「ま、面白いからなんでもいいんだけどね」

にこりと笑うアルクェイド。

「……悪いんだけどあの二人、止めてきてくれる?」
「おっけー」
 

何がいけないかって、このどたばた劇を楽しんでいるアルクェイドと、完全に慣れてしまっている俺自身であった。
 
 

「屋根裏部屋の姫君」
第六部
姫君とメイド
その22




「ちゃんと反省する事」
「あはは、調子に乗りすぎちゃいましたねー」

そんなこんなでアルクェイドに捕まえてきてもらった二人を諭す俺。

「申し訳ありません、志貴さま……」
「いや、翡翠はいいんだよ。悪いのは琥珀さんなんだから」
「そうそう悪いのは……って志貴さん?」
「さあ、翡翠も戻ってきた事だし再開しようか?」
「わ、わたしをスルーするだなんて。無駄にレベルアップしてますね」

そりゃまあ毎度ひっかけられてるからなあ。

俺だって少しは進歩しているのだ。

「じゃあ台所に行きましょうか」

くいと台所の方向を指差すアルクェイド。

「晩御飯ですか?」
「違うよー。朝ご飯の練習なんだけど……」

と言いかけて壁の時計を見る琥珀さん。

「あらら。もうこんな時間なんですね。そろそろ支度しないといけません」
「ならわたし手伝おうか?」
「いえ、いきなり本番は止めておきましょう」
「そうだな」

朝ご飯なら抜きでも我慢できるけど、晩御飯が食べられなくなったら辛すぎる。

「志貴、何か失礼な事考えてない?」
「……い、いや、そんな事はないよ」

アルクェイドは本来万能だから何でも出来るんだろうが。

やっぱり不安だからなあ。

「わたしが晩御飯を作っておきますので、翡翠ちゃんと一緒に他の事をやっていて下さいな」
「むー……」
「翡翠はそれで構わない?」
「わたしは志貴さまに従うのみです」
「……あ、そ、そう?」

いつもよりも口調が事務っぽい感じの翡翠。

「あのような失態はもう繰り返しませんので」
「う、うん」

失敗したって言ってもそれは翡翠が思い込んでるだけどなぁ。

まあついさっきの事だし、しょうがないか。

「ではわたしはお先に失礼しますー」

琥珀さんはひょこひょこ台所へと向かっていった。

「朝ご飯飛ばしたら次はなんだろうな」
「普段でしたら志貴さまを送り出しますね」
「じゃあそれやる?」
「……それやるって……」

つまり俺に出かけて来いと?

「一度外に出ていただいて、しばらくしたら戻って来て頂ければいいのではないでしょうか。それならば出迎えの練習も可能です」
「あー、まあそれくらいならいいかなぁ」

なんだか間抜けな感じもしなくもないが。

「いいわね。じゃあそれで行きましょう」

アルクェイドが乗り気なので取りあえず実行してみる事にした。
 
 
 
 

「ではまずわたしが手本を」
「あ、うん」

最初は翡翠が手本を見せる事に。

「……じゃ、じゃあ……ええと、行ってくるよ」
「はい。行ってらっしゃいませ志貴さま」

言葉をしゃべり終わってからぺこりと一礼。

俺は振り返って何歩か歩いてみた。

「以上です」

翡翠の声が聞こえる。

「なーんだ。簡単じゃない」

アルクェイドは余裕綽々だった。

確かにこの程度なら手本なんかいらないんじゃないかなあと思うんだけど。

「ではやってみて下さい」
「わかったわ。志貴、戻ってきて」
「はいはい」

再び玄関へと戻る。

「おかえりなさいませ、志貴さま」

翡翠はまた俺に向かって頭を下げた。

「え? ああうん、ただいま」

そうか。迎えの練習もするって言ってたもんな。

「以上が迎えになります。覚えておいてくださいませ」
「はいはい。さっさと始めましょうよ」
「……」

一歩後ろに下がる翡翠。

「志貴さま。これからわたしは少しアルクェイドさまに厳しい事を言うかもしれませんが、宜しいでしょうか」
「え? あ、う、うん。いいけど」
「何よ。わたしが失敗するっていいたいわけ?」
「……まずは実行なさってみてください」
「むぅ……」

翡翠の言葉に顔をしかめるアルクェイド。

「もう。ほら志貴。さっさと出かける」
「え? あ、ああ、うん」

出かけろとけしかけられる主人ってのもなんだかなぁ。

「……じゃ、じゃあ、行ってくるよ」
「はい」

頭をぺこりと下げるアルクェイド。

「行ってらっしゃいませ、志貴さま」

そして一言一句違わず翡翠の言葉を真似していた。

「へへ、どう?」

それからすぐに頭を上げて尋ねてくる。

「……まあ、それなりにいいんじゃないかな」

これなら文句なしだろうと思えたのだが。

「駄目です」

翡翠は首を振りながらそう言った。

「ええっ? 何が駄目なのよ」
「アルクェイドさまは出送りの言葉と同時に頭を下げておりましたが。同時では駄目なのです」
「あー」

言われてみれば確かに。

アルクェイドは頭を下げながら言葉を発していた。

対して翡翠は、言葉を先に言ってから頭を下げていたのである。

「それでは言葉が不明瞭になってしまいます。言葉は必ず頭を下げる前に言いましょう」
「……俺も気をつけないとな」

秋葉に謝るときとか特に。

「それから、お辞儀の角度も宜しくありませんね。主人を出迎える場合は深々と頭を下げなくては」
「角度ってそんな面倒な……」
「最低限の礼儀です。主人と従者は違うのですから。30度は下げて頂かないと困ります」
「ねえ志貴。なんとか言ってよー」

あれこれ指示してくる翡翠に辟易したのか、俺に助けを求めてくるアルクェイド。

「日本じゃ礼節を重んじるからな。覚えておいて損はないよ」

就職活動とかでもきっと役に立つ事だろう。

まあこいつが就職する事なんて永久に無さそうだけど。

「さらに言うのであれば、頭を上げるときはゆっくり行うほうがよいです。そのほうが綺麗に見えますので」
「……ああ、それはちょっと思ったかも」

頭を下げたと思ったらすぐに上げちゃってたからなあ。

「細かいのねえ」

アルクェイドは呆れた顔をしていた。

「それだけ奥が深いと言う事ですよ」

翡翠は薄く笑っている。

「……さすがだなぁ」

なんていうか、翡翠のメイドのプロ魂を見せ付けられた感じである。

「では、さっそく特訓です。反復練習で体に身につけてしまいましょう」
「ええっ?」
「常々アルクェイドさまには礼節が足りないと思っていたんです。いい機会ですから覚えて頂きます」
「ちょ、ちょっと……本気?」
「当然です。さあ」
 

そしてどうやら翡翠はかなりのスパルタ教師のようであった。
 

続く



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