それでも琥珀さんは諦めないらしい。
「……うーむ」
琥珀さんに対する最高の対処法はボケ放置なのかも。
「ではシーツかけをやってみて下さい」
「え? ほんとに?」
と思いきや、翡翠は琥珀さんに手伝わせるつもりらしい。
「ええ。やってみてよ琥珀」
「……ん」
笑顔のアルクェイドに、なんだか普段の琥珀さんのような面影を見たような気がした。
「屋根裏部屋の姫君」
第六部
姫君とメイド
その18
「こうやって……てやっ」
ばさっとシーツを広げる琥珀さん。
「どうかな?」
翡翠に尋ねる。
「アルクェイドさまはどう思いますか」
「んー。そうね」
ベッドの上にごろんと寝転がるアルクェイド。
「……あら、ここに皺が出来てるじゃない」
いや、それはおまえが今寝転んだからだろう。
「皺が出来ているのは駄目です」
「駄目駄目よねー。本職なのにふっしぎー」
「これを防ぐには広げる際に……」
「……」
どうやら琥珀さんにシーツを敷かせた理由は『悪い例』として参考にするためだったようだ。
「う、うわーん! 翡翠ちゃんのバカーッ!」
さすがにこれはこたえたのか、琥珀さんはそう叫びながら部屋を出て行ってしまった。
「……成功です」
「ばっちり。仕返し完了っ」
そんな琥珀さんを見て満足げな二人。
「さあ、次はどうしようかしら?」
さらにそんな事を言ってくる。
「いや、もう止めよう」
「え? なんで?」
「今のは悪戯っていうか……ただのイジメだし」
いくら琥珀さん相手でも、ちょっとかわいそうな気がした。
「……むぅ」
少しばつの悪そうな顔をするアルクェイド。
「何より黒い翡翠が嫌過ぎる」
「く、黒かったですか?」
俺の表現に動揺している翡翠。
「うん、ちょっとね」
なんというか、翡翠を怒らせるのだけは絶対に止めようと思えたくらいに。
「す、すいません、つい……」
「いや、うん、俺も悪かった」
ちょっと調子に乗りすぎたみたいだ。
「みんなで謝りにいこう。もう悪戯はおしまいだ」
「えー?」
「えーじゃない。謝るの」
「わ……わかったわよ」
「かしこまりました」
そんなわけで俺たち三人は琥珀さんの部屋へと向かった。
「琥珀さーん」
しーん。
「いない……のかな」
「姉さん。いますよね?」
「ねえ琥珀〜。悪かったわよー。出てきなさいってー」
それでも反応はない。
「鍵は……」
入り口のノブを握るとあっさりと開いた。
「やっぱり中にいるんじゃないか」
「あ、駄目です志貴さまっ」
「え?」
ごんっ。
「痛っ!」
ドアを開けたはずなのに、俺は何かに激突してしまった。
「何だ? いったい……」
正面を見ると、フスマがドアを開けてすぐのところに置かれていた。
「……わざわざ押入れから外して置いたってこと?」
「だと思います」
「……」
そんなにダメージ受けちゃったのかなぁ。琥珀さん。
「気にしなくて大丈夫です。これくらい、よくある事なので」
「そ、そうなの?」
「ええ。姉妹ゲンカの後は大抵こうです」
「うーむ」
翡翠と琥珀さんの二人は仲良しって感じがするんだけど、やっぱりケンカもするんだなぁ。
「それから、このフスマをどける際にも注意してください」
「え? なんで?」
「そこを」
見ると、フスマの右上に黒板消しが挟まっていた。
「……どこから入手してきたんだ。こんなの」
悪戯としては最高峰にベタなものである。
「入手先は謎ですが。拗ねた姉さんはこうして自室をトラップだらけにしてしまうのです」
「変な事するのねえ」
アルクェイドは呆れた顔をしていた。
「姉さんですから」
「なるほど」
妙に納得できる答えであった。
「どうしましょうか。しばらくそっとしておけばいずれ出てきますけれど……」
「いや、進もう」
その罠を突破して謝れば、きっと誠意も伝わる。
「ご随意に」
「まあ、中々面白そうじゃない?」
「遊びじゃないんだぞ、まったく……」
アルクェイドに苦笑しつつ、フスマに挟んである黒板消しを背伸びして抜き取る。
「これで大丈夫かな」
「恐らくは」
「じゃあフスマを開けて」
横にスライドさせて、一歩踏み込んだ。
がくん。
「うわっ?」
途端に何かに足が引っかかってしまった。
「ちょ……待っ」
慌てて傍にあるものを掴もうとしようと手を伸ばす。
「……っ?」
翡翠の顔が目の前にあった。
これは駄目だ。
今手を伸ばしたらきっと翡翠の胸に触ってしまう。
意図しなくてもそうなってしまうに決まってるのだ。
「……!」
とか考えているうちに地面が目の前に。
「くっ!」
腕立て伏せのような形でなんとか踏ん張ることが出来た。
「危ないところだった……」
「―――どいてっ!」
「ん?」
ごきゃ。
「……ぐおおおおお」
背中に物凄い衝撃が走った。
「ご、ごめん志貴。大丈夫?」
「……なんでもいいから……どいてくれ……」
胸が当たって云々とか言ってる場合じゃない。
普通に辛い。
「ん、しょ……っと」
「……はぁ」
人間ピンチの時は色気もへったくれもなくなるもんだなぁ。
「何よ、こんなところにコードが……」
「これで転んだのか」
俺の脚の傍には黒いコードが少し地面から浮いた上体で伸びていた。
「っていうか俺が転んだ時点で気付いてくれ」
「しょうがないでしょ。こんなのがあるなんて思わなかったんだもん」
恥ずかしそうに顔を赤らめるアルクェイド。
「姉さん。いいかげんにしてください。悪戯をした事は謝ります。ですがこの仕打ちはあんまりです」
翡翠がどこかにいるであろう琥珀さんへ声をかけた。
「ふーんだ。どうせわたしは皆さんのお邪魔虫なんですよーだ。こうして悪い事ばっかりやってるのがお似合いなんです」
琥珀さんの声だけが聞こえる。
「どこだ……って」
屋根裏に穴が開いていた。
「俺の部屋みたいに屋根裏部屋があるのか……」
さすが琥珀さんの部屋だけのことはある。
「わたし捕まえてこようか?」
「いや、無理やりはよくないだろう」
なんかだいぶ拗ねちゃってるみたいだし。
「琥珀さん。邪魔だなんて思ってないよ。ただ、普段琥珀さんが悪戯ばっかりするからちょっと懲らしめようと」
「それにしたってあんまりですっ。純粋可憐な翡翠ちゃんにあんな黒いセリフを言わせるなんて……」
俺、セリフに関しては何も関与してないんですけど。
まさか拗ねてるのはそれが原因なんじゃないだろうな。
「アルクェイド。おまえからも何か言ってやれ」
「ん? え? えーと……やーい、負け犬」
ぽかっ!
「……いったいなぁ。何するのよ」
「追い討ちかけてどうするんだ。謝れって言っただろ」
「わかったわよ。ごめん。琥珀。ちょっとやりすぎたわ」
しぶしぶといった感じで謝るアルクェイド。
「ふんだ。そんな心のこもってない謝罪なんていらないですよ〜」
「む……人がせっかく謝ったっていうのに」
「ま、まあまあまあまあ」
いかん、アルクェイドと琥珀さんに会話させたら余計状況が悪化してしまう。
「えー、えーと」
なんとかフォローしないと。
「こ、琥珀さんはあんな扱いされたから拗ねてるんだと思うけど、あれはちょっと違うんだよ」
「何がどう違うんですか? あれは完全ないぢめですよっ」
「……まあその通りなんだけど」
それに関しては何も反論できない。
「でも、言うだろ? 好きな子ほどいじめたくなるってさ。琥珀さんも秋葉によくやってるじゃないか」
恐らく最も被害に遭ってるのは秋葉である。
「つまりそれと同じ……さっきのあれは愛情表現の裏返しだったんだよっ!」
「そ……そうなの?」
アルクェイドが目を丸くしていた。
「いいから話を合わせろってのに」
「そ、そうです姉さんっ! 愛してます!」
咄嗟の判断のせいなんだろうけど、翡翠はとんでもない事を口走る。
だがそれがよかったらしい。
「ひ、翡翠ちゃ〜ん! お姉ちゃんが間違ってたっ!」
琥珀さんはものすごい勢いで屋根裏から降りてきた。
「そうだよねっ。悪戯は愛情表現だもんっ! そんな単純な事を忘れただなんて」
「え、ええ、そうです、はい……」
「これからはもっと張り切って悪戯しなきゃっ」
完全復活……というか前よりタチが悪くなってしまいそうである。
続く