あの秋葉がアルクェイドにそんな言葉をかけるとは。
なんだか嬉しかった。
これならきっと大丈夫。うまくいくだろう。
「志貴さん、行きますよー」
「あ、うん」
琥珀さんたちを追いかけていく。
「私が上、あなたが下という事を実感させてあげます。ふふふふふふ」
いや、ほんとに大丈夫だよな?
「屋根裏部屋の姫君」
第六部
姫君とメイド
その30
「でもよかったな」
屋敷を一通り回ってから部屋へと戻った俺たち。
まずは成功を喜ぶ事にした。
「わたしの協力あっての成功だという事をお忘れなくー」
「うん、感謝してる」
「うふふふふ」
にこにこと笑っている琥珀さん。
「こう物事が計算通りに動いていくと嬉しいですねえ」
「……う、うん」
敵でなくて本当によかった。
「で、志貴」
「何だ?」
「メイドに雇われたらわたしは何をすればいいのかしら」
「何を……ってなあ」
なんだろう。
「ほとんどの仕事はわたしと翡翠ちゃんで分担しちゃってますからねえ」
「何かしら仕事を分けるんじゃないか? それに先の話だろう?」
まだテストに受かってもいないのに。
「仮にテストに合格しても、秋葉さまが仕事を与えてくれますかどうか」
「……むぅ」
やっぱり不安要素も多いんだよなあ。
「けどそうやって怖がってばかりじゃ先に進めないからな。やるしかないんだ」
そうすればきっと活路も見えるはず。
「あら、珍しくやる気ね」
「普段から秋葉さまにその勢いでぶつかってくれると嬉しいんですがー」
「そ、それはちょっと無理だなあ」
秋葉が怒ると怖いし。
「とにかくテスト待ちよね。そのうち秋葉のほうから仕掛けて来るでしょ」
こんこん。
「ほら早速」
狙い済ましたようなタイミングでノックの音がした。
「失礼します」
「翡翠か」
「秋葉さまがお呼びです」
「はいはい。今行くわ」
立ち上がるアルクェイド。
「……いえ、アルクェイドさまではなくて」
「え?」
なんか猛烈に嫌な予感がしてきた。
「俺?」
「はい」
「……」
もしかして、一度は承諾したものの、今になって怒りが混み上げてきたとかだろうか。
「お早めに行かれたほうが宜しいかと」
「う、うん……そうだね」
琥珀さんとアルクェイドを見る。
「たまには一人で頑張ってくださいなー」
「わたしが行くと余計に話がこじれそうだしね」
俺一人で頑張るしかないようだった。
「……行って来ます」
どうかこの文字が逝くになりませんように。
「す、すまん! 俺が悪かった!」
部屋に入るなり即座に謝る俺。
「は?」
「俺を怒る事で気が済むならいくらでも怒ってくれ! だけどアルクェイドに悪気はないんだ! だから……」
「兄さん、何を言っているんです?」
「……あれ?」
顔を上げると秋葉は呆れた顔をしていた。
「アルクェイドさんの件は先ほど承諾したでしょう? 何を怒る必要があるんですか」
「あ、え、ええと……」
秋葉ってこんなものわかりのいいやつだったっけ?
「おまえは誰だ!」
「焼き尽くしますよ?」
「……すいません、猛省します」
間違いなく本人だった。
「先ほどはアルクェイドさんの真剣さを確かめるために芝居をしましたが」
一体どこまでが芝居でどこまでが素だったんだろう。
俺にはさっぱりわからなかった。
「あのグータラを絵に描いたようなアルクェイドさんが自ら仕事をすると言っているんです」
秋葉がきりっとした顔つきになる。
「だのに遠野の当主たる私が懐の広さを見せずにどうするんですか」
「そ、そうか」
なんだか妙な言い回しだった。
時代かかってるというかなんというか。
やっぱり琥珀さんの影響なのか?
「……それでですね」
「あ、うん、なんだ?」
「先ほどテストをすると言ったじゃないですか」
「ああ、そうだな」
「……その」
目線を逸らせる秋葉。
「どのようなテストをすればいいと思いますか?」
「……」
なんだ。秋葉も考えてなかったのか。
「いや、よかった。安心した」
「な、何をですかっ?」
「秋葉の事だから、屋敷の床を全てぞうきんがけしろとか、一日中タマネギ切ってろとかそういう無茶な事を言うかと思った」
「なるほど。兄さんは私の事をそういう目で見ていたのですね」
「は!」
いかん、墓穴を掘ったか?
「私はそのような程度の低い人間ではありません。テストをすると決めたんですから、ちゃんとしたもので判断したいんです」
「……やっぱりなんかおかしいぞおまえ?」
「むっ」
「い、いや、その、さ。悪い言い方だけど、ちょっと前のおまえは嫌な事は断固として嫌だったじゃないか」
「ええまあ……そういう節が確かにありましたね」
あっさりと認める発言をする秋葉。
「……昨日、ツボを買いに行ったでしょう?」
「あ、ああ」
確か翡翠と一緒にいたんだよな。
「そこで物凄く自分勝手な人を見てしまいましてね。有名な家の人間らしいのですが。品や礼儀というものがまるで備わってなくて」
「反面教師ってやつか」
「ええ。私もアルクェイドさんや兄さんにあんな風に見られてるのかも……そう考えると寒気がしました」
いや、アルクェイドは何にも考えてないと思うけどなあ。
「そもそも秋葉はよくやってると思うけど?」
性格は確かにキツいが、やるべき事はきちんとやっているし。
俺がこんな暮らしを出来ているのも秋葉のおかげなのだ。
その秋葉に黙ってアルクェイドを住ませていると考えると、良心が痛む。
「……ま、まあその話はいいんです。とにかくアルクェイドさんのテストの話ですよ」
秋葉がぱたぱたと顔を扇いでいた。
そんなにこの部屋暑くないんだけどな。
「そうだな」
とにかく今の状況を改善するためのメイド作戦なのだ。
「っていうかそれなら俺に聞くより翡翠や琥珀さんに聞いたほうが早いんじゃ」
ちなみに翡翠は部屋の外に待機している。
琥珀さんも聞き耳を立てているかもしれない。
「……ああ言い切った以上、二人に聞くのはどうも」
ああ、このへんはやっぱり秋葉なんだなあ。
なんだか安心してしまった。
「何ですか兄さん」
「いや何でも。じゃあ二人で考えるか」
「そうしてくれると助かります」
「……」
「……」
沈黙。
「に、兄さん。何かアイディアはないのですか」
「秋葉こそ」
いざ考えてみると、悩んでしまう。
メイドとは一体なんぞや?
そんな根本的な疑問になってしまうからだ。
琥珀さんは主人に尽くす事とか言ってたけど。
それは判然としたもので、具体的にこうとかいうもんじゃない。
普段お世話になってるくせに、全然その人たちのことを理解していない二人であった。
「……うーむ」
何か参考資料でもあればいいんだが。
「あ」
あった。
「何か考え付きましたか?」
「いや……変な資料ならない事もないなと」
変だ変だと言いながら、あの資料には世話になってしまっている。
「資料……ですか?」
その本の名前とは。
「ああ。『必勝! これで今日から貴方もメイドさん大全集』だ」
秋葉が引きつった笑いを浮かべていた。
続く