下からそんな声が聞こえた。
「一階みたいだ。行こう」
「はいはい」
「かしこまりました」
珍しいトリオで揃って声のした方へと急ぐのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
第六部
姫君とメイド
その33
「……まあ落ち着いてくださいよ秋葉さま。話をしましょう」
追い詰められた事で逆に冷静になったのか、琥珀さんは余裕のある表情をしていた。
「何よ。今更話す事など何もないでしょう?」
「いえ、大いにあります。何故なら先ほどの文章とわたしとではまったく違う部分があるからですっ」
「……言ってみなさい。けれど、それが貴方の遺言になるかもしれないわよ」
やたらと物騒な事を言う秋葉。
「では言わせて頂きます。主人に忠実に仕えているふりをしながら……とありましたが、普段のわたしはそんなに秋葉さまに忠実ですか?」
「どちらかというと不忠の部類に属するわね」
「そ、そうきっぱり言われるとそれはそれで傷つくんですが。本当に悪い事を考えていたらもっと信用されるように振舞うと思います」
普段から悪戯が多いから、琥珀さんが何かやろうとすると警戒してしまう。
それは確かに大きな悪事をやるには不利な要素の気がした。
「で、それがどうかしたのかしら? 普段から素行の悪さが目立ち、さらによからぬ事を考えているだなんて……自分の首を絞めているのかしら?」
「それも間違いですよ。わたしはさらによからぬ事なんて考えていません。わたしの考えは秋葉さまたちがいかに人生を楽しく過ごせるかという一点だけでして」
「……それがいつもの悪戯だと?」
「左様です。適度な刺激はボケ防止にもなります」
「人をおばあさんみたいに言わないで下さい」
秋葉のナイスツッコミ。
「そして何より最大の間違いはですね。わたしは秋葉さまが大好きだと言う事ですっ」
「なっ」
面食らったような表情の秋葉。
「わたしはもう秋葉さまが好きで好きでたまらないんですっ。だからつい悪戯をしちゃうんですよっ」
「ちょ、琥珀……」
「ああ、わたしの淡い恋心がついにばれてしまいました」
よよよと泣き崩れる仕草をする琥珀さん。
「え、あ、う……」
琥珀さんと俺たちとを交互に見る秋葉。
「許されぬ禁断の恋。心の中だけに閉まって起きたかったのに……」
「タ、タチの悪い冗談はお止めなさい」
「冗談ではありませんー。本気も本気。マジであります。秋葉さま、ああ秋葉さま、秋葉さま」
「……ああもう! いいかげんにしないとっ!」
「はい、ごめんなさいー」
いつの間にやら攻守がすっかり逆転していた。
げに恐るべきは琥珀さん。
「まあとにかく、わたしの結果に限って言えばあれはインチキだったんです」
「わ、わかったわよ。そういう事にしておいてあげるわ」
秋葉がほとんど投げやりにそう叫んだ。
「さすが秋葉さま。話がわかりますねー」
琥珀さんはしてやったりといった顔をしていた。
「……」
まあ、秋葉も秋葉で本気で怒っていたわけじゃないだろうからあっさり許したんだろうが。
「そんなわけで事件解決です。ささ、アルクェイドさんのテストを……」
「今日はもうそんな気分じゃないわ。休ませて頂戴」
「あ、はいー」
秋葉はすたすたと歩いていってしまった。
「なるほど、メイドには主人を手玉に取る技術も必要なのね」
「いや、アレを参考にしちゃ駄目だから」
琥珀さんは相当特殊な部類に分類されると思うし。
「本人を目の前にアレよばわりしないでくださいよ〜」
「ごめんごめん」
しかしこれからどうしたものだろうか。
「秋葉さまがいなければテストは不可能ですね」
「そうなんだよなあ」
俺たちがどうあがいたって、最終的な判断をするのは秋葉なのだ。
「琥珀のせいで秋葉が拗ねちゃったじゃない」
アルクェイドが頬を膨らませていた。
「違いますよー。あの本がいけないんですってばー」
「琥珀さんももうちょっと考えて回答すればいいのに」
一体どういう選択をすればあんな結果が出るんだろう。
そもそもあの結果が書いてある時点であの本はおかしい気がする。
「あはは、わたしが優秀なメイドなんて結果が出たら秋葉さまはテストをやらなくなってしまうでしょう?」
「そりゃもう間違いなくインチキだからね」
「もう。わたし怒りますよ?」
琥珀さんは口を尖らせて、その後にこりと笑った。
「これは作戦なんです。わたしの評価が下がる事で相対的にアルクェイドさんの株がアップします」
「……そ、そこまで考えてたの?」
「いや、今思いついたんですが」
「おいおい」
思わずひっくり返りそうになってしまった。
「ですが姉さん、それだと姉さんの首が危ういのでは?」
翡翠が首をちょんとやる仕草をした。
琥珀さんならともかく翡翠がこんな仕草をするのはちょっと意外だった。
「それは大丈夫。なんだかんだで秋葉さまはわたしに骨抜きだからー」
骨抜きかどうかはともかく、琥珀さんがいなくなると困るのは確かだろう。
「うっかり琥珀さんをクビにしたら、それこそどんな復讐されるかわからないよ」
「うわ、志貴さんがすごい酷い事を言ってます」
「冗談だって」
なんだかんだで俺も琥珀さんに感化されてる気がする。
「ちぇ。メイドはまだまだお預けか」
アルクェイドは渋い顔をしていた。
「そうあせる事はないって」
今のところ秋葉に悪い反応はないみたいだし。
あくまで今のところ、だけど。
「いっそ、秋葉さまが部屋におられる間に屋敷を綺麗にしてしまうのはどうでしょうか」
翡翠がそんな事を言った。
「部屋から出てくると屋敷の中が見違えるように綺麗になっている。誰がやったかと尋ねると、それはアルクェイドさまと」
「なるほど」
それは大幅に評価があがりそうだ。
「えー? 掃除ってちょっと前にやったばっかりじゃないの」
「メイドは常に掃除をするものなのです」
翡翠はきっぱりと言い切った。
「実はそんなに掃除してなかったりして……」
「姉さん」
「あはっ。なんでもないでーす」
ごほんと咳払いをする翡翠。
「いかがですか? 悪い提案ではないと思うのですが」
「うーん」
さてどうしたもんか。
「屋敷全体というのは無理でしょうから、さしあたって秋葉さまの部屋の周辺だけ綺麗にしてみるとか」
「それくらいなら出来るかな」
多分俺も手伝う事になるんだろうけど。
「きっと妹の事だから、指で窓のふちを触ってほらこんなに埃がとか言うんでしょうね」
「……どっからそういう知識を得てくるんだ? おまえは」
つくづくこいつの知識は中途半端だと思う。
「それじゃ秋葉さまが姑みたいに嫌な性格みたいじゃないですかー」
琥珀さんはとても楽しそうだった。
「まあ、ここで話しててもしょうがないし、取り合えず秋葉の部屋へ行ってみよう」
「その前に掃除道具一式です」
「そうだな」
「ご案内いたします」
そんなわけで翡翠に連れられ道具を取りに行く俺たちであった。
続く