琥珀さんもつられるように笑っていた。
「あはは」
あの琥珀さんにそんな事を言わせる事が出来るのはアルクェイドくらいだろうなあ。
「では、テストの用意をしてまいります〜」
そう言ってスキップしながら去っていく琥珀さん。
「テストって何やるのかな? ご奉仕テスト?」
「そういう言い方は止めろっつーに」
しかし本当に何をするつもりなんだろうなあ。
期待と不安が入り混じる心境の俺であった。
「屋根裏部屋の姫君」
第六部
姫君とメイド
その3
「はーい、お待たせしました〜」
そんなわけで場所を移動して俺の部屋。
琥珀さんが妙に分厚い本を持って入ってきた。
「なにそれ?」
「これですか? これは『必勝! これで今日から貴方もメイドさん大全集』です」
「……」
その本は一体どこの誰の需要のために作ったものなんだろうか。
「ふーん。それを読めば一流のメイドになれるってこと?」
「ええ。そういうことですね。ページをめくれば即お役立ちの情報が盛りだくさんですよ〜」
ぺらぺらとページをめくる琥珀さん。
「えー。その128。ご主人様にいじめられた時の表情について」
「……いや、いきなりそんなマニアックなところから始められても」
「それ、本当に役立つ本なの?」
アルクェイドもさすがに不審げな顔をしていた。
「ちゃんと役に立ちますよー」
「もっとマシなのにしてよ」
「はいはい。ではではええと……」
少しページを戻す琥珀さん。
「その12。片付けについて。片付けの出来ないメイドなどメイドに有らず。主人の花瓶を割るなど持っての他……」
そこで読むのを止めて、笑顔で俺の顔を見る。
「な、なに?」
「これはあんまりよくないページでしたね。他のところにしましょう」
「え、あ、うん」
ぱらぱらぱら。
「その256。忍耐について。メイドは原則主人に忠実に従うものである。断じて主人を罠にはめたりしてはいけない……」
ぱたん。
琥珀さんは笑顔のまま本を閉じて。
かつかつかつ。
ばさっ。
「さ、やっぱり実際にやってみないとわからないですよねー。実技試験から行きましょうか〜」
その本の事を完全になかったことにしようとするのであった。
「いや、捨てるなら自分の部屋で捨ててくださいって」
「そんな胡散臭い本は二度と見たくありません」
「……」
なんたる態度の変わりようだろうか。
そりゃまあ捨てたくなる気持ちはわからなくもないけど。
「つーか今まで読んだ事なかったんですかっ?」
そんな二度と見たくなるような内容が書いてあるのに所持していたということはそういうことである。
「あはっ。わたしにそんな本は必要ありませんし」
じゃあなんで買ったのさというツッコミを入れたいのを俺はかろうじて我慢した。
「それにメイドには多少の欠点もあったほうが可愛げのあるものですよ。足なんて不要でというやつですね」
「いや意味わかんないから」
「百聞は一見にしかずというやつですよ」
「はぁ……まあ別にいいけどさ」
あの本を読んで本当にいいメイドになれるとも思えないし。
「そのいち、メイドの心得について……」
「いや読まなくていいから」
「え? いいの?」
アルクェイドのやつはゴミ箱から本を拾って本を眺めていた。
「結構面白そうなんだけどな、これ」
「……ヒマな時にでも読んでくれ。琥珀さんはいらないらしいから」
「貰っていいの? やったあっ」
「はぁ」
ほんと変なものが好きだよなあ、こいつ。
「……とすると俺も変な部類に入るのかもな」
なんだか複雑な心境であった。
「というわけでまずは庭掃除をやってもらおうと思います」
「庭掃除……なんかつまらなそうね」
「つまるもつまらないもありません。お仕事なんですから。きちんとやって下さいね」
そう言って愛用のほうきをアルクェイドに手渡す琥珀さん。
「でわでわ、わたしは優雅にお茶でもすすっております」
それからぴっと片手をあげてそんな事を言い出した。
「え? 仕事ぶりを見るとかないの?」
「そりゃ見ますよ。でもじっと見てたらやり辛いでしょう? ですから一時間後くらいに様子を見に来ます、はい」
「……」
なんかどうにも怪しい。
「琥珀さん、都合よくアルクェイドに仕事押し付けようとしてない?」
「ぎっくぅ」
「……いや、あのさ琥珀さん」
わざわざ驚きの擬音を自分で表現してくれる人に対して俺は何と言えばいいんだろうか。
「別にいいわよ。琥珀がいたら仕事が早くなるってわけでもないんだし」
「ほらほら、アルクェイドさんもそう言ってますしー」
「……あんまりサボってると秋葉にばれた時怖いよ?」
「肝に銘じておきますー」
ああ、駄目だこりゃ。
「なんかうまく利用されただけのような気がしてきた」
琥珀さんが去って言った後、そうひとりごちる俺。
「まあなんでもいいじゃない。琥珀を味方にしておけば困らないでしょ?」
「そりゃそうだけどさ」
敵に回られたらそれこそ恐ろしい事になってしまう。
「さーて、おそうじおそうじっと」
アルクェイドはノリノリでほうきを動かし始めた。
「はぁ」
この一件、あの人が絡んでしまった時点で不安だらけなのであるが。
何が一番不安かって言うと。
「ん、結構綺麗になるわね。やっぱりわたしって才能あるのかな」
「……誰でも出来る事だと思うけど」
「嘘でもいいからでかしたとか言って欲しいわね」
「はいはい、でかしたでかした。偉い偉い」
こいつがメイドの仕事という地味なものに耐えられるかどうかなのである。
「……飽きた」
およそ十数分経ったところでアルクェイドの動きがぴたりと止まってしまった。
「まあ持ったほうかな……」
俺は三分くらいで飽きるとばかり思ってたんだけど。
「志貴つまんない。代わって」
そう言ってほうきを差し出すアルクェイド。
「ばか。おまえがメイドやるって言ったんだろ」
俺は苦笑いして返した。
「……それはそうなんだけど。つまんないんだもん」
アルクェイドはむくれっ面をしている。
「さっき琥珀さんも言ってたけど、仕事につまるもつまらないもないの。生きてくためには働かなきゃいけないの」
「わたしお金持ちだし」
「だからー。おまえがごく自然に家にいるためにはメイドやらなきゃ駄目なんだろ? 自分で言い出したんだからもうちょっと頑張れ」
「……むぅ」
さすがにこの言葉は効いたのか、考え込むような仕草をするアルクェイド。
「納得したか?」
「ううん。ちょっと思い出した」
「ん? 何をだ?」
「前も琥珀に庭掃除頼まれた事があったのよ。その時の方法使えば楽だったのよね」
「……前にも頼まれた……」
言われてみればそんな事があったような気も。
あの時はどういう風に掃除してたんだっけ?
「小型の台風を作ってそれでゴミをまとめて一気に飛ばしちゃえばいいのよっ!」
「ってちょっと待てこらっ!」
そう、すっかり忘れがちだけどこいつは真祖の姫君なのだ。
自然現象を扱うのなんてお手の物だったのである。
「しんくーたつまきせんぷー……」
「駄目駄目駄目駄目ー!」
どこぞの必殺技みたいなものを叫ぶアルクェイドを慌てて止める俺であった。
続く
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