋葉ともなんとかなりそうな気はするのだが。
秋葉のやつは強情だからなあ。
そう簡単にいくわけがないのである。
「レッツゴーよ。当たって砕けろっ!」
「……砕けちゃ駄目だろ」
無意味にハイテンションなアルクェイド。
「さあさあ早く早く」
「うーん……」
まあ、別に聞くだけなら差し支えないか。
駄目だったら駄目だったで別に構わないし。
「聞いてみるだけだぞ?」
「やったあっ」
アルクェイドがメイドだなんて、果たしてどうなる事やら。
続く
久々の屋根君ですな。
姫君がメイド、姫君をメイド、姫君にメイド、姫君のメイド。
タイトル悩みましたがいたって普通に(苦笑
今回は今まで影の薄かった人たちに頑張ってもらいたいところです。
再び初心に帰るつもりで色々と考えつつ。
最後までお付き合いいただければ幸いです。
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