それは一体何を基準にレベル判定しているんだろうか。
「きっとどこかで志貴さんの裸を思い出して一人悶えているに違いありません」
「……そんな。琥珀さんじゃないんだから」
いくらなんでもそれはないとしても。
一体翡翠はどこに行ってしまったんだろう。
「屋根裏部屋の姫君」
第六部
姫君とメイド
その21
「失礼ですねー。わたしは志貴さんの裸ごときで動じたりしませんよ」
やれやれと首を振る琥珀さん。
「志貴だもんねえ」
「悪かったな」
これでも昔よりは丈夫になったんだぞ。
先輩に意外とたくましいとか言われた事もあるしっ。
「しかし、翡翠ちゃんがいないんじゃ続きが出来ませんね」
俺の事なんてまるで気にせず唸っている琥珀さん。
「なんで? 朝ご飯の時は翡翠何もしてないでしょ?」
確かに食事は俺の食事が終わるのを待っているだけのような気がする。
「ちっちっち。そこが素人の浅はかさ。主人が必要とするものを敏感に察知し、用意してあげるためにわたしたちはいるのです」
「あー」
そういえば琥珀さんは秋葉が何も言わなくても、目配せだけで秋葉の欲する調味料やら道具やらを用意している。
さすがは長年秋葉についているだけの事はあるって感じだ。
「ちなみに翡翠ちゃんが滅多に動かないのは、志貴さんが何も要求しないからです」
「……いや、なんか悪い気がしてさ」
たまにしょうゆが欲しいなーとか思うことはあるんだけど、思うだけで終わってしまうのだ。
結局自分で用意してしまったりとか。
「まあ、とにかく翡翠ちゃんが志貴さん担当なわけでして、出来れば翡翠ちゃんに指導してもらいたかったわけですよ」
「うーん。どうする? 探して来ようか?」
「ちょっと心配だしなあ」
部屋を出て行くときも翡翠らしからぬ行動ばっかりだったし。
「琥珀さん、翡翠の行きそうなところ思い当たる?」
「……思い当たるもなにも。まず翡翠ちゃんの部屋に行ってみないと。話はそれからです」
「あ、そっか」
まず翡翠の部屋を探すのが当然だよな。
「それじゃ行きましょう」
そう言ってさっさと歩き出したアルクェイドだが、出口の辺りで足を止めた。
「なんだ? どうした?」
「お先にどうぞ。ご主人さま」
うやうやしくお辞儀をするアルクェイド。
「……それはなんか違う気がする」
なんか違う気がするけど。
ご主人さまって響きもなんかいいなぁ。
「さて翡翠ちゃんの部屋ですがご主人さま」
「……いや、なんで琥珀さんまでご主人さまって呼ぶのさ」
俺がそう尋ねると琥珀さんはくすくす笑って。
「さっきの志貴さんの表情が面白かったのでつい」
なんて言った。
「勘弁してくださいよ」
琥珀さんの前じゃ、うかうかにやけてもいられない。
「どうしますかご主人さま。まず鍵をぶち壊しますか」
「丁寧な言葉で物騒な事言わないでくれ」
「え、えーと……どかんとやっちゃいますか?」
言葉は変わったけどやろうとしてる事はまるで同じである。
「却下。あともうご主人さまとか言わなくていい」
「えー? せっかくメイドっぽい感じになってきたのに」
「……見ろよ」
アルクェイドの後ろでは、琥珀さんがお腹を抑えて必死で笑いを堪えていた。
「失礼ねー」
いや、笑いたくなる気持ちはわからなくもないけど。
「あ、あはは。すいません、つい。えと、では取りあえず呼んでみましょう」
琥珀さんは大きく息を吸ってから叫んだ。
「ひっすいちゃーん」
しばらくの間の後。
「……姉さんですか?」
声が帰ってきた。
「そうだよー。翡翠ちゃんがなかなか来ないからどうしたのかと思って」
「……」
返事はない。
「やっぱりさっきの事気にしてるのかな」
「そうですねえ。うっかりとはいえ、志貴さんの裸体を見てしまったわけですから」
「……いや、上半身だけだよ?」
裸体とか言われると素っ裸を見られたみたいじゃないか。
「ねえ翡翠ー。出て来なさいよー。メイドの練習出来ないでしょ?」
「ば、ばか! この」
まるで空気を読まない発言をするアルクェイド。
「アルクェイドさままで……まさか志貴さまもいらっしゃるのですかっ?」
「え? ええと……」
慌てて口を閉じる俺。
どうするべきだろう。俺はこの場にいないほうがいいんだろうか。
「うん。いるよー。話してみる?」
俺がそんな事を考えていると先に琥珀さんがそう言ってしまった。
「こ、琥珀さん?」
琥珀さんはにこにこ笑っている。
何か考えがあっての事なんだろうか。
「えー、あー。う、うん。いるよ」
しょうがないのでドアに向かって話しかけた。
「申し訳ありません志貴さまっ」
がつんっ。
「がつん?」
「……っ〜〜〜」
ドアに耳を近づけると翡翠のうめき声が聞こえた。
「頭を下げたらドアに激突したんでしょう」
「……なるほど」
ベタというかなんというか。
やっぱり翡翠らしくはない。
相当動揺しているんだろう。
「あ、あのね翡翠。俺は全然気にしてないからね?」
そりゃ見られてると気付いたときは恥ずかしかったけど、それはあくまで一瞬の出来事なのだ。
「そうそう。志貴は男なんだからむしろ見せ付けてやるべきなのよ」
「アルクェイド。頼むから話をややこしくしないでくれ」
「ぶー」
翡翠もこいつくらい能天気だったらいいんだけど。
「しかしわたしはメイドとしてあるまじき行為をしてしまいました……」
真面目すぎるだから、こうも悩んでしまうわけだ。
「そんな事言ったら琥珀さんなんてメイドとしては絶対にあり得ないんだけど」
「何気にひどい事言いますね志貴さん」
「それは言えてる」
「ぐすぐす。わたしへの言葉も考慮してくれたっていいのに……」
まあ琥珀さんの戯言は取りあえず無視するとして。
「だからもういいんだよ。翡翠がいないと困るんだ」
「わたしにもそういう事言ってくれたらいいのに」
「ん? 何か言ったか?」
「なーんにも」
アルクェイドはそう言ってそっぽを向いた。
何なんだ一体。
「そうそう。なんだったらあれよ? 目には目をという言葉もあるし、翡翠ちゃんの裸を見せれば万事解決って事で」
はぁはぁと息を荒げる琥珀さん。
「あのねぇ」
苦笑していると、ドアの鍵が開く音がした。
「え、ひ、翡翠?」
まさか本当に裸を見せるつもりで?
「……」
いや、違う。全然違う。
翡翠は額に皺を寄せて口をへの字に曲げていた。
要するに怒っているのだ。
「姉さんがそんなだからわたしが苦労するんですっ!」
「え、ちょ、きゃ〜っ。翡翠ちゃんこわ〜いっ」
慌てて逃げ出す琥珀さん。
「逃がしませんっ!」
翡翠はスカートの裾を持ち上げ琥珀さんを追いかけていった。
「……出てきてくれたのはいいけど」
また別の問題に発展してしまったような。
「さっきのセリフわざとなんじゃないの? 翡翠に出てきてもらうために」
「そうなのかなぁ」
何せ琥珀さんの行動なんて謎ばっかりだし。
「ま、面白いからなんでもいいんだけどね」
にこりと笑うアルクェイド。
二人はなおも鬼ごっこを続けていた。
「……悪いんだけどあの二人、止めてきてくれる?」
「おっけー」
何がいけないかって、このどたばた劇を楽しんでいるアルクェイドと、こういう光景に完全に慣れてしまっている俺自身であった。
続く