なんていうか、翡翠のメイドのプロ魂を見せ付けられた感じである。
「では、さっそく特訓です。反復練習で体に身につけてしまいましょう」
「ええっ?」
「常々アルクェイドさまには礼節が足りないと思っていたんです。いい機会ですから覚えて頂きます」
「ちょ、ちょっと……本気?」
「当然です。さあ」
そしてどうやら翡翠はかなりのスパルタ教師のようであった。
「屋根裏部屋の姫君」
第六部
姫君とメイド
その23
「おかえりなさいませ、志貴さま」
ぺこり。
「角度が甘いです。あと10度は曲げていただかないと」
「えー? まだ足りないの?」
「アルクェイドさまは頭だけを下げてしまっているんです。体もきちんと動かして頂かないと」
翡翠のお辞儀指導は続いていた。
しかも、あの飽きっぽいアルクェイドにしては珍しく文句も言わずに練習している。
「そうです。ですが先ほどよりは良くなっていますよ。頑張りましょう」
「そう? じゃあもう一回」
というのも翡翠の教え方が上手いからだ。
悪いところは悪いところで指摘するし、いいところはきちんと褒める。
スパルタなのかと思ってしまった自分が恥ずかしいくらいだ。
「いってらっしゃいませ、志貴さま」
ぺこり。
「今の角度ですね。素晴らしいです」
翡翠が嬉しそうな顔をしていた。
「ほんと? やったあっ」
アルクェイドも満面の笑みを浮かべている。
「後はそれを確実に行えるようにするだけです。それにはひたすら練習です」
「平気平気。一度コツ掴んじゃえば楽勝よっ。さあ志貴、あっち行って戻って来なさいっ」
「はいはい……」
言われるがまま遠ざかる俺。
しばらく待って、さあ歩いていこうかなと思った瞬間。
「たいへんたいへん! 大変〜っ!」
琥珀さんが慌てた様子で駆けてきた。
「どうしたんですか姉さん?」
「丁度いいわ。見ててよ。今ね。翡翠にお辞儀を褒められたのよ」
「れ、練習の話なんてどうでもいいんですっ」
「む」
琥珀さんの言葉に顔をしかめるアルクェイド。
「お料理してて気付いたんですけどっ。今は秋葉さまがいないんですよっ?」
「それがどうかしたの?」
「特に変わりは……あ」
翡翠の表情が変わった。
「な、何? 何があるの?」
「……姉さん。あと何分ですか?」
「あと五分っ!」
「大変です。急がなければ」
そう言って翡翠と琥珀さんは屋敷へと駆けていった。
「いや、だから何をそんなに急いでるのっ?」
「生で見れるんですよっ」
「……生で?」
「あーっ!」
それを聞いたアルクェイドまで叫び声をあげた。
「そっか! 邪魔されないのねっ!」
「そうです! 録画で我慢する必要ないんですよっ」
「……」
いかん、何の話なんだかさっぱり読めない。
「急ぎましょ志貴。こんな事やってる場合じゃないわっ」
「あ……うん」
何がなにやらさっぱりわからないけど、とにかく俺はみんなについて行く事にした。
「教えて! 知得留先生! 〜ガクガク動物ランド〜 はっじまるよー!」
これかい。
「いやー。生で見れるのはほんと久々ですよー。いつもはお料理とかしてるんで絶対見れませんもん」
琥珀さんはにこにこ笑っていた。
「わたしもいつもはこの時間に見れないし」
アルクェイドも大層ご満悦の様子だ。
「ビデオが足りなくなって来ましたね」
「そうだねー。そろそろDVD導入も考えなきゃー」
ちなみに生で見ているにも関わらず、ビデオは標準画質で録画されている。
「おっす! ばけねこさんだぞ!」
などとみんなの様子を眺めていたら本編が始まった。
「ボンソワール! 知得留です。みなさん、今日も元気ですか?」
「はーいっ」
テレビに向けて元気よく返事をするアルクェイド。
「子供そのものだなぁ」
「……」
普段なら即座に反応するような俺のボヤキにもまるで反応しない。
それほど番組に夢中なのである。
「はぁ」
しょうもないので俺も画面に目線を戻す。
「知得留先生。ちょっといいかね」
画面端からぬっと渋い教授が顔を出した。
「おや教授。どうしたのですか? 元気がありませんけれど」
着ぐるみなので表情はまるでわからんのだが……というかそもそも教授なんて何してても渋いんだけど。
とにかくストーリー上、教授は落ち込んでいるらしい。
「いやな。わたしの身の回りをしていた助手君が風邪をひいてしまってな」
「おやおや。大丈夫なんですか?」
「ふっ、このアチキは生まれてこの方風邪なんて引いた事ないぜっ」
すぱんとハリセンでばけねこを叩く知得留先生。
「人の会話に許可なく割り込んで来ないで下さい。マナーが悪いですよ」
「なんだとー。いきなりハリセンで叩くほうがよっぽど人道、いや猫道に反して……」
「いや、助手君は数日でよくなるとの事なのだが」
「あ、そうなんですか?」
教授も知得留先生もばけねこは完全無視。
むごい。
「何せ広い家なもので、管理が大変なのだ」
どうやら教授は豪邸住まいのようだ。
さすがは教授というだけはある。
「おやまぁ。それでは来週の頭に提出する予定の論文が危ないのではないですか?」
「せつめーしよう。論文というのはえらい人が書く難しい文章の事なのだ。わかったかにゃ良い子の諸君っ!」
恐ろしく大雑把な説明をしてくれるばけねこ。
まあ子供向け番組だからこれくらいで十分だろう。
そもそも子供向け番組で論文なんていう言葉が出てくる事自体おかしいんだが。
「ふむ。説明ありがとうございます。ばけねこ。あなたにしては優秀です」
「アチキはいつでも優秀なのだニャー。いえーいっ」
知得留先生に褒められ(?)ぴょんこぴょんこ跳ね回るばけねこ。
「そうなのだ。それで困ってるのだよ。誰か屋敷の掃除をしてくれる人がいてくれればよいのだがな」
はぁと大きなため息をつく教授。
「ふむ。つまりあれだニャ。教授は冥土の土産が欲しいわけか?」
「土産は余計です。メイドでいいんですよ。メイドで。身の回りの世話をしてくれる人の事です」
「ほほう。萌え属性要素ナンバーワンのメイドを侍らせているとはさすがは教授。マーベラス!」
「意味のわからない事を言わないで下さいっ」
再びすぱーんとハリセンでばけねこを叩く知得留先生。
琥珀さんはくすくす笑っていたけれど、翡翠は何が面白いのかよくわかっていなようであった。
「志貴さま……その、萌えとは一体?」
「え、いや、まあその、なんだ。俺にはちょっとわからないなぁ。あは、あはは」
本当に子供向け番組だよな、これ。
メイドやら萌えを扱うだなんて、俺たちにとってはタイムリーだけど良い子のみんなからの需要はあるんだろうか。
「うにゃにゃ……ぼうりょくはんたいー」
ばけねこは頭を抑えていた。
「しかし同時にいい事を思いついたっ」
だがすぐに立ち直る。
「……な、なんですか」
「嫌な予感がするな」
知得留先生と教授が後ずさると、ばけねこが宣言した。
「ならばこの大人気キャラばけねこがメイドをやってやろう! これって胸キュン?」
「いや。まるでそんな事はないぞ」
俺は不覚にも吹き出してしまった。
教授、ナイツツッコミ。
いや、教授の事だから素で言ったんだろうけど。
「だがことわざにもある。猫の手も借りたいとな。これに従いばけねこに手伝わせてみるか」
「……本気ですか教授?」
「うむ」
教授が頷くと、琥珀さんがたまらないような表情をしていた。
「この渋さ、犯罪級ですよね」
「着ぐるみだって事一瞬忘れるもんな……」
それくらい渋い演技なのだ。
「実は既にエト君にも手伝ってもらっているのでね。ばけねこは残りをやってくれればいいのだ」
「……エト君っ?」
エト君という言葉に今度は翡翠の表情が変わり。
「ではまあ……取りあえず向かってみましょうか」
あらあらー おやおやー それからどうにゃるのー?
幕間である。
続く