そんなわけで翡翠に連れられ道具を取りに行く俺たちであった。
「屋根裏部屋の姫君」
第六部
姫君とメイド
その34
「これだけあれば取り合えず問題ないでしょう」
「……なんで俺が全部持ってるのかなあ」
右手にモップ、左手に雑巾の入ったバケツ。
頭に三角巾をつければ完璧な大掃除モードだった。
「そりゃあお約束ってことで」
「まあいいけどさ」
大した荷物でもないので、そのまま秋葉の部屋まで運んでしまう事にする。
「志貴、頼もしい〜」
「はいはい」
翡翠や琥珀さんはともかく、なんでこいつまで手ぶらなんだろう。
「アルクェイド。おまえ水入れて来いよ」
「いいわよ?」
バケツを受け取るアルクェイド。
「水道はあっち」
「オッケー」
アルクェイドはバケツを揺らしながらぱたぱた音を立てて走っていった。
「一応様子見ます?」
琥珀さんが後姿を見ながらそんな事を言った。
「ついて行くって事?」
「はい」
「うーん」
大丈夫だろうとは思うけど、さっきのそばつゆの件もあるしなあ。
「そうするか」
しばらくは様子を見たほうが無難そうだった。
「急がないと見失いますよ」
翡翠は既にアルクェイドを追いかけていた。
「おっと」
まあ目的地はわかってるから急がなくても大丈夫だろう。
抜き足差し足で水道へと向かう。
「……いないし」
「どこへ行かれたんでしょうねえ」
先に向かったはずのアルクェイドの姿はどこにもなかった。
「水道が使われた形跡もないですね」
翡翠の言う通り、水受けもまるで濡れていない。
「ってことは別のところに行ったのか……」
ちゃんとあっちだって教えたのに。
「お風呂場でしょうか」
「わたしは秋葉さまの部屋の前で待機してますよ。行き違いになったら嫌ですし」
「あ、うん」
秋葉の部屋へと戻っていく琥珀さん。
「じゃあ、まずは風呂だな」
「はい」
たかが水を汲みに行ったくらいでこう心配するのも過保護な気がするけど。
あいつはほんとに何をやらかすかわからないからなぁ。
「アルクェイドやーい」
脱衣場のドアを開ける。
「うおっ」
するとまだ洗っていない衣類が山のように積まれていた。
「きゃあっ?」
翡翠が慌てた様子でその山を隠そうとした。
まさか、あの中に翡翠の下着がっ?
「……っていかんいかん」
そんな事をしに来たんじゃないんだって。
「ア、アルクェイドー? いないのかー?」
前に進みながらも目線はそっちを見てしまう。
「志貴さま、見ないで下さいっ」
「ご、ごめん」
慌てて風呂場へと逃げる俺。
「し、志貴ーっ! これなんとかしてー!」
するとそんな叫び声が聞こえた。
「やっぱりこっちにいたのか。何やって……」
声のした方向を見て俺はさらに驚かなくてはいけなかった。
アルクェイドは全身に水を被っていて、服が思いっきり透けている状態なのだ。
「ば、ばか、こっち来るな!」
しかもつけろと言ってるのにブラジャーをつけないから、その形がくっきりと浮き出ていて。
「何よー! もっと濡れろっていうの?」
裸体そのものよりもえろく見えるのは気のせいなんだろか。
「ああもう……!」
上着を脱ぎ捨てアルクェイドに投げつける。
「それにでも着替えてろ!」
水を吹き出している蛇口へと向かう。
「これ、故障中だったやつじゃないか……!」
全開になっているそれはいくら回してもなかなか止まる様子がなかった。
きゅっ……きゅっ。
「……ふう」
止まった時には全身濡れ鼠状態である。
「止まった?」
「あのなぁ……」
振り返ると俺の上着を着込んだアルクェイドが。
男物を着てる女の子ってのも妙に可愛く見えるんだよなぁ。
じゃなくて。
「駄目じゃないか。何やってるんだよ。水道はあっちだって言ったのにさ」
アルクェイドを叱らなくては。
「バケツに水を入れるのはこっちのほうが楽かなって思ったからこっちに来たのよ」
「なるほど。それはいい考えだな」
叱ると言ってもただ闇雲に叱るだけではない。
どうしてこんな事をしたのか理由を聞き、それが正しいものなら肯定してやる。
はて、俺はどうしてこんな学校の先生みたいな考え方を身につけてしまったんだろうか。
「じゃあ故障中のヤツをわざわざ使ったのは?」
風呂場には他にちゃんと使えるものがたくさんあるというのに。
「……せっかくだからこれも治して褒めて貰おうかなって」
「なるほど」
こいつとしては少しでもいいところを見せたかったわけだ。
手伝いを覚えて褒めて貰った子供によく似ていた。
もっと褒めて欲しいとあれこれ頑張るのだ。
そしてこう、とんでもない失敗をすると。
「まあ、失敗は成功の母というからな。次は気をつけるんだぞ」
「うん」
そんな事を考えてしまうと、叱る事が出来なくなってしまった。
「志貴さま、それではいけません」
「うわ」
振り返ると後ろで眉を潜めている翡翠がいた。
「で、でもさ」
「失敗を責めるつもりはありません。問題は、主人である志貴さまに後始末をさせた事です」
「俺が?」
「はい。前にも言いましたが、メイドは主人に尽くすのが仕事。手伝わせるなど断じて会ってはならない事です」
「で、でも、たまに翡翠の事を手伝ったりするし、翡翠を濡れさせるわけにもいかないし……」
「いいじゃないのよそれくらいー」
口をへの字に曲げているアルクェイド。
「その考え方がよくないんです」
「まあまあまあまあ」
真面目な翡翠には、このアルクェイドの態度が気になるんだろう。
「ところでさっきの洗濯物は大丈夫だった?」
話を逸らそうとそんな事を言ってみた。
「そ、それは、はい。問題ありません。何一つ」
「そっか」
それは安心したような残念なような。
「そういえば下も濡れちゃったのよね。替えあるかしら?」
「ば、ばか」
そんな事を言われたら想像しちゃうじゃないか。
「アルクェイドさまっ」
「……な、何よ」
珍しく翡翠が強く言葉を発した。
「志貴さまの前でそんなはしたない。すぐに着替えに行きましょう! さあっ!」
「え、あ、ちょ、ちょっと〜?」
アルクェイドが翡翠に押されて歩いていく。
「……?」
何だろう。
翡翠の潔癖症は今に始まった事じゃないけど、今日はやけにそれが顕著なようであった。
続く