「ただ……ちょっとね」
「ちょっと?」
「ううん。ま、いいわ。やってみないとわからないもん」
「はぁ……」

アルクェイドの言葉はやたらと意味深である。

「じゃあ、覚悟してよね志貴」

なんて物騒なセリフを言った後、手が俺の肩に触れる。
 

俺は今すぐにでも目を開きたい衝動を必死で堪えていた。
 
 

「屋根裏部屋の姫君」
第六部
姫君とメイド
その20




「……」

翡翠との約束。

俺はアルクェイドが諦めるまで起きてはいけないのだ。

アルクェイドが何をするかはわからないけど、目を開けるわけにはいかない。

ぎゅっと強く目を瞑る。

「……」
「……」

少しの間があった後。

「んーっ」
「!」

唇に暖かい感触が伝わってきた。

まさか……これはっ?

「ん……ちゅ……」

唇だ。

アルクェイドの唇が俺の唇と重なっている。

いや、それだけじゃない。

アルクェイドの舌が俺の唇を強引に開き、内部へと入り込んできた。

「ん……ん……」

アルクェイドの舌が絡み付いてくる。

唾液の甘いような苦いような複雑な味。

「ちゅ……ふ……ふ……んっ」
「……っ!」

その状態でアルクェイドに息を吸われてしまった。

こうなると陶酔している場合じゃない。

「……っ!」

アルクェイドの肩を掴み、思いっきり跳ね除ける。

「うわっ」
「……はぁ」

俺は大きく息を吸って吐いた。

「おはよ。いい目覚めね、志貴」

にこりと笑うアルクェイド。

「……どこがいい目覚めなんだ。最悪だぞ」

キスで窒息死だなんて、笑い話にもならなそうである。

「鼻は押さえなかったでしょ。そこで息すればよかったのに」
「……無理だってば。あんな不意打ちされちゃ」

いきなりのキスで混乱してしまった俺に、そんな判断が出来るはずがなかった。

「でも起きたじゃない。いい作戦でしょ?」

翡翠に同意を求めるアルクェイド。

「……」

翡翠は顔を真っ赤にして硬直していた。

「あらら〜。翡翠ちゃんにディープキスはちょっと刺激が強すぎたかな〜?」

苦笑いしている琥珀さん。

さっき注意したばかりのせいか、割とおとなしめである。

「とにかく今の起こし方は駄目。却下。精神的に辛い」
「む。何よ。わたしにキスされて不満なわけ?」
「時と状況を選べって事だよ」

よりによって翡翠の前でそんな事しなくてもよかっただろうに。

「ちぇ。つまんないの」

アルクェイドは俺の反応がイマイチなのでむくれていた。

「いや、だからその……」

なんとかフォローしようとしたけどうまい言葉が見つからない。

「志貴さんはキスシーンを見られて照れてるんですよー」

フォローなんだか煽りなんだかよくわからないセリフを言う琥珀さん。

「あ、そうなの?」
「……まあ、うん」

否定してもまた面倒な事になりそうなので頷いておいた。

「志貴ってばかっわいー」
「う、うるさいなぁ」

なんだか本当に恥ずかしくなってきてしまった。

「翡翠ちゃんも今度からこの起こし方でやってみれば?」

にこにこ笑いながらそんな事を言う琥珀さん。

「け、結構です!」

翡翠はもうゆでだこ状態であった。

「これで起床シーンは問題なしってことね」
「……いや、問題ありまくりなんだろ」

もっとちゃんとした起こし方を覚えてくれないと。

「じゃあもう一回やる?」
「……いや、いい」

やっぱり朝起こしてもらうのは翡翠が一番だな、うん。

「では次のシーンへ移りましょう」

ぽんと手を叩いて琥珀さんがそんな事を言った。

「次のシーンって……朝飯かな」
「いえいえ、その前に着替えて頂かないと。気分を出すため制服になっていただけると嬉しいんですが」
「あ、うん」

言われるがままに上着に手をかける俺。

「いや、着替えてる間は外にいてよ」

アルクェイドと琥珀さんはそんな俺をじっと眺めていた。

「あらら、気付かれてしまいました」
「いいじゃない、気にしなくたって」
「気になるよ」

俺は男だから問題ないんだろうが、やっぱり多少は恥ずかしいし。

「ふ、二人とも! 退室してくださいっ!」

翡翠が珍しく強い声を出して叫んだ。

「はいはーい」
「はぁ。わかったわよ」

渋々といった感じで部屋を出て行く二人。

「申し訳ありません、志貴さま、本当に……」

翡翠はまるで自分がいけない事をしたような口ぶりである。

「い、いや、うん、大丈夫、気にしないで」

いちいちあの二人に腹を立ててたら身が持たないからな。

「はい……」

翡翠は顔を真っ赤にして俯いていた。

「えと、じゃあ着替えるから」

上着のボタンをぷちぷちと外し、をベッドの上に投げ捨てる。

「……しょっと」

それからズボンへ手をかけた。

「……ん?」

何か違和感がある。

後ろを振り返ると。

「いや、翡翠も出てていいからね?」

まだそこに翡翠が立っていた。

「……はっ! ししししし、失礼しましたっ!」

翡翠にしては珍しくぱたぱたと音を立てて駆けていく。

がんっ!

「うわ」

そしてそのままドアに激突してしまっていた。

「だ、大丈夫?」
「だだだ、大丈夫です、し、志貴さま、早く服を……」
「あ、うん、ごめん」

慌てて上着を羽織る。

「えと、じゃあ外に」
「は、はい、本当に……申し訳ありませんでした」

翡翠は頭を抑えながら部屋を出て行った。

「……」

廊下でアルクェイドや琥珀さんに茶化されてるかもなあ。

「悪い事したかも」

さっさと着替えてしまおう。

ズボンを履き替え準備オッケー。

「よーし、いいぞ、次行ってみよう」

俺はそう言いながらドアを開けた。

「……あれ?」

ところがそこには誰の姿もなかった。

ついさっき出て行ったはずの翡翠すらいない。

「どこに行ったんだろう」

俺に着替えさせておいておしまいって事はないと思うけど。

「ん」

ふと床を見ると紙切れが落ちていた。

見ると『ダイニングへどうぞ』とある。

「先に行って準備してるのかな?」

取りあえず紙に従ってダイニングへ向かってみる事にした。
 
 
 

「琥珀さーん? アルクェイドー?」
「志貴さん。おはようございますー」
「あ、うん、おはよう」

実際の時間は夜なんだけど、雰囲気を出すために「おはよう」なんだろう。

「おはよ、志貴」
「ああ、うん」

アルクェイドもにこにこしながら立っていた。

「……あれ? 翡翠は?」
「翡翠ちゃんですか? 見てませんけど?」
「志貴と一緒に来るんじゃなかったの?」

どうやら二人は先にこちらに来ていたらしい。

「いや、ちょっと色々あってさ」
「……さては純粋な翡翠ちゃんにセクハラを働いたんですねっ? ああ、なんていやらしいんでしょうっ!」
「そういう事しか考えない琥珀さんのほうがよっぽどやらしいと思うけど」

しかし意図しないながらも裸を見せてしまったわけで、セクハラといえばセクハラなのかなぁ。

「なに? 何かあったの?」
「いや、翡翠がまだ部屋にいたのに着替え始めちゃったからちょっと……」
「それはいけませんよー。翡翠ちゃんに殿方の、しかも志貴さんの裸なんていきなりレベル高すぎです」

それは一体何を基準にレベル判定しているんだろうか。

「きっとどこかで志貴さんの裸を思い出して一人悶えているに違いありません」
「……そんな。琥珀さんじゃないんだから」

いくらなんでもそれはないとしても。
 

一体翡翠はどこに行ってしまったんだろう。
 

続く



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