「これぞまさにオチってやつ?」
「ばけねこの真似なんてしなくていいっ。おい、翡翠、翡翠ーっ!」

俺の体を見たときだって卒倒まではしなかったのに。
 

エト君にちょっとジェラシーを感じてしまう俺であった。
 
 


「屋根裏部屋の姫君」
第六部
姫君とメイド
その25






「さて、不慮の事故で翡翠ちゃんがダウンしちゃったわけですが」

取りあえず翡翠は琥珀さんのベッドに寝かせてある。

「その言い方だとなんかとんでもない事件に巻き込まれたって感じしない?」
「まあ翡翠ちゃんにとっては大事件でしたし」
「かもね」
「……うーむ」

エト君のメイド姿は色んな意味で反則だったからなあ。

あれをやろうと考えたスタッフの意図がさっぱりわからない。

実は翡翠だけじゃなくて、ファンの子が多かったりするんだろうか。

謎だ。謎過ぎる。

「まあ、とにかくわたしは晩御飯を作ります。志貴さんとアルクェイドさんはお部屋に戻って待っていてくださいな」
「メイドの勉強はどうするの?」
「うーん。適当に自習って事で」
「わかったわ」
「……」

って事は俺も一緒に自習か。

「いいでしょ? 志貴」
「まあ、別に構わないけど」

もういい加減、覚悟というか諦めというか、そんな心境になってしまっていた。

今日はとことんアルクェイドと付き合うとしよう。

「やったー!」

両手バンザイするアルクェイド。

「メイドだったらあれだぞ。主人を部屋まで案内してくれないと」
「そうね。じゃ」

姿勢を正し、うやうやしくお辞儀をして。

「部屋をお連れします」
「……なんか違う」
 
 
 
 
 

「メイドの心得そのじゅうにー!」
「そのじゅうにー……」
「志貴。声が小さいっ」
「はいはい……」

そんなこんなで例のメイド本を音読している俺たち。

アルクェイド曰く、声を出して読んだ方が頭に入るからだそうだ。

「つーかさ。おまえの頭なら音読とか関係ないんじゃないか?」

覚えようとさえすれば、こいつは一瞬で記憶出来てしまうはずなのに。

「わたしはいいけど。志貴が駄目でしょ?」
「……何度も言うけど、俺はメイドになるつもりはないの」
「ちっちっち」

妙に芝居がかった動きをするアルクェイド。

「な、なんだよ」
「志貴もメイドに詳しくなっておけば、失敗をすぐに指摘出来るじゃないの」
「い、いや、別にそこまで詳しくなりたくないんだけど……」

アルクェイドのやりそうな失敗も大体想像できるし。

力を使いすぎてどかーんとか。

「要するにおまえの場合は、加減さえ間違えなきゃ問題ないの」
「ちゃんと加減してるつもりなんだけどなぁ」
「それが失敗してるから、壊したりなんだりが起きるんだろ?」
「むぅ」

頬を膨らませるアルクェイド。

「琥珀よりはモノ壊してないもん」
「それは比較対象が悪すぎ。下を見てたらいつまで立っても向上しない」

今頃琥珀さんはクシャミでもしてるかもしれない。

「どうしろっていうのよ」
「だから……まあ、何事も程々にな」

結論とするとそんなつまらないものになってしまう。

「ぶー」

そんな答えではアルクェイドが納得してくれるはずもなく。

「……はぁ」

この議論は延々と繰り返されていた。

「まあとにかく、地道な勉強を繰り返せば立派なメイドになれるはずなんだ」
「ほんとに?」
「……多分」

なんせ参考書があれだからなあ。

「頼りないわねえ」
「俺は優秀な先生じゃないからな」

早く翡翠に復帰して欲しい。

こんこん。

「ん?」

誰だろう。

「翡翠が復活したのかな?」
「どうだろ。こんな早く……」

首を傾げつつドアを開けると。

「……」
「あ」

翡翠がそこに立っていた。

「ほら。正解でしょ?」

えっへんと胸を張るアルクェイド。

「そんなえばることじゃないだろ」
「……」

そんなアルクェイドと対照的に、翡翠は落ち込んでいるようだった。

「ど、どうしたの翡翠?」
「申し訳ありません、志貴さまっ」

俺が尋ねると翡翠は思いっきり頭を下げた。

「え? え?」
「先ほどの失態に続き、またもこの体たらく……なんと申し上げたらよいのか……」
「い、いやいや、ちょっと落ち着いてねえ。翡翠」
「わたしは志貴さまのメイド失格ですっ」
「だから落ち着いてってば」

ぽんと肩を叩く。

「はっ」

それで翡翠は我に返ったような顔をした。

「また志貴さまの前で無様な……」

だが、再びうろたえだしてしまった。

これじゃ延々と繰り返しである。

「翡翠!」

仕方ないので俺は大声で翡翠を呼んだ。

「は、はい」
「……ごほん」

さて、何て言えばいいんだろう。

「ええと……」
「別にそんな気にしなくていいんじゃないの? さっきなんてテレビ見てただけなんだから。休憩と一緒じゃないの」

俺が考えていると先にアルクェイドがそんな事を言った。

「そ、そそそ、そうそう。別に仕事中だったわけじゃないんだし」
「……ですが」

さっきもそうだったけど。

滅多な事じゃ失敗しない翡翠だから、こんな些細な事でも尾を引いてしまっているのかもしれない。

「失敗なんて誰でもするんだしさ。肝心なのは、その失敗をそのままにしないで次に成功させるよう、努力する事だと思うよ?」

俺は半分自分に言い聞かせるように言った。

これが出来れば理想ではあるのだけれど、なかなか出来ないことのひとつである。

「そうすると、わたしはどうすればいいのでしょうか」
「……ぬ」

どうすればいいんだろう。

今回の場合、翡翠はエト君のあまりの可愛さにノックダウンされてしまったわけだ。

「エト君をじっと見続けて、見ても過剰に反応しないよう訓練するとか?」
「……それはむしろ逆効果なような」

自分の世界に浸ってしまいそうな予感がする。

「うーむ」

もっとこう、あれだ。

「エト君のあれ以上に驚くような事態に遭遇しておけば、そうそう驚く事はなくなるんじゃないかな」

毒を持って毒を制すという事がある。

ならば驚きには驚きで対抗すればいいんじゃないだろうか。

「具体的にどうするのよそれは」
「……」

それがまた問題である。

「駄目ねえ。思いつきばっかり口にしたってしょうがないでしょ」

アルクェイドは呆れた顔をしていた。

「な、なんだよ。おまえはいい考えあるのか?」

ついかちんときてしまい、少し強い口調で尋ねた。

「それはもちろん」

にっこりと笑うアルクェイド。

なんか嫌な予感がする。
 

「わたしと志貴でイチャイチャしてるところを見せ付けてやればいいのよっ!」
 

続く



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