琥珀さんですらその食材に驚いてた。
「凄いでしょ」
確かにこの肉は何の肉だかわからない。
敢えて表現するならば、こう言うしかないだろう。
「マンガ肉……」
よくマンガにでてくる無駄にでかい肉に骨のついたアレがそこに置かれていたのだった。
「屋根裏部屋の姫君」
第六部
姫君とメイド
その39
「アルクェイド、これを一体どうやって?」
まず気になるのはそれだった。
「まさか恐竜を召喚してずばっとやっちゃったとかですか?」
やたらと嬉しそうな顔をしている琥珀さん。
「そんな事しないわよ。冷蔵庫の中に入ってた肉を適当に混ぜただけ」
「混ぜた……ってそれだけじゃこんな見た目にならないだろ?」
「そのへんはまあちょいちょいと」
「真祖の力ってヤツか……」
またやたらとしょぼい使い方をしたもんだ。
「ちょ、ちょっと待ってください。適当に混ぜただけって言いましたよね?」
アルクェイドの言葉を聞いて戸惑った顔をしている秋葉。
「ええ、肉を混ぜただけよ?」
「味見はしました? いえ、それ以前に火で焼いたりなどは?」
「……」
しばらく沈黙するアルクェイド。
「ああ、適当にやってあるわ」
「適当……」
アルクェイドの言うそれは、相応しい状態という意味ではなく手抜きのテキトーという風にしか聞こえなかった。
っていうか今の間は一体なんだったんだ。
「に、兄さん、どうぞお先に」
「……あ、秋葉こそ」
「育ち盛りなんですから」
「秋葉だって同じだろ」
犠牲者を競ってけん制しあう俺たち。
「ではいただきますねー」
「え?」
「ちょ……?」
琥珀さんはナイフでさくっと一部を切り取ると、ひょいと口へ運びこんだ。
「ふむ……これは……」
「ど、どう?」
恐る恐る尋ねる。
「シンプルながらしっかりと肉の味を生かした味付け。この豪快な盛り付けと重なって視覚的にも楽しめますねー」
「つ、つまり?」
「美味しいですよ? 普通に」
「ほんとかな……」
半信半疑で口の中へと運ぶ。
「……これは!」
混ざったせいで今まで一度も食べた事のない味が口の中に広がってきた。
その味がもう、これが肉だとそこいらじゅうからアピールしてくるようで。
「まさにマンガ肉……」
嫌がおうにも自分が肉を食べているんだと実感するすさまじいものであった。
「……も、もう一口」
一度味わうと、またその不思議な味が食べたくなってしまう。
「あ、味が……違う?」
アルクェイドの適当な混ぜ方のせいで部分部分によってまったく味が異なっているのだ。
「……けど不味くはない……」
どれだけ絶妙な配合をすればこうなるんだろうか。
「うむ……」
などとあれこれ考えながら食べていると。
「あれ?」
目の前には骨しか残っていなかった。
「いつの間に……」
腹を押さえれば満腹になっている。
「どう? 感想は」
アルクェイドが尋ねてきた。
「気付いたら無くなってた」
それが正直な感想である。
味の美味さでいったら琥珀さんのほうが圧倒的に上だったろう。
けれどアルクェイドの作ったそれは、一度口に運んだら止まらなくなる、柿の種のような中毒性があった。
「技の琥珀と力技のアルクェイドさん……これは判断が難しいですね」
秋葉の言葉は言い得て妙だった。
まるで属性の違うこの二つを比較するのは間違っている気もするのだが。
「いいえ、この勝負はわたしの負けですねー」
琥珀さんがそんな事を言った。
「琥珀?」
「見て下さい」
琥珀さんがある方向を指差した。
そこには。
「……」
「翡翠?」
無言でもぐもぐと肉を食べている翡翠の姿が。
「え、あ……」
俺が見ているのに気付くと顔を赤くしていた。
「ご、ごめん」
女の子の食事をじっと見つめるモンじゃないよな。
「わたし、翡翠ちゃんの料理は微妙に味付けを変えて出しているんですよ」
「そうなんだ」
翡翠の好みはみんなと若干ずれている。
だから琥珀さんはそれに合わせた味付けをしてあげていたんだろう。
「けど、アルクェイドさんの場合は」
「それがないのか……」
でっかい肉の塊をみんなで分けていたんだから、誰か個人の好みで味をつけるなんて不可能である。
「誰でも食べれるお腹を満たせる料理。小細工ばかりに頼っていたわたしに何かを思い出させてくれた気がします」
「琥珀さん……」
この戦いで琥珀さんも何か感じるところがあったんだろうか。
「まぁ、毎度この味は出せないでしょうから、次やったらわたしが勝つでしょうけど」
「……あはは」
やっぱり琥珀さんは琥珀さんだった。
「あらそんな事無いわよ? 一度やり方覚えたら全く同じものを再現出来るわ」
「そ、そんな事言ったって毎日肉ばっかりじゃ飽きちゃいますよー。バランスを考えてですねー」
「あー、はいはい、あんまり言い訳すると三下になっちゃうよ」
自分から敗北を認めた時にはかっこよかったのに。
「ちぇー。肉で攻めたのは失敗でした。野菜で攻めれば自家製の野菜補正で勝てたのに……」
「肉対野菜じゃもっと判断に困るよ」
国語と数学で点数勝負をしているようなもんだ。
「ま、中々面白い余興だったわね」
秋葉は珍しく満足そうだった。
「どうどう? わたしの料理良かったでしょ?」
「ええ、そうですね」
レベルの高いものに関しては秋葉は気持ち悪いくらいに正直である。
「まあ、これからも頑張ってくださいな」
こんな言葉でも、今までの中でアルクェイドに対する最高の評価なんじゃないかって気がした。
「もちろんっ」
アルクェイドもそれをわかっているのか、極上の笑顔を浮かべていた。
「ふふんふーん、ふんふふーん」
食後の厨房。
俺は鼻歌を歌いながら食器を洗っているアルクェイドを眺めていた。
「いやに機嫌いいな」
「ん? わかる?」
「そりゃな」
かく言う俺も歌でも歌いたい気分だった。
「大変かなと思ったけど、なんかうまくいってるし」
「何事もやってみなきゃわからないって事よね」
「……そうだな」
窓拭きも料理も、それぞれの専門家に高い評価を得たし。
「皿洗いも合格レベルだろう」
今や皿を洗う姿がすっかりサマになってしまっていた。
考えてみれば真祖の姫君が皿洗いってのも奇妙な話だが。
こうやって厨房に立つアルクェイドをじっと眺めていると、まるで新婚さんみたいで……いやいや。
「て、手伝おうか」
恥ずかしさを誤魔化すためにそんな事を言うと。
「これくらいわたしひとりで大丈夫だって。志貴は部屋で休んでなさいな」
信じられない答えが返ってきた。
「お、おまえほんとにアルクェイドか?」
「失礼ね。人がせっかくやる気を出してるのに」
「ああ、うん、ごめんごめん」
いかんいかん、俺がやる気を削いでどうするんだ。
「じゃあ、頑張ってくれよ」
軌道に乗っている時っていうのはどんどん挑戦したくなるもんだからな。
そういう時の方が吸収も早いだろうし。
「任せておいてっ」
「……ああ」
俺はすっかり頼もしくなってしまったアルクェイドに感動しながら厨房を後にするのであった。
続く