「おかわりどうだっ? いくらでもあるぞおっ?」
「わ、わあっ。やったあ」
「お、おかわりを麦茶です」

こういう状況は、置かれている当人たちしかわからないものである。

よって部外者が見てもそれはただの変な人にしか見えない。
 

「な……何やってるんですか? みなさん」
「あ」
「う……」

あの琥珀さんですら、ドアを開けた状態のままで呆れた顔をしているのであった。
 
 

「屋根裏部屋の姫君」
第六部
姫君とメイド
その16



「いや……ただ麦茶を飲んでいただけなんだけど」

結果だけ言えばそういうことになる。

物事は過程が大事だといういい例だろう。

ちょっと違うか。

とにかく琥珀さんの登場でまた話がややこしくならないか、それが心配である。

「その割にはやたら盛り上がっていたようですが?」
「い、色々あってさ」
「……はぁ」

琥珀さんは不思議そうな顔をしていた。

「姉さんはどうしてこちらへ?」

翡翠は琥珀さんの登場で逆に落ち着いたのか、いつもの口調に戻っていた。

「それを言うなら翡翠ちゃんこそ。帰ってきたならわたしの部屋に挨拶しに来てもいいじゃないの〜」

ぐすぐすと泣き真似をする琥珀さん。

「わたしはアルクェイドさまへのメイド指導を志貴さまから頼まれたのです。それに、姉さんの部屋に行く義理などありません」
「……うう、翡翠ちゃん最近厳しい」
「いつも通りです」
「あ、あはは」

俺にも厳しいけど、琥珀さんにはもっと容赦しないからなあ。

「……っていうか志貴さん、わたしにメイド指導を頼んだくせに翡翠ちゃんにも頼むとはどういう了見ですかっ?」
「いや、だって琥珀さんより翡翠のほうが信頼できるし」
「うわっ、志貴さん酷いっ。そんな事言われたらわたしのピュアなハートはズタボロですよ?」
「はいはい」

翡翠が傍にいるせいなのか、琥珀さんの仕草や口調はいつもよりも胡散臭かった。

「で、なんで琥珀はここに来たの?」

今度はアルクェイドが尋ねる。

「いや、アルクェイドさんの機嫌はいかがなものかなと。その……さっきはごめんなさい」

琥珀さんは普段おちゃらけているけど、謝るときは謝れる人である。

「うん、別にもういいわよ。気にしてないわ」
「そ、そうですかー。よかったです」

ほっと安堵の息を漏らす琥珀さん。

「いや、まだ怒ってたら志貴さんでも一緒にいぢめてストレス解消などいかがでしょうかと誘うつもりだったんですが」
「勘弁してくれよ」

いつも困ると俺をネタにするんだからなあ。

「あ……それでもよかったかもね」
「こら、同意するんじゃない」
「冗談だってば」

ぺろりと舌を出して笑うアルクェイド。

「そういうところは本当に真似しなくていいんだぞ……」

これ以上策士なメイドに増えられても困る。

「……志貴さま」
「ん」

翡翠が一瞬ドアへ目線を移し、それから再び俺の顔を見た。

「……」

部屋の外に出ろって事なんだろうか。

「アルクェイド。丁度いいから琥珀さんにまた指導してもらえ」
「えー? 琥珀に?」
「失礼ですね。さっきあんなに指導してあげたじゃないですか〜」
「……ほとんど何も教えてもらってない気がするんだけど」

教えると称して遊ばれていただけだと思う。

「と、とにかく任されたからには全力を尽くしますよっ。ではまず……」

そこを突っ込まれることを恐れてか、さっさと話をし出す琥珀さん。

「……じゃ、ちょっと頼みます琥珀さん」
「あれ? 志貴さんはどちらへ?」
「うん。ちょっと道具を持ってこなきゃいけないんだ」

もちろんこれは外へ出るための嘘である。

「翡翠、手伝ってくれる?」
「かしこまりました」
「行ってらっしゃーい」

そんなわけで俺と翡翠はうまく部屋を抜け出すことが出来た。
 
 
 
 

「で、どうしたの翡翠?」

念のため部屋から離れたところで翡翠に尋ねる。

「志貴さま、これはチャンスだと思われます」
「チャンス?」
「姉さんへの悪戯です」
「ああ、それか」

メイドの話が先になっちゃったから後回しにされてたけど、それもちゃんとやるつもりなのか。

「……でもまだ何にも考えてないよ?」
「いえ、今なら志貴さまの部屋にいい素材がありますので」
「いい素材?って……メイドさんの本?」
「そうではなくて。先ほどアルクェイドさまが間違えて持ってきたものがありますよね」
「あ。もしかしてそばつゆ?」

さっき俺が飲んで吹き出したやつだ。

「そうです。それを姉さんに飲んで貰ったらどうでしょう」
「なるほど……」

それはシンプルだが面白そうだ。

普段悪戯する側が悪戯をされたらどんな反応をするんだろうか。

「じゃあさっそく冷蔵庫から持って来ようか」
「入れ物はわたしに選ばせてください。よい考えがありますので」
「あ、うん。いいけど」
「姉さん……お覚悟を」

ふふふふふと怪しい笑みを浮かべている翡翠。

「だ、大丈夫? 無理しなくていいよ?」

なんていうか翡翠らしからぬ感じがしてたまらないんだけど。

「いえ、割と楽しんでおりますので」
「そ、そう?」

そういえば昔の翡翠って明るかったんだもんなあ。

悪戯好きの要素はあったのかもしれない。

「では……早速」
「うん」

そうして用意を整え、部屋に戻る俺たち。
 
 
 
 

「ただ今戻りました」
「おかえりー」
「……何やってるんだ?」

アルクェイドはベッドの上で四つんばいになっていた。

そしてそのままの格好で体を前後に動かしている。

「……ぬぅ」

その動作はある行為の最中を連想してしまってなんともはや。

「いえ、主人を誘惑するための四十八手を少し」
「いらない、いらない、いらないからそんなの」

これ以上誘惑されたらいくら俺でも持ちそうにない。

「……姉さん、怒りますよ?」

翡翠が顔をしかめていた。

「冗談ですって。ベッドメイクを教えてたんですよ」
「……な、なるほど」

確かにベッドメイクならば体を上下……っていやいや。

「普通ベッドの上に乗らないでやるもんでしょ」
「はい。ですがアルクェイドさんが乗っかったって出来るわよと仰りましたので実際にやってもらっていた訳です」
「……うー」

いくらシーツの皺を治したって、上に乗っかってるんじゃ次から次に新しいのが出来るのに決まっている。

「物事を覚えるコツはまず失敗する事なんですよー?」
「まあ、一理あるけどさ」

琥珀さんの場合、色々と変な事を狙ってやってるからなあ。

「……」

そこで翡翠がぱちりとウインクをした。

それが合図である。

「そうだ。琥珀さん、喉渇かない? 入れ物持ってきたんだけど」

俺はさっそく琥珀さんに話掛けた。

「あ、はい。ありがとうございます」
「じゃあ煎れるよ」

俺はその湯飲みを持ちながら麦茶を手に取った。

「……」

お茶の出口が見えないよう、湯飲みの中まで入れてしまう。

この湯飲みの中には既にそばつゆが入っているのだ。

今俺は、麦茶を煎れているふりをしているのである。

普通の中身が見えるコップではこの作戦は出来ない。

そのため翡翠がこの湯飲みを選んでくれたのだ。

「あはっ。ありがとうございます。マイ湯のみまで用意していただいて」

この『東西南北中央不敗』の湯飲みはどうやら琥珀さんのお気に入りらしかった。

そこまで知り尽くしていたとは、さすが翡翠である。

「……」

翡翠はじっと琥珀さんの様子を眺めていた。

「では、頂きますねー」
 

果たして琥珀さんは俺たちの悪戯にはまるのか。
 

それとも……
 

続く



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