「それでもやっぱり本職には敵わなかったわねー」
「いえ、アルクェイドさまの技術はかなりのものでした。途中のロスが無ければ負けていたのはわたしでしょう」
「……次は負けないわよ」

翡翠の言葉を聞いて、アルクェイドはにこりと笑った。

「はい。期待しております」

翡翠も笑顔で返す。
 

そして二人はお互いを称えあうように手を握り合うのであった。
 
 

「屋根裏部屋の姫君」
第六部
姫君とメイド
その37










「戦いを得て芽生える友情……素敵ですねー」

琥珀さんはそんな光景を見て嬉しそうだった。

「うん」

戦わずに仲良く出来れば尚いいんだろうが野暮な事は言うまい。

有彦と俺もケンカから始まった仲だからな。

「……これで仲良くなってくれればいいけど」

お互い面識はあったものの、あまり絡む事のなかった二人だ。

これをきっかけに親睦が深まるかもしれない。

「さてさて次はわたしの番ですかねー」

ぽんと手を叩く琥珀さん。

「琥珀さんの番って?」
「次は料理に挑戦して貰います。相手をわたしが勤めさせて頂くという事で」
「……いや、無理に対決しなくても普通に指導してくれればいいからね?」
「いいじゃないの。その方が面白いし」

にこりと笑うアルクェイド。

「お互いに切磋琢磨することで腕の向上にもなりますし」
「そうそう」
「豪華絢爛料理とゲテモノの対決にならないだろうな」
「失礼ね。料理の知識くらいあるわよ」
「知識だけあってもなあ」

アルクェイドは知識はあっても実益にならない典型的なタイプだと思うのだが。

「琥珀相手だったら遠慮する必要ないもんね。全力で戦わせて貰うわよ」
「む」

どうやら本気モードのようだ。

そうなるとちょっと具合が違うかもしれない。

普段がこれだから忘れがちだけど、こいつは本当は凄い奴なんだからな。

「うふふふ。この割烹着の悪魔と呼ばれたわたしに勝てますかねー」
「こっちだって真祖の姫君って呼ばれてるんだから」

二人は火花を散らしながら厨房のほうへと歩いていった。

「……大丈夫かな」

どうにも心配である。

割烹着の悪魔って明らかに悪いイメージだと思うんだけど。

真祖の姫君だって戦いの中の異名じゃないか。

「あの二人に余計な口出しは不要でしょう」

すると翡翠がそんな事を言った。

「どうして?」
「姉さんは相手を選んで対応を考えますから」
「それはまあそうなんだけど」

きっと怒るか怒らないかの絶妙なバランスでからかうつもりに違いない。

「……わたしは掃除道具を片付けておきます。志貴さまは部屋でお待ちになるのが宜しいかと」
「ん。様子を見に行かないほうがいい?」
「止める人間がいると姉さんの悪戯が悪化しますので」
「なるほど」

それなら大人しく待ってたほうが懸命である。

「では失礼いたします」

翡翠は掃除道具を持って去っていった。

「……どうしようかな」

すぐに部屋に戻って待ってても暇だしなあ。

「……」

取り合えず二人が拭いた窓を眺める。

「ん?」

俺の後ろに影があった。

「秋葉?」

振り返る。

「……っ」

ドアから半分だけ体を覗かせていた秋葉が慌てた様子で中から出てきた。

「ど、どうも」
「どうしたんだ? やっぱりアルクェイドの事が気になったのか?」

そう聞くとそっぽを向いて。

「そういうわけではありません。先ほどまでやかましかったのが静かになったから様子を確認しようと思っただけです」

と言った。

「……」

それを気になっていたっていうんじゃないだろうか。

「な、なんですかその顔は」

「あはは、うるさかったかな。ごめんごめん」

毎度の事ながら素直じゃない秋葉の姿がなんだか微笑ましかった。

「……ええ、もう少し静かに仕事をして欲しいものです」
「よく注意しておく。それより見ろよ。こんなに窓が綺麗になったんだ」

二人が掃除した窓を指差す。

「ええ、驚きました。まさかあの人にこれほどの仕事が出来るとは」
「メイドになれそうか?」
「そう簡単に判断は出来ません。一度や二度ではなく、メイドはそれを常に仕事としているのですから」
「……そうか」

一回やったらはいおしまいってわけじゃないんだもんな。

「でもいきなり全部やれってわけじゃないだろ?」
「仕事のやり方に関しては翡翠と琥珀に任せます。そこに私が口を挟むと平等性に欠けますから」
「へぇ」

てっきりキツイ仕事を与えまくるのかなと思っていたのに。

「意外でしたか?」
「……正直に言えば」
「ふふふ」

秋葉はさらりと髪を掻きあげた。

「伊達で当主をやっているわけではないのですよ兄さん。器量の良さというのも必要なものなのです」

どうやら秋葉は「仕事相手」と「プライベート」でモノの見方を変えるらしい。

「例え気に食わない相手でも、役に立つなら利用するべきですから」
「琥珀さんみたいな事言わないでくれよ」
「それが政治というものです」
「……そういうもんなのかなあ」

俺にはよくわからなかった。

とにかく、ちゃんと仕事をやってるぶんには秋葉がアルクェイドを邪険に扱う事はないと言う事だ。

重要なのはそこだからな。

「どうせ放置しておいても三日で音を上げるに決まってるんですから」
「……否定出来ないのがやだな」

なんだかんだで秋葉はアルクェイドの事をよく理解しているのかもしれない。
 
 
 
 
 

「志貴ー」
「ん」

料理の出来るのを待ってごろごろしているとアルクェイドが部屋にやってきた。

「出来たのか?」
「うん。妹は琥珀が呼びにいったから、志貴も来て」
「わかった」

果たして鬼が出るか蛇が出るか……と。

「……あ?」

そんな事を考えながら歩いていると翡翠と遭遇した。

「も、申し訳ありません。今行こうとしていたのですが」

慌てた様子で頭を下げる翡翠。

どうやら俺を呼びに来る途中だったようだ。

「ああ、うん、大丈夫。気にしないで」

アルクェイドは厨房から直行で来たんだろうから、翡翠が遅かったというわけではないのだ。

「今回はわたしの勝ちねー」

だというのにそんな事を言うアルクェイド。

「こら、止めろってば」
「……」

翡翠はひたすらに複雑そうな顔をしていた。

「いや、ホント全然気にしないで。たまたまなんだからさ、たまたま」
「は……はい」

アルクェイドのやつ、これじゃまるで進歩がないじゃないか。

「さて、翡翠も来た事だし、わたしは先に行って用意してくるわ。志貴の案内宜しくね」
「え?」
「じゃねー」

アルクェイドはすたこらさっさとダイニングに走っていった。

「……」

もしかして翡翠に気を遣ってくれたのか?

「で、では志貴さま」
「ああ、うん」
 

思わぬアルクェイドの行動に呆気に取られてしまう俺たちであった。
 
 

続く



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