「あはっ。ありがとうございます。マイ湯のみまで用意していただいて」

この『東西南北中央不敗』の湯飲みはどうやら琥珀さんのお気に入りらしかった。

そこまで知り尽くしていたとは、さすが翡翠である。

「……」

翡翠はじっと琥珀さんの様子を眺めていた。

「では、頂きますねー」
 

果たして琥珀さんは俺たちの悪戯にはまるのか。
 

それとも……
 
 

「屋根裏部屋の姫君」
第六部
姫君とメイド
その17








「……」

琥珀さんの唇が湯飲みへと触れた。

やった!

そう思った瞬間。

「……」

琥珀さんは湯飲みを口から放し、テーブルの上へと置いてしまった。

「ふっふっふっふっふ」

そして悪役っぽく笑う。

「志貴さん、わたしに悪戯しようだなんて百億とんで十万光年早いですよっ」

微妙にわかりにくい表現ではあるが、俺たちが悪戯しようとしていたことがばれていたらしい。

「ど、どうして?」

俺は琥珀さんに尋ねた。

「どうしてって、簡単じゃないですか。これですよ、これ」

そう言って自分の鼻を指す琥珀さん。

「あ……」

そうか。匂いか。

「そばつゆと麦茶じゃ匂いが全然違いますからね」
「そ、そうだよね」
「……」

そんな簡単な事にも気付かなかった俺たちは、ただただ沈黙するしかなかった。

「このマスター琥珀に悪戯をするならば、もっと手の込んだものにしないと駄目ですよ〜」

琥珀さんは嬉しそうに笑いながら部屋を出ていった。

「……志貴、わたしに内緒で悪戯しかけてたの?」

ふてくされた表情のアルクェイド。

自分が仲間はずれにされたと思ってしまったらしい。

「申し訳ありません。突発的に思いついたので、つい」

頭を下げる翡翠。

「……え? 翡翠が考えた悪戯なの? 今の」
「うん」
「……」

アルクェイドは目を丸くしていた。

「ちょっと意外」
「まぁな」

翡翠と悪戯。

丸っきりかみ合わない組み合わせである。

「今の悪戯は失敗に終わりましたが、波状攻撃を続ければ弱点も見えてくると思います」
「そうねー。匂いをどうにかしてたら今のも成功したかもしれないし」
「どうにかってどうするんだよ」
「……それはわかんないけど」
「はぁ」

その辺りが俺たちの限界のようである。

「……あのー」
「うおっ」

声のしたほうを見ると、琥珀さんがドアを半分だけ開けて顔を覗かせていた。

「ど、どうしたの?」

今の会話、聞かれてしまっただろうか。

「あ、いや、なんとなく勢いで部屋を出ちゃいましたけど、わたし退場する必要別にないなーと」
「……確かに」

悪役としてはあそこで去るべきではあるが。

メイド指導の途中だったんだから、帰る必要はなかったわけだ。

「別にいいわよ? 後は翡翠に頼むから」
「そ、そんな事言わないでくださいよー。わたしだけ仲間はずれなんてずるいです」
「むぅ」

どうやら話は聞かれてなかったようだけれど。

琥珀さんがここにいると悪戯を考えられないんだよなあ。

「んー。どうしよっか志貴」
「……俺に振るな」

俺は視線を翡翠へ向けた。

「指導要員が二名いたほうがより確実なメイド指導を行える事は確かです」
「ほらほら、翡翠ちゃんもそう言ってる事ですし」
「うーん」

さて、どうしたもんだろうか。

「志貴、志貴」
「ん」

考えていると、アルクェイドが俺の背中を突っついていた。

「なに?」
「突発的な悪戯をするんだったら琥珀がここにいたほうがいいじゃないの?」
「……やる気満々だな」
「当然っ」

にこりと笑うアルクェイド。

「じゃあ、取りあえずはメイド指導を二人にお願いするって事で」

指導を受けつつ悪戯を琥珀さんに仕掛けるってことか。

いきなりそんな難しいこと出来るのかなあ。

「はい。では翡翠ちゃんと琥珀さんの萌え萌え☆メイドシスター……」
「そのようなグループを結成した覚えはありません」
「あん、翡翠ちゃんノリ悪い。もっと楽しくいかなきゃ〜」
「……うーむ」

ハイテンションボケと毒舌ツッコミという漫才の形がすっかり完成してしまっていた。

「では何から始めましょうか? アルクェイドさん」
「んー。じゃあベッドメイクを教えてよ」
「ベッドメイク?」

そういえば俺と翡翠が部屋に戻って来た時にやってたなあ。

「さっきのはやり方違うんでしょ?」
「はい。まるで違います。ベッドメイクというものはなるだけ簡潔にするのが基本ですから」
「ふーん。どうやるの?」
「ええ、まずは……」

翡翠は俺のベッドの傍へ行き、アルクェイドに指導を始めた。

「ふんふん、なるほど……」

アルクェイドもそれに聞き入っている。

「……」

琥珀さんはヒマそうだった。

まあ俺もヒマなんだけど。

「な、何か手伝うことない?」

取りあえず翡翠に声を掛けてみた。

「いえ、この部屋の主人である志貴さまに手伝わせるわけにはいきません」
「……さいですか」

こういう事に関しては翡翠は絶対に譲らないだろう。

「翡翠ちゃ〜ん。わたしは?」

今度は琥珀さんが尋ねる。

「姉さんはその辺で踊っていていただければ」
「は〜い。了解っ」

翡翠の言葉を聞いてくるくると回りだす琥珀さん。

「……ってなんでやねんっ」
「いや、何故に関西弁」

そしてどうして俺にツッコミを入れるんだろうか。

「まあツッコミは関西風が一番ですから」
「……好きにしてください」

この珍しい冗談も、翡翠の考えた悪戯のひとつだろう。

琥珀さんは元々こういうノリだから、わざとそれに従ってるんだろうけど。

「翡翠ちゃん。ちゃんとしたお手伝いさせてよ〜」
「じゃあそこの虎を退治しておいてくれる?」

今度はアルクェイドがそんな事を言った。

「おっまかせ〜! さあかかって来なさいベンガル虎っ! この琥珀がたちどころにやっつけてあげますよーっ」

あさっての方向を向きながらそんな事を叫ぶ琥珀さん。

どうしてベンガル虎とか微妙な設定付けまでしているんだろう。

「ってこの部屋には屏風なんてないっちゅーねん! いーかげんにしなさい!」

琥珀さんは俺のほうに向き直ると、再びビシッとツッコミを入れてきた。

「……なんか関西弁だと琥珀さんって感じがしないなあ」

これも恐ろしいほどの違和感がある。

虎退治という言葉で屏風を連想するあたりはさすがって感じだけど。

「じゃあどんな感じです?」
「なんか……ただの変な人」
「……あは、あははははー」

さすがに琥珀さんも苦笑いしていた。

いつの間にやらすっかり翡翠のペースである。

「翡翠ちゃ〜ん。お手伝いさせてよ〜」

それでも琥珀さんは諦めないらしい。

「……うーむ」

琥珀さんに対する最高の対処法はボケ放置なのかも。

「ではシーツかけをやってみて下さい」
「え? ほんとに?」

と思いきや、翡翠は琥珀さんに手伝わせるつもりらしい。

「ええ。やってみてよ琥珀」
「……ん」
 

笑顔のアルクェイドに、なんだか普段の琥珀さんのような面影を見たような気がした。
 
 

続く



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