「だって。行きましょ志貴」
「あ、うん」

俺の事だし、ただの見間違いかもな。

「参りましょう、志貴さま」

次に見た翡翠の表情はいつも通りだったし。

「さーて飯飯っと」
 

今日の晩御飯はなんだろうな。
 

そんなお気楽な考えへ移行してしまったのであった。
 
 

「屋根裏部屋の姫君」
第六部
姫君とメイド
その27







「しかし、主人より早く飯を食べるメイドってのもどうかと思うぞ?」
「だって美味しそうだったんだもん」

夕食後、俺とアルクェイドは部屋でまったりとしていた。

「まあ、それは確かに」

秋葉さまがいらっしゃらないので出来合いのもので作りましたけどーとか言ってた割に、いつもより出来が良かった気がする。

「秋葉がいないから逆に張り切ったんじゃない?」
「さもありなん」

否定はしなかった。

「ところで志貴」
「うん?」
「そこのところ」

アルクェイドは俺の後ろの壁を指しているらしい。

「なんだよ」

壁を見てみたけど特に何も変なところは。

「えいっ」
「のわっ」

いきなり後ろから抱きつかれてしまった。

「な、なんだよいきなり」

本当に何の脈絡もなくてびっくりしてした。

いや、こいつはいつもそんな行動ばっかりだけどさ。

「ん? ちょっと今日はいちゃいちゃしてないなーって」
「……いちゃいちゃとか自分で言うな」

自分の顔がみるみるうちに熱くなっていくのを感じる。

「それに、今日はずっと一緒にいたじゃないか」
「一緒にはいたけどいちゃいちゃはしてないわよ」
「はいはい」

まあこいつがそれで満足するならそれでいいか。

抱きつかれてるのは恥ずかしいけど嫌じゃないし。

「ちょっと。わたしだけ乗り気でもしょうがないでしょ。志貴も」

しばらく黙っていたアルクェイドだが、不満げな声でそんな事を言った。

「いや、どうしろと」
「何かロマンチックな事言ってよ」
「……ロマンときたか」

こいつの口からそんな単語が出てくるとは。

「君の瞳は百万ボルト」

取りあえずそう言ってみた。

「……なにそれ?」

昔はこれでノックアウトされた女性が何人もいたらしいのになあ。

「いや、なんでもない」

そもそも俺なんかにロマンを求めるのは間違いだと思うんだけど。

「好きだぞ、アルクェイド」

捻りもなく言ってみた。

「……」

やっぱ駄目だったかな。

「急に言われてもなあ」

とか苦笑しながら後ろを向くとアルクェイドは顔を真っ赤にしていた。

「うおう」

まさか直撃?

「なんか、志貴に好きって言われたの久々な感じ」
「……確かにそうかも」

心の中で思ってても口には出さないからなあ。

うわ、ヤバイ。そう考えると急に恥ずかしくなってきた。

「そ、そういえばさ」

話題を変更しよう。

「なに?」
「今日のメイドっぷりはなかなかよかったぞ」
「そう? 志貴怒ってばっかりだった気がするけど」
「いや、まあ怒るは怒ったけどさ」

それはあくまでアルクェイドにしっかりして欲しいと思っているからであって。

「それに、理由が理由だしな」

アルクェイドはこっそり隠れてではなく、堂々と俺と共にいたいと思ったからメイドをやろうと言ってくれたのである。

そう。俺の為に……

「……っていかんいかん」

なんだこの思考パターンは。

俺もアルクェイドもどこかおかしくなってしまっている。

どうしてこんな事になってるんだ?

「そういえばなんでメイドやろうとしてたんだっけ?」
「……おいおい」

お約束っちゃあお約束だけど。

自分で言い出した事忘れるかね普通?

「冗談よ」
「おまえがいうと冗談に聞こえないんだ」
「……わたしバカじゃないもん」

ぎゅっと腕に力を入れてくるアルクェイド。

「ごめんごめん」

こいつ相手だとつい口が悪くなっちゃうんだよなあ。

「でも、おまえ自分で完璧だとか言ってる割に結構ミスするだろ」
「普通だったら絶対にしないわよ」
「じゃあなんで失敗するんだよ」
「だから……志貴が見てるから緊張しちゃうのかも」

またアルクェイドは顔を真っ赤にしている。

「……そ、そうなのか」
「うん」
「……そうか」

ってなんなんだこれはっ。

アルクェイドを立派なメイドにするってサクセスストーリーじゃなかったのか。

どうしていきなりアルクェイドとイチャイチャし出してるんだ俺は?

原因を考えよう。

晩飯前は普通にメイドの話だったはずだ。

「……ん?」

ってことは晩飯に何か原因が?

今日は何を食べただろう。

やまいも、レンコン、モロヘイヤ、エトセトラエトセトラ。

って精のつくもんばっかじゃん!

もっと早く気付けよ俺。

「志貴……」

艶のある声で俺を呼ぶアルクェイド。

もしかしたらその、ずっと俺の事を誘っていたのかもしれない。

っていうかそれしか考えられない。

「……」

普段だったら俺はアルクェイドを押し倒してしまっただろう。

「ちょっと待って」

だが今はそういうわけにはいかなかった。

「うん?」

アルクェイドの腕を解き、ドアに向かって抜き足差し足歩いていく。

「……ハァハァ」

誰かの荒い息遣いが聞こえた。

「琥珀さんっ!」

思いっきりドアを開く。

「うわっ?」

そこにいたのはやっぱり琥珀さんである。

「何やってるのかな?」
「え? いや、その、お二人は元気かなーと。色んな意味で」

あははーと苦笑いする琥珀さん。

「はいはい。デバガメ禁止。部屋に戻ってね」
「ちぇ。志貴さんだったら気付かないと思ったのに……」

琥珀さんはつまらなそうな顔をして去っていった。

「まったくなんつー人だ」
「別にいいじゃないの。琥珀が聞いてたって堂々といちゃついてれば」
「そ……それはちょっと」

さすがに抵抗あるっつーかなんていうか。

見られているのを知っててそういう事が出来るのはよっぽどの兵だと思うぞ。

「志貴って恥ずかしがりだよね。かっわいー」

にこにこと笑っているアルクェイド。

「おまえが恥じらいなさすぎるだけだと思うぞ。ベッドの上では恥ずかしがるくせに」
「うわ、セクハラ」
「おまえから始めたんだろ」
「……」

アルクェイドは顔を真っ赤にしている。

ふ、立場逆転だ。

いつも主導権を握られてる俺じゃないぜ。

「……じゃあ……早速試してみる?」
「う」

逆に挑戦状を叩きつけられてしまった。

「じょ、上等だぜ」

しかも受けてしまった。

「妹の不在時を狙っていちゃつくなんて。悪いお兄ちゃんね」

ぺろりと舌を出して笑うアルクェイド。

「ば、ばか」
「えっへっへー。仕返しだもん」
「……まったく」

このお姫様ときたら。

「まあ、いいか」

琥珀さんの狙い通りになったようで癪ではあるが。
 

「思う存分いちゃつこうねっ」
 

アルクェイドはにっこりと笑っているのであった。
 

続く



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