エト君という言葉に今度は翡翠の表情が変わり。
「ではまあ……取りあえず向かってみましょうか」
あらあらー おやおやー それからどうにゃるのー?
幕間である。
「屋根裏部屋の姫君」
第六部
姫君とメイド
その24
「相変わらず広いですねぇ」
舞台は変わって屋敷内。
もちろんそれはセットなんだろうが、ゴールデンタイムのドラマ級に豪華なものであった。
一体どこからこんな設備を作る資金が出てるんだろう。
「遠野のお屋敷と似てるんですよね。教授の館って」
これは琥珀さんのセリフ。
なるほど確かに、窓の位置とかタンスの位置とかそっくりだった。
「ほー。この館で教授はメイドといちゃらいちゃら」
ぺちん。
「そのネタはもういいです。さあ教授。何からやりましょうか?」
「知得留もハリセンはもう飽きたニャー……使うのを止めるのだー」
ばけねこは知得留先生に叩かれふらふらしていた。
このツッコミはもうお約束である。
「うむ。まずエト君を呼ぼう。我が留守の間仕事をしてくれているはずだからな。おーい」
エト君を呼ぶ教授。
「きのこのこ」
相変わらず謎の鳴き声と共に現れるエト君。
「……」
翡翠は画面を見て惚けていた。
「そういえばエト君が出てくるの、久しぶりかも」
そんな事を呟くアルクェイド。
「三週ぶりくらいですかね。ニャンコ大帝国編が長かったですから」
なんだか某劇場版みたいなサブタイトルである。
「なるほど……」
それで翡翠の入れ込みぶりも尋常じゃないわけか。
「……オレが見てるときは大抵エト君いるんだけどなぁ」
これも奇妙な縁というやつなんだろうか。
「のこのこ、きのこ、このきのこのき」
「ふむ。二階の片付けはほぼ終わったとの事だ。ご苦労だったな」
「ここのこの」
「うむ。彼女らは手伝いに来てくれたのだ。感謝せねばなるまい」
知得留先生とばけねこに向かってぺこりと頭を下げるエト君。
「……あらら、わたしも数に入れられちゃってますねえ」
「知得留、この場所に来た時点で手伝うのは確定してたニャ。一人だけサボろうなんて問屋が卸さないのだー」
問屋が卸さないってまた懐かしい表現使うなあ。
「誰もさぼるなんて言ってないでしょう。わたしは教授の論文をサポートするつもりで来たんです」
「うむ。知得留先生。気持ちはありがたいが今回の論文は一人で仕上げたいのでな」
「そうですか。ではばけねこを監視しつつ掃除を手伝う事にしますよ」
「そうしてくれると助かる。では宜しく頼むぞ。くれぐれも邪魔はしないよう」
教授は奥へと消えていった。
「のこのこ、きのこ」
「……しまった。教授がいないとエト君の言葉がわかりませんね」
そういえばエト君の言葉を翻訳出来るのは教授だけなのである。
「あーあ。これだから計画性のない知得留はイヤだニャー」
ゴッ。
「ゲ、ゲンコはもっと禁止……」
「人の話を最後まで聞かないからです。言葉はわかりませんが、文字ならわかりますから」
ポケットから紙とペンを取り出す知得留先生。
「どうぞ」
「のこ」
エト君は口でペンをくわえ、器用に文字を書いていった。
『床の掃除をみんなでやろう』
「床掃除ですか。モップでやりましょうか? それとも雑巾で?」
「きのきの」
エト君が首を向けた先には二つのモップがあった。
「なるほど、あれでやるんですね」
「二つしかニャいのかー。残念だなー。アチキも頑張って掃除する気だったのだがー」
「何言ってるんですか。あなたもやるんです」
知得留先生がモップを取りばけねこに差し出す。
「えー?」
「えーじゃありません。やるんです」
この辺のやり取りは俺とアルクェイドがやるそれにそっくりだ。
「……」
向こうもそう思ったのか、俺の顔をじっと見ていた。
「な、何よ」
「いやなんでも」
恥ずかしそうな顔をしているアルクェイドがなんだか微笑ましかった。
他人のフリみて我がフリ直せということわざがあるが。
ばけねこはアルクェイドにとって非常にいい反面教師であった。
「しょうがない……さっさとやってさっさと終わらせるニャ」
渋々ながらモップを手にするばけねこ。
「エト君はどうするんですか?」
かきかき。
『あちらをやってくる』
「そうですか。では」
そうしてエト君が去っていく。
「ああ……」
翡翠が残念そうな顔をしていた。
「さあーっ。モノども準備はいいかーっ。気合を入れて掃除をするぞーっ」
「……はいはい」
そうして床掃除を始める二人。
しばらくは何事もなく進んでいたのだが。
当然そのまま平和に進むはずがなかった。
「シャー!」
叫び声をあげて猛ダッシュするばけねこ。
だが、バランスを崩し。
「ギニャー!」
ごろごろと画面外まですっ転んで行ってしまった。
「何やってるんですか、もう……」
ため息をつく知得留先生。
「……あ!」
そして知得留先生は目を丸くしていた。
いや、着ぐるみだから目は大きくならないんだけど。
とにかく驚いたような仕草をしたのである。
「知得留先生……これは一体どういう事なのだね?」
「きょ、きょきょきょ……」
教授の声だけが聞こえる。
その声には怒りのオーラが篭っていた。
「ばけねこ……邪魔をするなとあれほど……」
「ちょ、ちょっと。落ち着きましょう教授。素数を数えてっ。1、2、3、5……」
「……1は素数ではない」
教授が現れる。
「ぶっ」
俺は不覚にも吹き出してしまった。
「あ、あははっ。何あれーっ」
アルクェイドも大笑いしている。
教授の頭にさっきばけねこの持っていたモップの先の部分が被さっているのである。
まるで変な髪形になってしまったみたいだ。
「……7……ふふ、ふふふふふ」
知得留先生もどうやら同じ心境だったらしく、笑い出してしまった。
「何がおかしいのだっ」
教授が迫るとなお滑稽に見える。
「……っ」
翡翠も必死で笑いを堪えているようだった。
「うにゃー、酷い目に遭った……うおっ? 教授なんつーイカス髪型っ! ニャハハハハハハハハハ!」
端から出てきたとたん大爆笑するばけねこ。
「なんだと……」
それで頭を押さえる教授。
窓にはその間抜けな姿が映っていた。
「……」
口元を押さえる教授。
どうやら自分自身で面白かったようだ。
「……はっ! そうか! この理論を使えばうまく……」
「えっ? まさか論文を思いついたんですかっ?」
「そうだ! すまんばけねこ! 感謝する!」
教授はモップを頭に乗っけたまますっ飛んで行った。
「……んー。なんちゅーか瓢箪からコマ?」
「世の中不思議な事もあるものですねぇ……」
番組終了時のBGMが流れ始めた。
どうやら今日はこれで終わりらしい。
あんまりオチらしいオチはなかったけど、まあ上手い事まとまってたんじゃないだろうか。
「あー、面白かったー」
うーんと背伸びをするアルクェイド。
「ばけねこみたいに適当な仕事はしちゃ駄目だぞ?」
「わ、わかってるわよ」
この注意の仕方は実に効果的そうだった。
「……」
「あれ?」
翡翠と琥珀さんはまだ画面を見ている。
「まだ何かあるの?」
後はもうスタッフロールだけだと思うんだけど。
「のこ」
「!」
そこに表示されている映像に俺は愕然とした。
「え、エト君がメイド服を……」
そう。あのエト君がメイド服を着ているのだ。
可愛らしいというか、なんだか別の生き物みたいである。
「……はぅ」
「ひ、翡翠っ?」
そしてその映像を見ていた翡翠が卒倒してしまった。
エト君好きの翡翠にはたまらない映像だったんだろう。
「これぞまさにオチってやつ?」
「ばけねこの真似なんてしなくていいっ。おい、翡翠、翡翠ーっ!」
俺の体を見たときだって卒倒まではしなかったのに。
エト君にちょっとジェラシーを感じてしまう俺であった。
続く