「さて、翡翠も来た事だし、わたしは先に行って用意してくるわ。志貴の案内宜しくね」
「え?」
「じゃねー」

アルクェイドはすたこらさっさとダイニングに走っていった。

「……」

もしかして翡翠に気を遣ってくれたのか?

「で、では志貴さま」
「ああ、うん」
 

思わぬアルクェイドの行動に呆気に取られてしまう俺たちであった。
 
 

「屋根裏部屋の姫君」
第六部
姫君とメイド
その38





「はーい志貴さん翡翠ちゃんいらっしゃいませー」
「……ん?」

リビングに来たはいいが、そこには何の料理も用意されていなかった。

「志貴さんたちが来られるのを待っていたんです」
「兄さんのせいで待ちくたびれてしまいましたよ」
「ごめんごめん」

秋葉の向かい側に座る俺。

「じゃあ説明させてもらうわね」

アルクェイドがワゴンを持ってやってきた。

「今回の対決はいたってシンプル。全員で試食して投票数の多かったほうが勝ちよ」
「どこぞの料理対決みたいだな」
「というよりそのものですけどね」

くすくすと笑う琥珀さん。

「というわけでまずはわたしの料理から食べて頂きます」
「琥珀のほうから……ね」

秋葉がいぶかしげな顔をしていた。

「どうしたんだ秋葉?」
「いえ、琥珀の腕は知っていますがアルクェイドさんは未知数なので……」
「……まあな」

もしかすると後からとんでもないものを食べさせられる可能性もあるわけだ。

「未知数の度合いならば姉さんも互角だと思うのですが」
「……あ、あはは」

それも否定できないのがイヤだ。

「翡翠が参加すればある意味最強コンビだったかもしれないわね……」

秋葉が渋い顔をしていた。

さらに秋葉が加わればもう最強無敵、何が出てくるのかまったくわからない暗黒グルメ勝負になっていただろう。

テレビ番組だったらそれでもいいけど、試食する側の立場としてはそんな機会は絶対に訪れて欲しくなかった。

「じゃーん!」
「……おお」

琥珀さんの料理は見た目からして既に美味しそうだった。

「草原のそよ風仕立てのステーキです」

装飾語の意味はよくわからなかったけど。

「じゃ、頂きます」
「はいどうぞ」

ぱくりと塊を口に運ぶ。

「こ、これは……!」

もう一切れを口に。

「なんていう肉の柔らかさだ!」

しかもべらぼうに美味い。

「……まぁまあね」

秋葉は淡白な顔をしていた。

「こんなもんじゃないの?」
「なかなかの塩梅です」
「あ、あれ?」

おかしい、こんなに美味いのにみんなどうして反応が薄いんだ?

「秋葉さまー。それは高級肉だから美味しいと思っているんでしょう。違いますよー?」
「……違うの?」

琥珀さんの言葉に首を傾げる秋葉。

「あ」

そうか、そういう事か。

秋葉なんか元々お嬢さまなんだから、舌が肥えていて当然なのだ。

アルクェイドのほうは味にあんまりこだわらないみたいだし。

翡翠は……まあ、参考程度にということで。

っていうかこの勝負、まともに参考になるやつがいないんじゃないだろうか。

「このお肉は安売りも安売り、半額以下で買った代物、しかも輸入の赤身肉なんです!」
「な、なんですって!」

途端に顔色を変える秋葉。

「あなたそんなものをよくも私に……」
「落ち着いてくださいよ秋葉さま。確かにモノは安いです。しかしその味は一流食材に劣っていましたか?」
「……」

秋葉からの反論はなかった。

「普通の食材で一級品の味をも作り出す。これこそが料理人の腕!」
「こんなに柔らかいのに……」

琥珀さんは一体どんな手品を使ったっていうんだ。

「ふふふ、知りたいですか志貴さん?」
「うん」

と言っても半分予想は出来ていた。

ある料理マンガで赤身ステーキの対決をやっていた事があるのだ。

その時の主人公が肉を柔らかくするために使った物は。

「じゃーん。塩化ナトリウム!」
「そ、そうなのか!」

そうか、この柔らかさは塩化のおかげ……って。

「それただの塩じゃん!」

つまり元素記号でいうところのNaClである。

「はいツッコミありがとうございます。正解は重曹、炭酸水素ナトリウムでしたー」

そう言って懐からビンを取り出す琥珀さん。

「そんなもので柔らかくなるの?」
「なりますよー。軟水効果といいましてねー」

俺にはよくわからない専門用語を披露してくれる琥珀さん。

「……というわけなのです」
「へぇ……やるわね」
「おまえわかってて言ってるんだろうな?」
「当然でしょ」

琥珀さんの裏ワザを聞いてもちっとも動じた様子のないアルクェイド。

「うーん」

その自信は毎度の事とは思いながらも気にはなったが。

「……」

ものすごいスピードでメモを取っている翡翠のほうが気になってしまった。

もしかしたらそのうち梅干し漬けにされたステーキが食卓に並ぶかもしれない。

その時は翡翠の手料理を食わせてやると言って有彦を巻き込んでやろう。

「柔らかさはわかったわ。でも、赤身なのにこの脂は一体……」
「それもですねー。こうお肉をスライスしましてー」

しゃぶしゃぶにでもするのかって具合にスライスした肉の間に脂身を挟んでまとめたわけだ。

「ここまでやるなら熱した石も用意して欲しかったかも」
「あはは、さすがにそこまでは無理でした」
「何の話なんですか?」
「いや、なんでもないよ」

これはわかる人だけが面白いネタである。

「なるほど……そう考えて食べてみると赴き深いものがあるわね」

秋葉が珍しく感心した様子だった。

「そりゃもう頑張りました。このアイディアをひねり出すのに苦節三年……」

いや、料理マンガを読んだだけでしょうが。

「……まあ、この辺にしておきましょう。アルクェイドさんの料理を食べられなくなってしまいますし」

三割ほど食べた辺りで秋葉は箸を止めた。

「そうだな」

本当は一気に全部食べてしまいたかったけれど。

それじゃあ正当な評価が出来なくなっちゃうからな。

「ふふふ、この料理で驚いてるようじゃ、わたしの料理を見て腰を抜かすわよ?」

自信満々の様子でワゴンに乗った銀の入れ物を運んでくるアルクェイド。

「一体何が入ってるんだ?」
「偶然だと思うけど、わたしも肉料理なのよ」
「肉か……」

もしかすると琥珀さんがアルクェイドに合わせて肉をチョイスした可能性もあるが。

「何のお肉なんですか?」

秋葉が尋ねる。

「……何だろ?」

おいおい。

「自分で作っててわからないのかよ」
「味見はしたから大丈夫だって」

そういう問題じゃないと思うんだが。

「不安だ……」

まさかカエルの肉とかじゃないよな。

「じゃ、オープン!」

俺たちの不安をよそに蓋を開けるアルクェイド。

「な……!」
「ええっ!」
「こ、これは……!」

そこにあったものを見て、愕然とするしかなかった。

まさか、この世に生きていてながらこれを目にすることが出来るとは。

「は、反則……ですよ、それ」

琥珀さんですらその食材に驚いてた。

「凄いでしょ」

確かにこの肉は何の肉だかわからない。

敢えて表現するならば、こう言うしかないだろう。

「マンガ肉……」
 

よくマンガにでてくる無駄にでかい肉に骨のついたアレがそこに置かれていたのだった。
 

続く



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